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電信電話会社(大阪・名古屋配転)事件

事件の分類
配置転換
事件名
電信電話会社(大阪・名古屋配転)事件
事件番号
大阪高裁 - 平成19年(ネ)第1401号
当事者
控訴人控訴人(配転1)(第1審原告) 個人4名 A〜D
控訴人(配転2、3)(第1審原告) 個人14名 G〜P、S〜W
控訴人兼被控訴人(第1審原告) 個人3名 E、F、R
被控訴人兼控訴人(第1審被告)  電信電話会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年01月15日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(上告)
事件の概要
 第1審原告(原告)らは、旧電電公社に採用され、同公社の民営化及びその後の会社の分割に伴い、被告の従業員となった者である。

 第1審被告(被告)は、構造改革の一環として、51歳以上の従業員全員を、(1)繰延型(50歳で被告を退職し、OS会社に再雇用され、最高65歳まで雇用される)、(2)一時金型(雇用形態は(1)と同様で、被告退職時に一時金を受給できる)、(3)60歳満了型(現行の人事・給与制度の下で60歳まで勤務するが勤務地を問わない)に分けて組合に提示した(本件計画)上、従業員の希望を確認した。雇用形態の選択をしない者については60歳満了型を選択したとみなす旨通知されていたところ、原告らはいずれもその選択をしなかったため、60歳満了型を選択したものとみなされた。本件計画については、多数組合である電信電話会社の労組はこれを了解したが、原告らが所属する通信労組はこれを了承しなかった。

 被告は、平成14年5月ないし6月に、原告A(香川支店)、同B(徳島支店)、同C(岡山支店)、同D(大分支店)に対し、スキル転換研修の受講を命じ、大阪支店、兵庫支店への配転を命じ(本件配転命令1)、同年4月に原告E~Wに対し従前の勤務地内で職種の転換を命じた(本件配転命令2)後、更に同月11月ないし12月に名古屋支店への配転命令(本件配転命令3)を行った。

 原告らは、(1)労働契約上、勤務地及び職種が限定されているから、原告らの了解なしに配転はできないこと、(2)本件計画は必要のないものであること、(3)本件計画は年齢による差別に当たること、(4)本件配転命令は業務上の必要性がないこと、(5)本件配転命令は不当な動機・目的に基づくものであること、(6)本件配転命令は不当労働行為に当たること、(7)本件配転命令は適正な手続きが取られていないこと、(8)本件配転命令によって原告らは通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を受けたことを主張し、原告1人につき300万円の損害賠償を支払うよう請求した。
 第1審では、原告らの(1)から(7)までの主張については全て斥けたが、、家族に深刻な病人を抱える一部の原告については損害賠償を認め、それ以外の原告らの請求を棄却したことから、原告、被告双方がこれを不服として控訴した。
主文
1 1審原告A、同B、同C、同Dの本件各控訴をいずれも棄却する。

2 その余の1審原告らの控訴に基づき、原判決中同1審原告らに係る部分を次のとおり変更する。

3 1審被告は、1審原告Eに対し120万円、同Fに対し80万円、同Rに対し120万円、同Vに対し60万円、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N、同O、同P、同S、同T、同Wに対し、各40万円及びこれに対する同Wについては平成15年10月31日から、その余の同1審原告らについては平成15年2月20日から、各支払済みまで念5分の割合による金員を支払え。

4 1審原告E、同F、同G、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N、同O、同P、同R、同S、同T、同V、同Wのその余の請求を棄却する。

