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ホテル配膳人雇止事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- ホテル配膳人雇止事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成11年(ワ)第29076号
- 当事者
- 原告 個人4名 A、B、C、D
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年03月11日
- 判決決定区分
- 一部却下・一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、ホテル経営等を目的として設立された株式会社である。原告Aは昭和63年3月、同Bは昭和60年3月、同Cは昭和60年4月、同Dは昭和59年10月から、それぞれ配膳人紹介所の紹介により被告の配膳人として就労するようになり、被告の資格規定により、原告A及び同Bは常勤者、同Dは準常勤者、同Cは一般に格付けされていた。
原告らは、スチュワード(ホテル内の宴会場及びレストランの食器の洗浄と管理、ゴミの回収等の衛生面を担当する者)として就労していたところ、被告は、スチュワードとしての勤務を希望する配膳人から、最初に就労希望日時を提出させ、調整を経て作成された就労予定表に基づいて、勤務日の前日までに勤務者及び勤務時間を決定して勤務表を配膳人に通知し、配膳人はこれに従って就労していた。
被告は、バブル崩壊後のビジネス需要や消費減退により経営が悪化したため、正社員だけではなく配膳人に対しても、団体交渉を経た上で通知書を交付し、(1)賃金支給の対象とされていた食事及び休憩時間を賃金支給の対象としないこと、(2)常用配膳人に対する交通費支給方法の定期代相当分への変更、(3)午後10時から午前8時までの深夜労働取扱い時間(25%割増賃金)の午前5時までへの変更、(4)午前8時以前に就労する者に対する早朝手当を午前7時以前への変更という労働条件の引下げを通知した。
これに対し、通知書を交付された配膳人179名のうち95%に当たる170名は労働条件の変更に同意したが、原告らは労働条件変更を争う権利を留保しつつ変更後の労働条件で就労することを承諾したところ、被告は平成11年5月11日、労働条件改定に関する同意書未提出の者は同日をもって就労が終了する旨の文書を貼り出し、同月10日付けの離職票を作成して、原告らを雇止めとした。これに対し原告らは、被告に対し従業員としての仮の地位を定める仮処分を申し立てるとともに、原告らが労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と、原告ら各人につき200万円の慰謝料の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告の請求のうち、本判決確定日の翌日以降の賃金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める請求部分をいずれも却下する。
2 原告らが、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることをそれぞれ確認する。
3 被告は、原告Aに対し、平成11年6月10日限り、21万3300円、同年7月から本判決確定日に至るまで、毎月10日限り、各30万円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告Bに対し、平成11年6月10日限り、22万0540円、同年7月から本判決確定日に至るまで、毎月10日限り、各32万円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告は、原告Cに対し、平成11年6月10日限り、18万681円、同年7月から本判決確定日に至るまで、毎月10日限り、各20万円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告は、原告Dに対し、平成11年6月10日限り、11万0888円、同年7月から本判決確定日に至るまで、毎月10日限り、各20万円並びにこれらに対する各支払日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
7 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用は、これを4分し、その3を被告の、その余を原告らの負担とする。 - 判決要旨
- 1 原告らと被告との間の雇用契約の期間の定めの有無
(1)被告は、業務量の変動に対応するよう、長期間にわたって継続的に雇用することを避けるため、配膳会に対し業務量に応じて配膳人を日々紹介してもらい、その都度必要な配膳人を採用する方法を採ったこと、(2)被告は原告らを就労させるについて、特段の採用手続きを採っていないこと、(3)個々の配膳人が自らの都合により就労可能日時を申告し、これを業務上の必要な人数及び日時により調整し、勤務日が決定されていたこと、(4)原告らは就労当初から配膳会に所属しており、賃金の中から受付手数料を配膳会に支払っていたこと、(5)当初原告らは、健康保険について一律に日雇い特例被保険者として取り扱われていたこと等からすれば、被告は配膳人との間で、各配膳人の都合と被告の業務の必要性に応じ、日々個別の雇用関係を締結している関係にあったものと認められる。そして、被告においては、原告らと労働契約を締結するに際して、期間の定めのない労働契約を締結する意思のなかったことは明らかであり、原告らも自らが配膳会に所属して日々紹介を受けながら被告に就労しているという雇用システムについて認識していたと認められるのであるから、原告らが被告に就労するに際し、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結したものとは認められない。
2 原告らと被告との関係が実質的には期間の定めのない雇用関係になっていたか
原告らをスチュワードとして就労させるようになって以降も、被告がその業務量に応じて必要な配膳人を確保し、原告らを日々雇用として就労させる必要性の存在することや、原告らの被告における勤務形態には何らの変動もなかったことが認められ、一方原告らにおいても、自らが配膳会を通じて被告の正社員とは異なる労働条件の下で雇用されていることについては、十分に認識していたものであることが認められる。そうすると、被告に就労するようになって以降、原告らにおいて、同人らが正社員と同様に期間の定めなく被告に雇用されているとの認識を持つに至っていたとか、客観的にも原告らと被告との雇用関係が期間の定めのない雇用関係と同様の実態を有していたとまでは認められない。そして、日々雇用される関係が長期間継続したからといって、原告らと被告との間の雇用契約が期間の定めのないものに転化し、あるいはこのような関係と実質的に異ならない関係を生じたものであるということはできない。
