判例データベース
労基署長(X銀行行員)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 労基署長(X銀行行員)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 岡山地裁 − 平成12年(行ウ)第2号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年12月24日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- A(昭和24年生)は、昭和46年4月にX銀行に雇用され、3つの支店で貸付係やお得意先係などを経て、昭和62年1月26日、F支店貸付係に配属された。F支店では、その直前に着任した新支店長の下、貸付係経験の長い2名が異動となり、同係はAと入社1年目のHが担当することとなった。同年4月、高卒のJが同係に配属され、同年6月にHが配転されて、その後任に貸付経験のないKが配属された。
貸付係の実働は2人であることから、知識も経験も豊富なAの役割は相当大きく、新支店長の貸付拡大方針により、貸付係が得意先係に貸付業務を指導することが求められ、その指導業務を実質的にAが担った。同僚の証言等を基にAの時間外労働を計算すると、昭和62年3月84時間、4月81時間、5月79時間、6月96時間、7月80時間、8月77時間、9月41時間となる。
同年9月に入ってから、仕事上異常なトラブルもなく、Aは同月9日は仕事帰りに父を病院に見舞い帰宅は午前零時頃になった。本件発症前日である同月12日は本来休日の土曜日であったが、Aはいつも通り午前7時半頃出勤し、午後4時頃退勤した。Aは自宅で夕食を済ませ、午後8時頃家を出て、当時交際していたB方を午前零時頃訪れ、すぐに頭痛を訴えたもののそのまま寝たところ、翌13日午前2時過ぎ頃、大きなうめき声を出し失禁しており、救急車で病院に搬送されたが、午前3時20分頃診察を受けた際には、瞳孔が拡大し、対光反射がなく、心停止・呼吸停止の状態で、午前3時35分頃死亡した。死因は心筋梗塞との死亡診断書が作成された。
Aの母である原告は、Aの死亡は業務に起因するものであるとして、平成4年9月10日付けで、被告に対し労災保険法に基づき遺族補償給付の支給を求めたところ、被告は平成6年4月27日付けで、Aの死亡は業務上の事由とは認められないとして不支給の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
被告は、Aの勤務はデスクワークに限られ、時間外労働時間も認定基準を下回っているほか、業務外の事由として、父の見舞いや看病によって疲労していたこと、発症6ヶ月前から同棲状態にあったBとの交際について原告が強く反対して板挟みになり、かかる状況下で原告が何度も職場へ電話をかけるなどしたことから、Aが母親と恋人を巡る人間関係において相当強いストレスを感じていたことを指摘し、争った。 - 主文
- 1 被告が原告に対し、労働者災害補償保険法に基づき、平成6年4月27日付けでなした遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災保険法7条1項1号にいう「業務上の死亡」及び労働基準法79条にいう「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、単に死亡の結果が業務遂行上生じ、あるいは死亡と業務との間に条件関係があるというだけでは足りず、これらの間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が認められることが必要である。そして、労働者災害補償制度が業務に内在ないし随伴する危険が現実化した場合に労働者に発生した損失を補償するものであることに鑑みると、相当因果関係の有無については、発症が業務に内在ないし随伴する危険が現実化したことによるものとみることができるか否かによって判断するのが相当である。
また、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りるものであるから、厳密な医学的判断が困難であったとしても、被災労働者の業務内容、勤務状況、健康状態、基礎疾患の程度等を総合的に検討し、それが現代医学の枠組み中で、当該疾患の形成及び発生の機序として矛盾なく説明できるのであれば、業務と発症との相当因果関係を肯定することができるというべきである。