5 1審被告の本件各控訴をいずれも棄却する。

6 1審原告A、同B、同C、同Dの各控訴に係る控訴費用は、同1審原告ら各自の負担とし、1審被告の控訴に係る控訴費用は1審被告の負担とし、1審原告Eと1審被告との間の訴訟費用(1審被告の控訴費用を除く。)は第1審、2審を通じてこれを5分し、その2を1審被告の、その余を同1審原告の負担とし、1審原告Fと1審被告との間の訴訟費用(1審被告の訴訟費用を除く。)は第1、2審を通じてこれを10分し、その3を1審被告の、その余を同1審原告の負担とし、1審原告Rと1審被告との間の訴訟費用(1審被告の控訴費用を除く)は第1、2審を通じてこれを5分し、その2を1審被告の、その余を同1審原告の負担とし、同G、同H、同I、同J、同K、同L、どうM、同N、同O、同P、同S、同T、同Wと1審被告との間の訴訟費用は第1、2審を通じてこれを10分し、その1を1審被告の、その余を各1審原告ら各自の負担とし、1審原告Vと1審被告との間の訴訟費用は第1、2審を通じてこれを5分し、その1を1審被告の、その余を同1審原告の負担とする。
7 この判決は、第3項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 勤務地・職種限定の有無、本件計画の必要性、年齢による差別の有無等

 1審原告(原告)らの勤務地限定又は職種の限定の有無については、当裁判所も、原告らの労働契約において、勤務地又は職種を限定する旨の約定はなかったと判断する。当裁判所も、本件計画については、平成14年5月の段階でこれを実施する必要性を認めることができると判断し、本件計画が年齢による差別に当たらないと判断する。

2 本件配転命令における業務上の必要性の有無

 1審被告(被告)らが実施した構造改革においては、従前の業務の大半をOS会社に委託して、構造改革後の被告本体は、特に営業関係では大口ソリューション営業(企業等から出される業務上の要求や問題点等を分析し、より効率的な業務運営を図ることができるようなシステムを企画・提案し、受注したシステムを継続的に保守・運用するところまでトータルに営業すること)に特化するものとされた。

 ソリューション営業の実際と、それに必要とされるスキルの内容、現実に原告らが担当した営業の内容、本件スキル転換研修の内容、更には各資格を有し数年間の営業経験のある原告Gでさえも他の原告と同様の業務を行わせていたこと等に照らすと、実際にソリューション営業を行うには相当程度のスキルが必要であることは明らかであり、営業の心掛け技法、ネットワーク等の基礎、商品知識等の座学やロールプレイだけで、そのような技能が体得できるとは考えられないし、60歳満了型従業員が実際に行っていた高速回線によるインターネット利用の勧誘の営業を繰り返しても、上記の技能が身に付くものということもできない。そうすると、被告としては、60歳満了型の従業員につき、当初から大口ソリューション営業を担当するスキルを身につけることまで期待することなく、他の通信事業者との競争が激化している地域における、ごく小規模なユーザーを選定し、これに対する営業活動を行わせることとしたものと認めるほかはない。

 名古屋支店では、20戸以上のマンションに対する営業を担当する販売第1グループと、60歳満了型従業員9名が配転着任して20戸未満のマンションに対する営業を担当する販売第2グループを形成し、営業活動を行っていたが、販売第2グループについては、当初は具体的な人員規模の策定もなく、具体的な営業戦略も策定されず、営業成果の上がる可能性の乏しいものであり、かつ営業成果を上げるための創意工夫も、これを形成するための援助もあったとは認められないのであるから、販売第2グループの設置について、業務上の必要性があったとは到底認めることができない。

 被告は、名古屋支店で担当する業務が増え、業務の停滞が生じ、その解消等のために人員を必要とした旨主張する。しかしながら、構造改革のような大規模な組織変更に当たっては、事前に綿密に計画が練られた上で実施されるのが当然であり、それが実施される直前に、名古屋支店においてのみ、アウトソーシングの予定に従って支店側の組織体制が形成されていた業務について、その方針を転換するという構造改革の基本趣旨に反する変更がなされるというのは極めて不自然であること、OS会社における人員の配置や人材の活用は柔軟に行うことができたと推測され、数十人規模の業務を被告に戻すことはなおさら不自然といえる。確かに、原告らの担当業務は移り変わっているし、スキルアップの機会もあり、MIサポートグループに対する高い期待を表明した文書も存在している。しかしながら、現実に同グループが担当していた業務は比較的単純な作業に止まるものであること、同グループに配属された60歳満了型の従業員からは誰一人MIビジネスの現場に出た者はいなかったこと、同グループから京阪神エリアに再配転された原告らがそのスキルを活用できる業務に就いたとも認められないこと、保守見積書の修正・作成の業務は本来OS会社にアウトソーシングされる業務であったこと等に照らすと、結局のところ、同グループの業務は、名古屋支店において、60歳満了型の従業員に担当させるべき業務として、OS会社の業務及び同支店内の他の部署において担当可能な業務から切り分けられたものと認めるほかないことになる。

