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店舗暴力事件

事件の分類
その他
事件名
店舗暴力事件
事件番号
名古屋地裁 - 平成14年(ワ)第1311号
当事者
原告 個人1名
被告 個人1名
被告 株式会社(FR)
その他承継参加人 株式会社(Y)
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年09月29日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告(昭和48年生)は、平成9年3月、被告会社に入社し、その後被告会社の経営する2店舗の勤務を経て、平成10年10月26日からA店(千葉市)に店長代行として勤務していた。一方、被告(昭和47年生)は、平成7年4月、被告会社に入社し、平成10年9月からA店に店長として勤務していた。

 平成10年11月17日、原告は従業員間の連絡事項等を記載する「店舗運営日誌」に、「店長へ」として、被告の仕事上の不備を指摘する記載をし、その横に「処理しておきましたがどういうことですか。反省してください。原告」と書き添えた。これを見た被告が同日原告を休憩室に呼びつけ、説明を求めたところ、原告が「事実を書いただけです。2回目でしょう。どうしようもない人だ」と鼻で笑う態度を示したことから、被告は激昂し、原告の胸倉を掴み、背中を壁板に3回ほど打ち付けた上、ロッカーに原告の頭部や背部を3回ほど打ち付けた。原告が被告に謝罪を求めたところ、被告は謝る素振りをしながら、原告の顔面に1回頭突きを食らわせた。その後も口論が続き、原告が「もうあなたと話しても無駄です」と言いながら休憩室を出ようとしたところ、被告は原告の頸のあたりを両手で掴み、板壁に原告の頭部、背中等を1回打ち付けた。原告の要請で、被告が救急車を呼び、原告は病院に搬送されて診断を受けた結果、頭部外傷、髄液鼻漏疑と診断され、経過観察のため入院したが、頭部CT検査等の結果異常は見られなかった。

 原告は実家の名古屋市に戻り、同月19日病院で受診し、「頸部挫傷」の診断を受け、さらに通院を続けて入院を希望したが、入院には至らなかった。原告は同年12月から、背中の痛み、左手のしびれ等を訴えて通院し、投薬、リハビリ治療等を受けた。また原告は、同年12月2日、警察に本事件の被害届を出し、労働基準監督署に対し療養補償給付の申請書を提出した。

 被告会社では、原告の療養中、給与全額を支給することとし、原告に診断書の提出を求めたところ、原告は「頭部外傷2型後」とする診断書を提出したが、、その後は診断書の提出の求めに応じなかったため、被告会社は平成11年3月分から給与の支給を停止した。その後、原告は「神経症」との診断書を提出したが、被告会社は本事件との因果関係が判断できないとし、正当な診断書の提出がない場合には退社とみなす旨原告に迫った。そこで原告は、同年6月、「外傷後ストレス障害(神経症)」との診断書を被告会社に提出した。

 平成13年7月30日、原告は管理部長Cに電話し、社内における本事件の報告書の開示などを求めるなどしたところ、Cは原告に対し、「いいかげんにせいよ。お前何考えてるんかこりゃー。ぶち殺そうかお前。調子に乗るなよ」などと声を荒げたことから、原告は気分が悪くなり、嘔吐して病院に搬送された。
 原告は、被告から暴行を受け、その後Cから暴言を浴びせられたところ、これらの行為はいずれも被告会社の事業の執行につき行われたものであるとして、被告及び被告会社に対し、休業損害636万円余、入院慰謝料200万円、後遺症慰謝料616万円、逸失利益4069万円余、弁護士費用500万円など、合計5932万0751円を被告らが連帯して支払うよう請求した。
主文
1 被告ら及び承継参加人は、原告に対し、連帯して224万7200円及びこれに対する平成10年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを1000分し、その965を原告の負担とし、その余を被告及び承継参加人の負担とする。
4 この判決は1項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 違法行為

 被告は、原告に対し、本事件において暴行を加えたというのであるから、その違法性は明らかであり、これにより原告が被った損害を賠償すべき責任を負う。

 Cは、原告に対し「いいかげんにせいよ、お前。おー、何考えているんかこりゃあ。ぶち殺そうかお前。調子に乗るなよお前」と声を荒げながら原告の生命、身体に対して害悪を加える趣旨を含む発言をしており、Cが、原告がPTSDないし神経症である旨の診断を受け、担当医から、被告会社の関係者との面談、仕事の話をすることを控える旨告知されていたことを認識していたことからすれば、本件発言は違法であって、不法行為を構成するというべきである。

 原告は、本事件の翌日、上司のBから労災には該当しないと言われ、警察へ通報しないよう命令されたと主張する。確かに、原告自ら労災保険の手続きを行っていることをも勘案すると、Bが原告に対し、本事件を警察へ通報しないように要請するとともに、治療費は被告に請求するように述べたことは窺えるものの、これ以上に、「本事件は労災に該当しない」「本事件を警察へ通報しないよう命令する」とまで述べたとは認め難い。そして、Bが本事件を警察へ通報しないように要請するとともに、治療費は被告に請求するよう述べたとしても、必ずしも不当な処置であるとは言い難く、不法行為を構成するとはいえない。

