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大館労基署長(Y店)脳出血死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
大館労基署長(Y店)脳出血死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
仙台高裁秋田支部 − 平成3年(行コ)第1号
当事者
控訴人 大館労働基準監督署長
被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1994年06月27日
判決決定区分
原判決取消(請求棄却)
事件の概要
 Kは、電気工事を業とするY店に勤務していたところ、昭和53年12月27日、大型運搬車等からの荷卸し作業中にワイヤーが切れて約3mの高さから電柱及び金車のついたフックが落下し、下で作業をしていたKが顔面を負傷したが、Kは病院に行くこともなく、その日及び翌日とも平常作業に従事した。

 Kは受傷した当日、帰宅後に気分が悪いと訴え、翌28日も気分の悪さを訴えながら出勤し、翌29日の朝も頭痛を訴えながら、そのまま仕事に向かった。Kは電柱上の地上約10mの場所で他の電柱との間に高圧線の架線作業をしていたところ、突然具合が悪くなったため、同僚にKを電柱から下ろされ、救急車で病院に搬送されて入院したが、翌30日午前零時45分には容態が急変し、午前2時35分死亡に至った。

 Kの妻である被控訴人(第1審原告)は、昭和54年2月16日、控訴人(第1審被告)に対し、Kの死亡は業務に起因するものとして、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の請求を行ったが、控訴人は同年4月16日、Kの死亡は業務上の災害ではないとして、右各給付をしない旨の処分(本件処分)をした。被控訴人は本件処分を不服として、審査請求さらには再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、本件事故が本件発症の原因となり、それによってKは死亡に至ったとして、Kの死亡を業務上災害と認め、本件処分を取り消したことから、控訴人がこれを不服として控訴した。
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。
判決要旨
 Kが、本件事故により、外傷性の硬膜下血腫又はくも膜下出血に罹患し、同人に頭痛等の愁訴がもたらされた可能性は否定できないとしても、そしてそれが同人の死因となった出血性脳血管疾患であることも完全に否定はできないが、証拠上これを積極的に肯定するのは困難である。したがって、右出血性脳血管疾患が本件負傷だけに起因して発症した災害性疾病と認めるまでには至らないといわざるを得ない。

 Kの本件発症の原因疾患又は死因となった原因疾患については、医学者の間でも意見が分かれるが、本件においては、そもそも具体的疾患名の鑑別に不可欠な検査資料等が決定的に不足していることからすれば、各鑑定、意見が多分に当該疾患の一般論や推測を含めて考察検討し、それぞれの結論を導いていることはやむを得ないものである。そうすると、本件において、本件発症の原因となり、また同人の死因に直結した出血性脳血管疾患は、非外傷性の脳内出血、中でも高血圧症脳内出血であるか、非外傷性(脳内血腫を伴う)くも膜下出血のいずれかであると推定できるが、そのいずれであるかを確定するのは困難といわざるを得ない。

 被控訴人は、仮に本件負傷がKの直接の死因でなく、同人に脳血管疾患の基礎疾病があったとしても、本件負傷によるストレスによる血圧上昇と本件事故前の業務による疲労の蓄積、右事故後の作業の結果、基礎疾病を増悪させて本件発症の原因となった脳血管疾患を発症させた旨主張する。非外傷性の脳内出血の最大の危険因子が高血圧であり、非外傷性のくも膜下出血の成因となる脳動脈瘤は、先天的又は若年時の何らかの後天的原因、ないし高血圧症の動脈硬化症等によるものとされていることが認められるところ、Kはその生活歴及び家族歴から見る限り、脳血管疾患に罹患しやすい又はその発症の基礎となる高血圧症等の素因又は基礎疾患を有していた可能性が低くはないが、確証はない。しかし、本件発症の原因疾患が非外傷性の脳内出血又はくも膜下出血であると推定されることに照らすと、いずれにせよ何らかの血管病変が基礎疾患として存していたことはほぼ疑う余地がないし、Kに高血圧症の基礎疾患が存した可能性はかなり高いものと推認するのが相当である。

 一般に非外傷性の脳内出血やくも膜下出血の発症因子には、頭痛や他の要因によるストレスのほか、生活環境、気象、身体的負荷、飲酒等様々なものがあり、これらと基礎疾患である血管病変の進行状態や高血圧症の程度等の要因が絡み合って、右各疾患を発症させるものであるから、医学的に最有力の原因を厳密に確定するのは通常は困難であることが認められる。しかし、労災保険法上の業務起因性の有無は法的判断事項であり、業務起因性を肯定する場合、常に医学的確証の裏付けを必要とするまでは解する必要はなく、本件のような場合、業務上のものと認められる因子が医学的にも相対的に有力な発症因子である蓋然性が高いことが是認されれば足りるものと解するのが相当である。本件において、かような見地から検討しても、なお本件負傷によるストレスが本件発症の相対的有力因子であると認めるのは困難である。そうすると、本件負傷によるストレスが、Kの罹患した非外傷性の脳内出血又はくも膜下出血の相対的に有力な発生因子であるとはにわかに認め難い。

 Kの電工としての作業は、特に冬季にあっては相対的には厳しい環境下でのものと考えられるが、過酷な作業環境と評するのが相当とまではいえないし、Kの本件事故前1年間の就労状況に照らしても、本件事故前、Kに過重な労務負担があったとは認め難く、本件事故前、Kに業務による疲労の蓄積があったことを認める証拠もない。本件発症日の最高気温は零下0.2度、最低気温は零下4.1度(前日は、それぞれ、9.6度、零下1.8度)、最大風速は5mであることが認められ、これによれば、Kは本件発症当日、寒冷下の屋外で寒風の中で作業していたといえるが、本件発症日又は本件事故の日から本件発症日までの間の気温、風速等が、地域における当時の気象状況に照らして格別寒冷、強風であったとは認められない。またKの職歴等からすると、同人は以前からかような気象状況下で就労することも稀ではなかったと推認されるし、作業内容も同人にとっては特に異例のものではないと認められるから、本件事故から本件発症に至るまでの間の作業が、本件発症に影響を与えた可能性はあるとしても、その程度はさほどのものとはないと考えられ、これと本件負傷による頭痛によるストレスを併せ考慮しても、これらがKの脳内出血又はくも膜下出血の相対的に有力な因子であったとは、なお認め難い。
適用法規・条文
労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例722号15頁
その他特記事項
本件は上告された。