 上記事実に、本件計画の必要性において認定判断したところや、配転に伴って生じる一般的な不利益を併せ考えると、本件配転命令1(配転1)及び配転命令2(配転2)については業務の必要性を肯定することができるが、本件配転命令3(配転3)については、60歳満了型の従業員に新幹線通勤又は単身赴任の負担を負わせる配転を実施してまでする業務上の必要性を認めることはできない。

 配転3を受けた原告らが担当した業務については、60歳満了型の従業員に担当させる業務として創出されたものと認めざるを得ないこと、OS会社や名古屋支店の他部署においても担当することが可能であったことなどからすると、これらの業務について、構造改革から数箇月が経過し、60歳満了型の従業員が、それぞれに業務を割り当てられていた後に、更に新たに1部署を設けて60歳満了型の従業員を集結させ、これを担当させる業務上の必要性は乏しかったといわざるを得ない。そして、配転3を受けた原告らは、本件計画の実施により、大阪支店や兵庫支店において営業業務を既に担当していたものであり、その後にその業務が終了したり、業務量が減少したとも認められず、大阪支店における業務よりも名古屋支店における業務の方が業務上の必要性が高かったと認めるに足りる証拠はない。このことに、配転3は、これを受けた原告らに対して長時間の新幹線通勤又は単身赴任を余儀なくさせるものであったことを併せ考えると、配転3については、そのような負担を負わせてまで従業員を配転しなければならない程の業務上の必要性を認めることはできない。

3 本件配転命令が不当な動機・目的に基づくものであるか

 配転1及び配転2に関する限り、各配転命令に業務上の必要性が認められることは、前記で説示したとおりである。原告らは、本件配転命令は退職・再雇用への同意を強要するための脅しや騙しであるとか、退職・再雇用に応じなかったことに対する報復・見せしめであるとも主張する。確かに、構造改革や本件計画の趣旨からして、被告においてはできるだけ多くの従業員が退職・再雇用を選択することを期待していたことは明らかであり、平成13年10月以降の上司との面談の場で、上司から一部不当というべき発言がなされている事実も認められないわけではないが、配転1及び配転2に関する限りでは、これを退職・再雇用への同意の強要であるとか、退職・再雇用に応じなかったことに対する報復・見せしめと認めるには至らない。

 加えて、原告らは配転先での就業態様からも、本件配転について不当な動機・目的が認められると主張するところ、確かに配転1及び配転2によって原告らが担当した業務が、成果の上がりにくいものであり、他の部署とのノウハウの共有等といった成果を上げるための積極的な方策が採られていたとも認められないけれども、配転1及び配転2の趣旨に照らすと、そのような業務が創出されたこともやむを得ないところがあるというべきであり、上記業務の態様から、被告に不当な動機・目的があるとまで推認することはできない。

4 本件配転命令が不当労働行為に該当するか

 本件配転命令が不当労働行為に当たるかについては、本件配転命令についての業務上の必要性の有無及びその程度を考慮して、被告の反組合的意思の有無等について総合的に判断すべきであると考えられる。この観点から本件配転命令をみるに、被告における構造改革による組織の改編とそれに伴う業務の見直し及び人員の再配置については、他の手段によっては代え難いものであり、その業務上の必要性は高度なものであったというべきであるところ、配転1及び配転2に関する限りでは、本件計画が実施されたことにより、アウトソーシング対象業務に従事していた60歳満了型の従業員について、担当すべき業務がなくなったため、競争が激化していた地域において同従業員が担当すべき新たな業務を創出して、これを担当させるとともに、同従業員を被告の組織上効率的に処遇する目的でなされたものと認められるから、配転1及び配転2を発することは、業務上やむを得なかったものといえ、そのこと自体から被告に不当労働行為意思があったと推認することはできない。