2 Aの死因
Aは、生前、医師による精密な健康診断を受けておらず、死体解剖もなされていないため、死亡原因となった疾病を医学的に正確かつ詳細に解明することはできないが、初診時において既に対光反射もなく、心停止、呼吸停止に至っており、外傷は見られず、臨床検査において心停止の結果が出ていることが認められることからすると、Aの死因については診断書記載の通り心筋梗塞と認めるほかない。
一般に心筋梗塞については、高脂血症、喫煙、高血圧が3大危険因子といわれ、35歳前後の若年者の心筋梗塞における危険因子は、高脂血症、家族歴、喫煙であるともいわれている。急性心筋梗塞を含む虚血性心疾患は、血管病変等の形成、進行及び増悪によって発症するものであり、このような血管病変等の形成等には、主に加齢、食生活、生活環境等の日常生活による諸要因や遺伝等の要因(基礎的要因)が密接に関連するとされ、虚血性心疾患は、長年の生活の営みの中で自然経過を辿り発症するものとされているが、そのような自然経過の中で、労働による過重な負荷等に由来する疲労の蓄積が血圧の上昇等を生じさせ、その結果虚血性心疾患が発症することがあるとされる。
3 Aの業務内容、労働時間、健康状態等
Aは、昭和62年1月、支店の貸付係に配転となり、貸付経験のない者と共に職務を行っていたことから、知識も経験も豊富なAに期待される役割は大きく、新支店長の下で貸付拡大方針がとられたことから、業務が増大した。時間外労働については、時間外勤務記録表のほとんどが支店長の指示に基づいて記載されたもので、事実と異なることが認められるところ、各証言、業務態様等を併せ考えると、Aは少なくとも月に数日は残業が午後11時を超え、時には午前零時を回ることもあり、それ以外の日でも、概ね午後8時過ぎまで残業していたものと推認することができる。また、時間外勤務記録表の記載は、大蔵省の検査があった昭和62年6月は際だって時間外労働をした日が多く、かつ時間も長いことや、月末については毎月残務整理の記載があり、全くのデタラメの記載とはいえず、記載のある日は通常より長く残業していたと見られ、その程度は、少なくとも、時間外労働の記載がある日については概ね午後10時頃まで、他の日は概ね午後8時過ぎまで仕事をしていたこと、土曜日は、出勤日には概ね2時間程度の残業をしていたものと認定できる。
4 Aの業務と本件疾病との因果関係
AはF支店に転勤して間もなく、貸付係の一連の仕事の実質的責任者となり、端末機が新しくなって習熟に時間を要した上、得意先係への指導を行うという負担も課され、その上、更に得意先係が貸付業務に習熟するに従い増大する融資案件のチェックと処理の負担が加わり、これまでのAの仕事経験からすれば、質的に相当過大な負担であったとともに、時間外労働は恒常的であり、その程度も昭和62年3月以降概ね月に80時間を超える過大なものとなっており、この間の業務はAにとって精神的負担の相当大きい過重な業務であったということができ、この段階で既にかなりの精神的疲労を蓄積していたものと推認することができる。
Bと交際していたことに伴うストレスや父親が入院していたことによる精神的負担があったとしても、上記業務上の過大な負担が相対的に大きな要因となって精神的疲労の蓄積をもたらしていたことは容易に推認し得るところであり、Aと同様の仕事経験を経てきた立場の平均的な労働者を基準にしても、かかる負担は同様であったと推認できる。そしてAは心筋梗塞を発症していることからすると、その発症の基礎となり得る素因又は疾患を有していたことは否定し難いが、その程度や進行状況を明らかにする客観的資料はなく、Aは死亡当時38歳と比較的若年であり、健康診断においても異常はないとされていたのであるから、同基礎疾患等が確たる発症要因がなくてもその自然の経過により血管病変等が生じたとは考え難い。
そうすると、Aの死亡原因となった心筋梗塞は、他に確たる発症因子のあったことが窺われない本件においては、同人の有していた基礎疾患等が発症前に従事していた業務による過重な精神的身体的負荷により、その自然の経過を超えて急激に増悪したことによって発症したものと考えるほかなく、その間に相当因果関係の存在を肯定することができる。したがって、Aの死亡は労災保険法にいう業務上の死亡に当たるというべきである。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|