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地公災基金大阪府支部長(堺市小学校)控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金大阪府支部長(堺市小学校)控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成13年(行ウ)第17号
- 当事者
- 控訴人個人1名
被控訴人地方公務員災害補償基金大阪府支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年01月30日
- 判決決定区分
- 原判決取消(請求認容)
- 事件の概要
- P(昭和28年生)は、昭和51年4月に大阪府堺市公立学校教員に採用され、昭和57年以降B小学校に勤務していた。Pは、主として高学年を担当し、昭和63年4月から5年生、平成元年4月からは持ち上がった6年生、平成2年4月から5年生を担当した。また、昭和59年以降体育主任を務め、昭和61年からは保健主事を兼務していた。
平成2年当時、B小学校では、生活保護家庭及び就業援助家庭の児童数が100分の25を超えており、社会的、身体的に困難を抱える者や、基本的生活習慣も身に付いていない者も多数いた。特にPが担任をした5年2組は、要配慮児童が39名中27名存在し、そのうち特に指導が困難な児童が4名在籍していた。
体育主任の主な仕事は、学校水泳と体育会及び連合運動会であり、プールの水位の管理や、濾過装置の運転なども行っていた。体育会は2学期に行われるが、1学期からその準備にかかり、連合運動会は堺市を4ブロックに分けて行うものであってB小学校が当番であったことから、Pは23の小学校生徒全員で行う組体操を指導するなどした。また、保健主事の仕事は、各種健康診断の立案・実施、予防接種、職員研修、避難訓練など広範囲に及び負担が大きいことから、堺市教育委員会では、体育主任など他の校務と兼ねることを避けるよう示唆していた。
本件発症前1週間は、体育会の準備や社会見学の引率、教育実習生の指導、資料の作成、連合運動会の早朝練習指導などのため、Pは早朝から夜まで勤務が続き、会議中に居眠りをするなどした。平成2年10月8日、Pは午前8時15分頃出勤し、1校時の国語の時間に教室でワープロにより遠足のしおりを作成し、2校時は自習にしてしおりの作成を続行し、4校時の体育ではバスケットボールの指導をした後辛そうに座り込み、給食の際には配膳をしていた女児を配り方が悪いと大声で叱責して両手で突き飛ばした。Pはその後もワープロ作業し、教育実習生を指導した後、午後7時20分に退勤した。Pは帰宅途上、コンビニに寄ったところ、そこから出た直後道路に座り込んだり、寝込んだりし、翌9日「殴られた」と言って午前零時45分頃病院に搬送されたが、その際には意識障害、前身痙攣が認められ、同日夕方頃から脳死状態になり、同月12日に死亡した。
Pの妻である控訴人(第1審原告)は、Pの死亡は校務に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、公務災害認定請求をしたが、被控訴人はこれを公務外の災害と認定する旨の処分(本件処分)をした。そこで控訴人は本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、Pの日常的な公務に精神的負担がなかったわけではないが、糖尿病と比べれば有力な因子とはいえず、動脈硬化自体は数年来の危険因子の蓄積によるもので、Pの死亡はストレスや公務の過重性に起因するものではないとして、本件処分を適法と認めたことから、控訴人はこれを不服として控訴した。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成8年1月11日付けで控訴人に対してした地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 公務起因性の判断基準
地公災法に基づく補償は、地方公務員の災害に対して行われるものであり、同法31条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、その負傷又は疾病と死亡との間には相当因果関係があることが必要である。そして、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則上、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る程度の高度の蓋然性を証明することであり、その立証の程度は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつそれで足りる。すなわち、厳密な医学的判断が困難な場合であったとしても、当該職員の職務内容、就労状況、健康状態、基礎疾患の程度・程度等を総合的に考慮し、それが現代医学の枠組み中で、当該疾病の発症の機序として矛盾なく説明できるのであれば、公務と死亡との相当因果関係は肯定されるというべきである。2 Pの公務の過重性