5 本件配転命令において適正な手続きが執られていたか

 配転1及び配転2に当たって、被告は原告らに対して、個別の配転の必要性や配転先での担当業務、各原告の復帰の時期について説明をしたとは認められないから、その点では原告らが主張するような意味での説明義務を尽くしたとまではいうことができない。しかしながら、配転1を含む地方の支店から京阪神及び名古屋地区への配転については、その性質上、被告の認めた少数の例外(57歳以上、特段の個人的事情のある者、組合活動上必要とされる者)を除いて、すべて実行されざるを得なかったものであり、その点で通常の業務の過程でなされる個別の配転とは、性質を異にするものであったというべきである。このような配転にあっては、その配転の理由・必要性とは、構造改革に伴って本件計画が実施されることにより業務分担を変更する必要があるというに尽きるのであって、この観点からすると、被告は構造改革の趣旨を明らかにした上、60歳満了型の従業員の性質を述べ、勤務地を問わない配転があることを告知しているのであるから、配転1についても、その理由及び必要性を説明したというべきである。また、配転2については、一部の原告については職種の変更を伴うものであるが、遠隔地配転でないから、その配転理由及び必要性を説明したというべきである。

 使用者が職種の転換や遠隔地配転を命じようとする場合には、それを避けるべき労働者個人の事情の有無について、事前に労働者個人から事情を聴取することを含めて、情報を収集すべき義務があるということはできる。しかしながら、配転1を受けた原告A他3名については、結局のところ、配転1の発令を差し控えるべき事情があったとは認められないのであるから、その発令に当たって、被告において労働者個人からの事情聴取が十分でなかったとしても、そのことによって配転1が直ちに違法となるものではないというべきである。またそのことは遠隔地配転を含まない配転2においても同様であって、その発令に当たって、被告において、労働者個人からの事情聴取が十分でなかったとしても、そのことによって配転2が直ちに違法となるものではないというべきである。

6 各原告らが本件配転命令により受けた不利益の程度及び損害額

(1)配転1について

 原告A、B、Cに対し、営業職への転換を命じた上、同原告ら及び原告Dに対して、大阪支店又は兵庫支店への配転を命じる配転1を発したことは、業務上の必要があってなされたものと認められる。そこで、上記各原告につき配転1が権利濫用と認められるべき特段の事情について検討するところ、その検討に当たっては、原則として、その時点において使用者が認識し、あるいは通常の業務の過程で容易に認識することのできた事情を基礎として判断することとする。また、育児・介護休業法26条は、本件配転命令が行われた平成14年5月当時には既に施行されていたのであるから、本件配転命令が権利濫用に当たるかを判断するに当たっては、同条の趣旨を踏まえて検討することが必要である。

 原告Aについて、配転1及びこれに先立って営業職への転換が命じられた当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、遠隔地への配転を避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。同原告の妻は、脊髄性小児麻痺による下肢機能障害により身体障害者等級5級の障害を有していること、原告Aが単身赴任したことにより家事や地域生活上の負担が増大したことが認められるが、他方で同人は、32年間知的障害者施設に勤務していたことが認められるから、妻が障害者である事実をもって、配転1が権利濫用に当たるとまではいえない。

 原告Bについて、配転1及びこれに先立って営業職への転換を命じられた当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、遠隔地への配転を避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。単身赴任に伴う負担については、一般的な単身赴任に伴う負担として甘受すべき範囲を超えるものとまでは認められず、妻の腰痛については、妻自身がそれを勤務先(被告)に届けておらず、健康管理区分の指定も受けなかったというのであるから、配転1に当たって被告がその点を考慮しなかったからといって、それが権利濫用に当たるということはできない。

