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池袋労基署長(F社)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 池袋労基署長(F社)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成17年(行ウ)第256号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年01月22日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 被災者(昭和27年生)は、平成6年6月1日F社に入社し、同社から本件会社が分社化されるのに伴い、マンションの設計、施工管理等を行う本件会社に移った。
被災者は、二級建築士及び一級建築施工管理技師の資格を有し、約24年間にわたり別の会社で建築工事に従事しており、本件会社の技術本部長としてマンション工事全体を統括する立場にあった。被災者の労働時間は、月曜日から金曜日までは午前8時30分(早朝会議の日は午前7時)から午後9時30分までの間、土曜日は午前8時30分から午後7時までの間であり、遠距離通勤が負担となったため、平成7年6月頃から本件会社近くのアパートで単身生活をするようになり、月2回位しか帰宅しなかった。
被災者は、平成7年11月18日午前11時50分頃、突然左下肢にしびれ、疼痛、冷感が出現し、午後零時30分頃病院に搬送されて緊急開腹手術が行われ、下腸間膜動脈急性閉塞によりS状結腸壊死についてS状結腸切除、人口肛門増設が行われ、左下肢動脈急性閉塞について右大腿動脈から左大腿動脈へのバイパス手術が行われたが、翌19日午後10時10分、呼吸不全により死亡した。
被災者の妻である原告は、被災者の死亡は業務による過重労働、ストレスが原因であるとして、平成9年6月2日、池袋労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づき遺族補償給付等の支給を請求したところ、同署長は平成14年7月24日付けでこれを支給しない旨の決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたがいずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 池袋労働基準監督署長が平成14年7月24日原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付等を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 労災保険法に基づく保険給付
労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡について行われるところ、労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには、業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である。そして、労災保険制度が、労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係を認めるためには、当該死亡等の結果が、当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である。
2 長時間労働と急性動脈閉塞症との関連性について
虚血性心疾患については、業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪して発症する場合があることが医学的に広く認知されていること、虚血性心疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷としては、発症に近接した時期における負荷のほか、長期間にわたる疲労の蓄積も考慮すべきであると考えられていることが認められる。そうだとすると、長時間労働と急性動脈閉塞症との関連性について言及した文献は見当たらないものの、少なくとも虚血性心疾患を基礎疾患として発症する急性動脈閉塞については、およそ長時間労働と無関係であるということは困難であり、長時間労働による疲労の蓄積により血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪して発症する場合があり得るものと解するのが相当である。
3 本件疾病発症と業務との関係
確かに被災者は、(1)平成2年頃高血圧との診断を受け、薬を服用したことがあったこと、(2)同6年11月頃胃潰瘍を患い入院したこと、(3)同7年9月頃左下肢疼痛を訴えていたこと、(4)20年以上にわたり1日40本以上の喫煙をし、毎日飲酒していたことが認められる。しかし、これらの事実から直ちに被災者が死亡直前に虚血性心疾患を発症するような基礎疾患、素因等を有していたと認めるのは困難というべきであり、かえって、被災者は、
(1)平成6年7月頃から死亡するまでの約1年4ヶ月にわたり、本件会社の技術本部長として同社のマンション建築に関する部門を束ねる重責を担っていたこと、(2)社内打合せ、現場での管理・指導等のため1日中多忙であったこと、(3)このため死亡前1年4ヶ月間は1ヶ月平均約130時間前後の時間外労働を行っていたこと、(4)仕事が長時間に及び遠距離通勤が負担になったため単身生活をするようになり、自宅には月2回位しか帰っていなかったこと、(5)救急車を呼ぶ前に胸苦しさを訴えていたことがそれぞれ認められる。これらの各事実に照らすと、被災者が本件会社入社前において約24年間にわたり建築工事に従事し、二級建築士等の資格を有するなど建築業務には精通していたこと、死亡直前に特段業務上のトラブル等はなかったことを考慮してもなお、被災者には長期間にわたる長時間労働による明らかな過重負荷が加わっていたと認めるのが相当であり、このような長期間にわたる長時間労働による疲労の蓄積により、血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪し、不整脈等の虚血性心疾患を発症した結果、心臓由来の塞栓子を生じ、これが左総腸骨動脈及び下腸間膜動脈を閉塞し、本件疾病を発症したものと強く推認することができる。
4 結論
被災者に左総腸骨動脈と下腸間膜動脈という2箇所の離れた位置にある動脈を同時に閉塞させた原因として、不整脈等の虚血性心疾患による塞栓症以外の原因を窺うことができない本件にあっては、被災者は長期間の長時間労働による疲労の蓄積により血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪し、不整脈等の虚血性心疾患を発症した結果、心臓由来の塞栓子を生じ、これが左総腸骨動脈及び下腸間膜動脈を閉塞し、本件疾病を発症したものと認めるのが相当である。したがって、被災者の本件発症は、本件会社の業務に内在する危険が現実化したものと評価することができ、業務起因性を認めるのが相当である。
以上によれば、被災者の死亡は本件会社の業務に起因するものと認めることができるところ、被災者の死亡が本件会社の業務に起因するものではないことを前提にして行われた本件処分は違法であり、取消しを免れない。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例939号79頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 - 平成17年(行ウ)第256号 | 認容(控訴) | 2007年01月22日 |
東京高裁 − 平成19年(行コ)第42号 | 控訴棄却(確定) | 2008年02月28日 |