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大館労基署長(Y店)脳出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
大館労基署長(Y店)脳出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
秋田地裁 − 昭和57年(行ウ)第2号
当事者
原告 個人1名
被告 大館労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1991年02月01日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 K(昭和14年生)は、昭和50年以降電気工事を業とするY店に勤務していたところ、昭和53年12月27日午後1時半頃、大型運搬車等からの荷卸し作業中にワイヤーが切れて約3mの高さから電柱及び金車のついたフックが落下し、この時ヘルメットをかぶって作業をしていたKの顔面に、ワイヤーの先端若しくはフックが当たり、Kは鼻の下に擦過傷及び口唇部上下2カ所に指先大の擦過傷を負った。Kは病院に行くこともなく、その日及び翌日とも平常作業に従事した。

 Kは受傷した当日、帰宅後に気分が悪いと訴え、頭痛や首のあたりの痺れを訴えて一晩中眠れない状態であり、翌28日も気分の悪さを訴えながら出勤したが、その日も良く眠れない状態であった。そしてKは翌29日の朝も頭痛を訴えたが、そのまま仕事に向かい、午後4時半頃、胴縄をつけて電柱上の地上約10mの場所で他の電柱との間に高圧線の架線作業をしていたところ、突然具合が悪くなったため、同僚がKを電柱から下ろし、休ませたが、Kは電柱上で失禁しており、頭痛を訴え、発汗していた。Kは間もなく救急車で病院に搬送されて入院したが、血圧が極めて高く、左側不随で意識もはっきりしない状態であり、脳内出血の疑いがあるとして治療を行った。その結果、Kは一時意識が回復したが、翌30日午前零時45分には容態が急変し、午前2時35分死亡に至った。
 Kの妻である原告は、昭和54年2月16日、被告に対し、Kの死亡は業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の請求を行ったが、被告は同年4月16日、Kの死亡は業務上の災害ではないとして、右各給付をしない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求さらには再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が、原告に対し、昭和54年4月16日付けでなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
 原告は、本件発症の原因は、外傷性急性硬膜下血腫の特殊型と主張するが、本件発症が外傷に基づくものであることを完全には否定できないものの、本件発症の原因が外傷性硬膜下血腫の特殊型であるとまでは認めることはできない。Kは高血圧気味であった可能性が高いこと、入院時の血圧が240―120mmhgであったこと、突然の左片麻痺の出現、その後10時間後に死亡という経過を辿っていることによれば、非外傷性の脳内出血の発生頻度が最も高いこと、一応仕事には普段と変わりなく従事していること、などを総合すると、本件発症の原因は非外傷性の脳内出血である蓋然性が高いものと考えざるを得ない。

 Kの死亡が労働者災害補償の対象になるためには、本件外傷と本件発症との間に相当因果関係の存在することが必要である。右の相当因果関係があるというには、負傷が発症の直接の原因である必要はなく、労働者に疾病の基礎疾患ないし素因がある場合に、その基礎疾患等によって発症した場合でも、当該負傷が、基礎疾患等を刺激して、基礎疾患の自然的変化に比べ、急速に右疾患等を増悪させて発症の時期を早めた場合、又は基礎疾患と共働原因となって死亡の原因となった疾病を発症させたと認められるときには相当因果関係を肯定するのが相当である。しかし、右の点につき厳格な医学的判断の立証を原告に負わせることは、労働者災害補償保険法の趣旨に照らして相当とはいえない。のみならず、相当因果関係の有無は医学的判断そのものではなく、あくまで法的判断であるから、厳密な医学的判断が困難な場合は、与えられた医学的知見の枠組みの中で、基礎疾患の有無、程度、本件傷害の程度、本件外傷の前後の被災者の身体的状況等総合的に考慮して、右に述べた意味での相当因果関係が認められるか否かを判断すべきものである。

 Kにはこれまで既往歴、入院歴等はなく、本件外傷までは特に異常を訴え、医者の診断を受けたこともなかったこと、39歳の若さで発症するのは稀であることなどからして、本件発症は基礎疾患の自然増悪である蓋然性はそれほど高いものではないと認められる。他方、本件外傷前は基礎疾患による異常が見受けられなかったにもかかわらず、本件外傷後は、これに基づくものと考えられる身体的異常が継続し、本件外傷の2日後に発症に至っている。本件外傷、これに基づく著しい身体的異常、その継続、そして発症という事実経緯は、医学的知見により医学的因果関係が完全に否定される場合は別であるにしても、社会通念上、本件外傷が本件発症に影響に影響していると十分に疑わせるものといえる。また、このような身体的異常を押しての寒い戸外での作業は生体にとってかなりのストレスとなったことは容易に推認し得ること、一般的にストレスは基礎疾患を増悪させ得るものであることなどの点も総合すれば、本件発症は基礎疾患の自然増悪ではなく、外傷により急激に基礎疾患が増悪して引き起こされた蓋然性が高いものと推認することができる。

 少なくとも本件外傷は本件発症に影響を与え得るものであったことは医学上も肯認できるものと認められるのであって、右推論はこのような医学的知見に矛盾するものではないといえる。以上の通り、本件外傷と本件発症との間には相当因果関係が認められるというのが相当であり、Kの死亡には業務起因生を認めることができる。したがって、Kの死亡が業務上の事由によるものではないとした本件処分は違法であり、取消しを免れない。
適用法規・条文
労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例582号33頁
その他特記事項
本件は控訴された。