 原告Cについて、配転1及びこれに先立って営業職への転換を命じられた当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、遠隔地への配転を避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。単身赴任に伴う負担については、一般的な負担として甘受すべき範囲を超えるものとまでは認められないし、組合活動上の不利益も、配転1が不当労働行為に当たらない以上、同原告が自己の労働組合活動上の不利益を受けたとしても、これを通常甘受すべき程度を著しく超える不利益ということはできない。

 原告Dについて、配転1及びこれに先立って営業職への転換を命じられた当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、遠隔地への配転を避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。同原告は、単身赴任に伴う負担に加えて、配転1の当時、既に成人T細胞白血病ウィルス1型のキャリアであり、配転1はそのような事実に配慮せずになされたと主張する。確かに、被告の健康管理医は平成16年4月に、同原告について、定期的なチェックが必要であること、常に規則正しい食生活をするよう指導していること、職場においても本人のストレス緩和ができる環境を整備するよう配慮が望まれるとの意見を述べていることが認められるが、同時に同原告は、配転1以前に、被告に上記キャリアであることを説明したことがないこと、同原告自身が自己の健康上重大なことであることを知ったのは本件訴訟提起に際してであることを認めることができる。そうすると、被告においては、配転1当時、この原告Dの健康上の事情を考慮することができなかったのであるから、配転1をしたことをもって、使用者としての権利を濫用したということはできない。

 原告Dは、配転1の後、白血病発症の危険を抱えつつ、シックハウス症候群の発症がありながら、大阪での業務を続け、新たな業務の負担を抱えていた状況下で、福岡支店への配転の内示により抑うつ状態に陥ったものであるところ、その時点で原告Dを大分支店に配転することに明白な支障はなかったということはできる。しかし、原判決が原告Dについて適切な措置を求める説示をしたからといって、そのことから直ちに被告に原告Dを大分支店に配転すべき義務が生じるということはできないし、原告Dが抑うつ状態に陥った後に、原告Dを大分支店に配転せずに、大阪に配置したまま、病気休職として復職を待つことも、被告の人事上の裁量を逸脱し、あるいはこれを濫用した違法な措置とまではいえないというべきである。

 被告が、60歳満了型を選択した従業員及びこれを選択したとみなされた従業員につき営業職への転換を命じること、及び同従業員につき京阪神地区内での配転を命じることに業務上の必要性があったことは、既に説示したとおりである。したがって、原告Eほか16名の原告ら(原告E〜P、R〜T、V、W)に対し、現に営業職になかった者について営業職への転換を命じた上、大阪支店又は兵庫支店の営業担当部署への配転を命じる配転2を発したことは、業務上の必要があってなされたものと認められる。他方、両支店において営業の業務に従事していた上記原告らについて、これを名古屋支店に配転することについては、その配転によって生じる労働者の不利益を前提としてもなおこれを行わなければならない程の業務上の必要性が認められないことも、既に説示したとおりである。したがって、上記原告らについて、名古屋支店への配転を命じた配転3は、業務上の必要なくなされたものといわなければならない。

(2)配転2及び配転3について

 被告が、60歳満了型を選択した従業員につき営業職への配転を命じること、及び京阪神地区内での配転を命じることに業務上の必要があったことは、既に説示したとおりである。したがって、原告Eほか16名の原告らに対し、現に営業職になかった者について営業職への転換を命じた上、大阪支店又は兵庫支店の営業担当部署への配転を命じる配転2を発したことは、業務上の必要があったと認められる。他方、上記原告らについて、小規模マンションタイプの販売促進のため、あるいは保守手引書の修正又は作成を内容とするMIサポート業務のために、これを名古屋支店に配転することについては、その配転によって生じる労働者の不利益を前提としてもなおこれを行わなければならない程の業務上の必要性が認められないから、上記原告らを上記業務のため名古屋支店へ配転を命じた配転3は、業務上の必要なくなされたものといわなければならない。