本件疾病発症前、特に平成2年9月下旬以降のPの公務は、全体的にみて、過重な肉体的・精神的負担を課すものであったというべきであり、その理由は以下のとおりである。
Pは、高学年の担任として経験を積んでおり、数少ない男性教諭であったこともあって、他の教諭から非常に頼りにされており、また体育主任及び保健主事を兼務し、保健体育関係の校務全般について中心的な役割を果たしていた。Pが平成2年度に担任した5年2組は、要配慮児童が39名中27名を占め、そのうち4名は特に指導上問題のある児童であった。そして、同年9月以降、そのうちのFの給食のお盆に砂が蒔かれたり、Fの母親が授業中の教室やクラスの児童宅に怒鳴り込むという事件が起き、また遅刻や登校拒否の傾向があるUが転入するなどした。Pは、同年9月以降に予定されていた体育会や連合運動会について、責任者として中心的な役割を果たし、持ち帰りの仕事も増加した。このような体育会及び連合運動会関係の公務は、両方の責任者という立場にあったPに対し、相当な精神的、肉体的負担を伴うものであったことが明らかである。Pは、本件疾病発症の2日前から発症当日にかけて、打合せ中に居眠りをするなどし、本件発症当日は、バスケットボールの指導後、疲れた様子で椅子に座ったり、座って授業をするなど普段とは異なる様子を見せており、このような行動はPが過労状態にあったことを示すものと考えるのが自然である。
平成2年9月25日から同年10月1日までの時間外時間は26時間45分、同月2日から8日までの時間外労働時間は31時間20分に達しており、同年9月下旬以降のPの公務は、過重なものであったというべきである。3 Pの本件疾病による死亡の公務起因性
心房細動については、これによって心房内の血流がうっ帯するため、心房内血栓が生じ、心原性脳塞栓症の危険因子となるものとされる。また、心房細動の発生における自律神経機能障害の役割はよく知られており、特に交感神経緊張の増大によって誘発されるものでは、精神的・身体的負荷や疲労、睡眠不足などが致死的不整脈を起こさせて、突然死の原因となり得ることは充分考えられるものとされている。そして、特に平成2年9月下旬以降のPの公務が過重である上、本件において、公務以外にPに本件疾病を発症させるような精神的・身体的負荷を生じさせた要因があったことは何ら窺われない。以上の点からすれば、上記のような過重な公務による負荷が原因となってPに心房細動が生じ、本件疾病が生じたと考えることには合理性があるというべきである。そして、Pは、本件疾病発症当時36歳と若年で、罹患していた甲状腺機能亢進症は重篤なものではなく、本件疾病発症当時は、むしろ改善していたものであるから、Pの甲状腺亢進症と本件疾病との間に因果関係は認められないと考えるのが合理的である。
被控訴人は、公務過重性は、同種、同僚の公務と比較して客観的に判断されるべきであると主張するが、この点については、Pが本件疾病発症前に、B小学校の同僚教員と比較して著しく過重な職務を分担、執行してきたことは客観的に認められるところである。更に被控訴人は、新認定基準の定める公務の過重の要件に関連して、Pの場合、時間外勤務時間(発症前1週間、発症前1ヶ月間)の要件を満たさないなどと主張する。しかし、新認定基準の定めは、公務の他に疾病の原因となり得る基礎疾患があることを前提にして、公務がこれらと比較しても、疾病の有力な原因と認め得るための要件を定めたものと理解されるところ、本件では、公務が唯一の本件疾病の発症原因だったというべきであるから、新認定基準の定める公務の過重性の要件を厳格に適用する事実基礎はなく、厳密にはその要件を満たさないからといって、公務起因性を否定することは相当ではないのである。
結局のところ、本件疾病の原因は、本件疾病前の過重な公務にあると考えるほかない。すなわち、本件疾病発症前の公務とPの死亡との間に相当因果関係があることは優に立証されているというべきであり、控訴人の請求は理由があるから認容すべきである。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条、42条
- 収録文献(出典)
- 労働判例871号74頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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