なるほど、被告は配膳人の中でも年間実働日数が217日以上の勤務実績のある者で、継続して5年以上勤務する30歳以上の者を常勤者、継続して3年以上勤務する28歳以上の者を準常勤者、継続して1年以上勤務している者を一般とする規定を定め、このうち常勤者については正社員と同様の勤務を行わせており、有給休暇を認めていたこと等が認められる。しかし、日々雇用される労働者についても、勤務期間を観念することがその雇用形態と論理的に矛盾するとはいえないのであって、日々雇い入れられる者についても、同一人が引き続き同一事業場で使用されている場合には、途中に就業しない日が多少あったとしても、社会通念上継続した労働関係が成立しているものと認め、いわば常用的日々雇用労働者として法律的に扱うことを認め得るというべきである。そして、被告と配膳人との間で有給休暇の付与並びに健康保険及び厚生年金保険への手続きがなされていても、雇用契約上の期間の定めそのものが日々雇用される契約から期間の定めのないものに変更されたものとは認められない。
3 本件雇止めの効力
原告らは、被告に就労するようになってから本件雇止めまで、いずれも14年間という長期にわたり、被告との日々雇用の関係を反覆継続してきたもので、被告も配膳人のうちでも常用者の存在を認めるとともに、原告A及び同Bを常用者に、原告Cを準常用者に、原告Dを一般にそれぞれ指定していたもので、その後原告らは遅くとも平成8年以降は週5日勤務を継続していた。そして、被告と組合とは、原告ら組合員の勤務条件に関して交渉を定期的に行い、その中でも特に常用者については雇用継続を前提とした合意をし、あるいはその勤務条件について他の配膳人とは異なる高い基準での合意をしてきたこと、本件雇止め当時、原告らにおいて、被告における勤務条件と同程度ないしそれ以上の条件で他のホテルにおいて勤務することは困難であったこと等が認められるのであって、これらの事情を総合すれば、原告らと被告との間の雇用関係は、原告らにおいてある程度継続性が期待されるものであったと認められる。そして被告は、このような労働者を雇止めにするに当たっては、被告において労働力の過剰状態を生じたなどの社会通念上相当と認められる合理的な理由が必要であるというべきで、このような理由が認められない限り、原告らとの間の日々雇用契約の締結(更新)を拒絶することは許されないというべきである。
いわゆるバブル経済の崩壊後、被告は場合によっては事業の縮小・移転・閉鎖を検討しなければならない緊急事態に陥り、賞与の引下げその他労働条件を変更することには経営上の必要性が認められ、その不利益変更の程度や組合との間で必要な交渉を行っていること、配膳人の95%に相当する者の同意が得られていること等の事情を総合すれば、本件労働条件の変更には合理性が認められるというべきであり、被告が日々雇用する配膳人に対し、将来的に変更後の労働条件を適用して就労させることは許されるというべきである。
本件雇止めを正当化するに足りる合理的な理由とは、景気変動等によって被告の業務量が低下し、労働力の過剰状態を生じたといった社会通念に照らして原告らを雇止めすることもやむを得ないと認められる相当の理由をいうと解されるところ、被告は、本件通知書に基づく労働条件の変更に同意した配膳人に対する就労をその後も継続しつつ、本件雇止め以後、原告らが従前に行っていた仕事を行わせるために新たに請負業者から配膳人を受け入れていることが認められる。そして、被告が原告らに対して本件雇止めをした理由は、業務量の低下等のために、原告らを就労させる必要がなくなったことによるものでも、被告の経営状態の悪化を理由とするものでもないのであって、原告らが本件労働条件の変更に同意しなかったこと、及びこの労働条件の変更について争う権利を留保した上で原告らの就労を認めるときは、仮にこの労働条件の変更が許されないとの裁判所の判断等がなされた場合に、この変更に同意したスチュワードと原告らスチュワードとの間の労働条件が異なることになって相当でないとの理由によるものであると認められる。そして、もしこのような理由に基づく雇止めが許されるとするならば、被告はその就労する配膳人に対し、必要と判断した場合には何時でも配膳人にとって不利益となる労働条件の変更を一方的に行うことができ、これに同意しなかったとの理由だけで雇用契約関係を打ち切ることが許されることになるのであって、このような理由は社会通念に照らして本件雇止めをすることを正当化するに足りる合理的な理由とは認め難いのである。
以上、本件においては、本件雇止めをすることを認めるに足りる合理的な理由があるとすることはできないし、他に本件雇止めについて社会通念上相当と認めるに足りる合理的な理由の存在を認めるに足りる証拠はない。そして、本件労働条件変更に伴う紛争の解決を裁判所等による判断に委ね、変更後の労働条件に基づく労働契約の締結の申入れをしていたものというべきであり、被告は、原告らが本件労働条件の変更を争う権利を留保したことを理由に本件雇止めをし、原告らとの間で日々雇用契約の更新を拒否することは許されないというべきである。そうすると、被告が、原告らに対して平成11年5月11日以降、本件雇止めをし、その就労を拒否したことは許されない行為であったと認められる。4 違法な雇止めによる損害賠償
原告らと被告との間の労働契約が日々雇用契約を締結するものであり、被告は原告らに対し労働条件の変更について協議を重ねたが、原告らはこの労働条件変更に合理性が認められないとしてこれを拒否してきたものであって、これらの事情からすれば被告が本件雇止めをすることについて合理的な理由が存在すると判断したことに過失があったとまでは認め難いこと、原告らに対して本件雇止め以後の賃金請求が認められることによって、原告らに生じた精神的損害の回復が図られていることなどの事実を総合すれば、被告に、原告らに対する損害賠償責任(慰謝料)が認められるとまではいい難い。以上の通りであるから、原告らが被告に対して損害賠償を求める請求はいずれも理由がない。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例825号13頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 - 平成11年(ワ)第29076号 | 一部却下・一部認容・一部棄却(控訴) | 2002年03月11日 |
東京高裁 - 平成14年(ネ)第2160号 | 1審被告控訴認容(上告) | 2002年11月26日 |