 配転3を受けた原告らは、新幹線通勤を選択した者は、長時間の長距離通勤による肉体的・精神的・経済的負担、自由時間及び睡眠時間の減少を、単身赴任を選択した者は、単身赴任に伴う精神的ストレス、自由時間の減少、二重生活及び帰省による経済的負担を、それぞれ挙げるほか、共通の不利益として、地域活動や社会的活動への支障、組合活動の支障を挙げているところ、これらは、各原告につき多少の差はあるものの、いずれもこれらを共通の不利益として認めることができる。これらの事実からすると、配転3によって、上記各原告らが受けた不利益のうち、特に長距離通勤や単身赴任によって同原告らが肉体的・精神的ストレスを受けたことは、その年齢とも相まって、軽視できないものがあるといわなければならない。

 原告Eについて、配転2の当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、異業種への転換及び近隣の事業所への配転さえ避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。配転3の当時、同原告の実父(86歳)が介護を要する状況にあり、実母(84歳)についても頻繁に世話をすることが必要な状況にあったが、同原告の他にその介護を行う余力のある者が家族の中にいなかったことが認められ、この事実に、育児・介護休業法26条の趣旨も踏まえて検討すれば、同原告に対する配転3は、一般に長距離・遠距離通勤を余儀なくされる労働者が受ける負担に加えて、上記の介護ができなくなったことによる負担を負わせるものであったというべきである。被告は、同原告の介護の負担は大きいものではなく、新幹線通勤になっても介護の時間を取れるし、代替できる家族がいるなどと主張する。しかしながら、老親の介護は身体的に介助することに尽きるものではなく、身近にいて精神的な支えになったり、緊急の場合の対応ができる状態にあることが重要であると考えられるところであって、現に平成16年2月以降は実母のために介護休職を取得する必要まで生じているのであるから、平成14年10月当時にあっても、同原告が両親の近傍に勤務する必要性は大きかったというべきであって、被告の主張は採用できない。また、原告Eは、平成14年10月に、2回にわたって上司に介護の実情を訴え、実父の身体状況、家族による介護の負担、実母のための年休の取得といった事実が含まれていたのであるから、被告としても同原告の介護の負担については、必要な認識を有していたものというべきである。

 原告Fについて、配転2の当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、異業種への転換及び近隣の事業所への配転さえ避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。配転3の時点において、同原告は、糖尿病により少なくとも食事療法及び運動療法を行わなければならない状態にあったことは明らかであり、配転3により長時間の通勤によるストレスを受けるとともに、自宅で生活できる時間が短縮され、食事を規則正しく間隔を空けて摂ることや、運動療法に充てる時間等に相当程度の制約を受け、また医療機関を受診するにも不便な状態になったものと認められる。このような原告Fの受けた不利益は、配転3を受けて新幹線通勤を選択した他の原告らには見られないものであり、同原告に係る慰謝料の算定においては、この事情を考慮すべきこととなる。

 原告Gについて、配転2の当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、異業種への転換及び近隣の事業所への配転さえ避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。また同原告について、配転3によって、一般に長時間の遠距離通勤を余儀なくされる労働者が受ける負担を超える著しい負担が生じたことを認めるに足る証拠もない。原告Gは、平成10年に営業職に転換するに当たって長時間の研修を受け、ソフトウェアベンダー系の各種資格を取得している事実を認めることができ、そのような者を1、2回線ユーザーに対するインターネット商品の営業等に就けることは人材の無駄遣いであるが、労働者の能力に見合う業務を与えなかったからといって、直ちにそれが使用者の権利濫用に当たるということはできない。

 原告Hについて、配転2の当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、異業種への転換及び近隣の事業所への配転さえ避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。また同原告について、配転3によって一般に長時間の遠距離通勤を余儀なくされる労働者が受ける負担を超える著しい負担が生じたことを認めるに足る証拠もない(原告I、L、M、N、O、P、T及びWも同様)。

 原告Jについて、配転2の当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、異業種への転換及び近隣の事業所への配転さえ避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。また同原告について、配転3によって一般に長時間の遠距離通勤を余儀なくされる労働者が受ける負担を超える著しい負担が生じたことを認めるに足る証拠もない。原告Jは、鹿児島にいる妻の父に対する介護の必要性や、自身の健康状態の悪化を挙げるが、前者については配転3の時点で現実に介護の必要が生じていたわけではないこと、後者については、単身赴任の結果生じた症状とまでは認められないことに照らして、同原告に関して個別に考慮しなければならない事情とまではいえない。

 原告Kについて、配転2の当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、異業種への転換及び近隣の事業所への配転さえ避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。また同原告について、配転3によって一般に長時間の遠距離通勤を余儀なくされる労働者が受ける負担を超える著しい負担が生じたことを認めるに足る証拠もない。原告Kは、従前から網膜色素上皮剥離等の持病があり、MIサポート業務による眼の負担が大きいことや、高齢の両親がいることも挙げているところ、同原告は月1回程度通院治療を継続していること、配転3により通院のために1日の年休が必要となったこと、配転3当時、両親は同原告の姉夫婦と同居していたことが認められ、同原告につき個別に考慮しなければならない事情とまではいえない。 

 原告Rについて、配転2の当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、異業種への転換及び近隣の事業所への配転さえ避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。また同原告について、配転3によって一般に長時間の遠距離通勤を余儀なくされる労働者が受ける負担を超える著しい負担が生じたことを認めるに足る証拠もない。配転3の時点において、原告Rは、肺ガン手術後で再発の可能性のある妻を抱えており、介護を要する状態ではなかったものの、家族として家事の援助や精神的な援助を求められていた実情にあったものといえるところ、配転3による単身赴任のため少なくとも週日にはこれができなくなったことに加え、妻の肺ガンが再発した後には、家族としての十分な対応をとることができず、新幹線通勤や勤務時間の短縮が認められた後にも、妻の見舞い等に大きな制約があったと認められる。このような原告Rの受けた不利益は、配転3を受けて単身赴任や新幹線通勤を選択した他の原告には見られないものであるから、同原告に係る慰謝料の算定においては、この事情を考慮すべきことになる。

 原告Sについて、配転2の当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、異業種への転換及び近隣の事業所への配転さえ避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。また同原告について、配転3によって一般に長時間の遠距離通勤を余儀なくされる労働者が受ける負担を超える著しい負担が生じたことを認めるに足る証拠もない。原告Sは、平成16年に喘息を発症したことや、妻がうつ病と診断されたこと、市会議員への立候補を断念したことを挙げるが、上記各疾病が配転3による単身赴任の結果発症したと認めるに足りる客観的証拠はないし、市会議員への立候補についても、一般に単身赴任の労働者が受ける負担を超える著しい負担とまでは断言できない。 

 原告Vについて、配転2の当時、子の養育又は家族の介護などといった事情を含め、異業種への転換及び近隣の事業所への配転さえ避けなければならないような個人的事情が存したと認めるに足りない。配転3の時点において、原告Vは妻の両親の介護について妻を補助し、自らも介護を手伝う必要があったところ、配転3により従前どおりに介護をすることに差し支えが生じたほか、配転後に発症した難聴については、夜遅い時間を割いたり、時間休を取得して受診せざるを得ない状態に置かれたものである。このような原告Vの受けた不利益は、配転3を受けて新幹線通勤を選択した他の原告らには見られないものであるから、同原告に係る慰謝料の算定においては、この事情を考慮することとなる。
 以上の事実によれば、配転3を受けたことによる慰謝料の額は、考慮すべき個人的事情の認められる原告Eについては120万円、同Fについては80万円、同Rについては120万円、同Vについては60万円とすることが相当であり、その余の配転3を受けた原告らについては、40万円とすることが相当である。
適用法規・条文
民法709条、育児・介護休業法26条
収録文献(出典)
労働判例977号5頁
その他特記事項
本件は上告された。