 労災の手続きや、回答が遅れた原因として、被告会社が再三にわたり本事件との因果関係を明らかにする診断書等の提出を求めたのに原告がこれに応じなかったことをも挙げられることからすると、それが原告の病状を悪化させた可能性は否定できないものの、Cが原告の病状にもかかわらず面談を強く要請したことや、原告がCに対し労災の休業補償を事件発止日に遡及させて適用するよう求めたことに対するCの回答が遅れたことをもって、直ちに不法行為を構成するとはいえない。さらに、年金加入証書等各種書類の発行や健康保険被扶養者届の処理が遅れており、それが原告の病状を悪化させた可能性は否定できないものの、この程度の遅れをもって直ちに不法行為を構成するとはいえない。

2 原告の障害

 原告が本事件ないしその後のCの発言によりPTSDに罹患したとは認め難いが、原告は、几帳面で気が強く、正義感が強く不正を見過ごすことができず、不当な事柄に対して憤り、論理的に相手を問いつめるという性格傾向を有していたところ、その原告が、日頃から厳しく当たられていた被告から暴行を受けたこと、その後の休職に関する被告会社担当者との折衝のもつつれを通じ、被告会社に対して、次第に忌避感、不安感、嫌悪感を感じるようになり、Cによる「ぶち殺そうかお前」などという発言を受けたこと、本訴訟の提起により被告会社との対立関係が鮮明化し、また調査会社による行動調査を受けたことなどが相まって、被告会社が原告に危害を加えようとしているという類の妄想性障害に罹患し、今日までその症状を維持、増減させてきたものと認めるのが相当である。そして、妄想性障害は、他人との関係に特に敏感であったり、正義感などの主張が強いといった特徴が指摘されるほか、その障害罹病危険率は0.05%から0.1%の間と推測される非常に希な疾患であるとされるところ、原告の障害の発生及び維持には、本件事件が原告の妄想性障害発症の端緒となっており、Cによる本件発言も当時の被告会社担当者との折衝状況と相まって、その症状に影響を及ぼしたことは否定し難く、本件事件及び本件発言と原告の障害との間には相当因果関係があるというべきである。

 鑑定では、原告については、未だ病状が不安定であり、妄想による不安が活発である、今後の治療によって労働能力がどの程度回復するのかを予測することは不可能である、今後の治療の成否、原告の労働能力の改善は、安心感の保証がどの程度得られるかに依拠しているところが大きいとしつつも、原告の場合、発症の原因が明確であり、発症が若年である、従前の病状が良い、精神科治療に通い続けているという治療に有利な点があることから、抗精神病薬を主剤として積極的に増量する余地があり、妄想性障害に関する治療対応が集中的に行われたと仮定すれば、治癒する率は50%程度であり、病状の改善に1年、病前の労働能力の回復までにさらに1年程度が見込まれるとされている。そして、被告会社や承継参加人において、被告会社や承継参加人が本訴に確定後に、原告に対し上記安心の保証をすることが期待できないではない。以上からすると、原告の障害は、本訴判決言渡し後の平成20年12月31日頃には治癒する見込みが高いというべきである。

3 責任原因

 以上によれば、妄想性障害に起因する原告の損害は、それぞれ独立する不法行為である被告の暴行とその後のCの本件発言が順次競合したものといい得るから、かかる2個の不法行為は民法719条所定の共同不法行為に当たると解される。したがって、被告は、本件発言以降の原告の損害についてもCと連帯して責任を負うから、民法709条、719条に基づき、本件事件及び本件発言によって原告が被った損害の全部について賠償責任を負う。また、被告会社は被告及びCの使用者であり、本件事件及び本件発言はその事業の執行に付き行われたものであると認められるから、715条、719条に基づき、本件事件及び本件発言によって原告が被った損害の全部について賠償責任を負う。

4 損害額

 治療費及び入通院費等は11万8000円と認められる。

 原告は、本件事件及び本件発言を原因とする妄想性障害により、本件事件から1年を経過した平成12年1月1日から平成20年12月31日まで休業を余儀なくされるものと認められ、休業損害は1904万7636円となる。本件事件及び本件発言の態様、原告の傷病の内容・程度、治療経過、通院状況等本件に現れた一切の事情を斟酌すると、原告の慰謝料は500万円が相当である。なお、原告の障害は治癒が見込まれるから、後遺障害による逸失利益及び慰謝料は認められない。

 加害行為と発生した損害との間に因果関係が認められる場合であっても、その損害が加害行為によって通常生じる程度や範囲を超えるものであり、かつその損害の拡大について被害者側の心因的要素等が寄与している場合には、損害の公平な分担の見地から、民法722条2項の過失相殺の規程を類推適用し、損害の拡大に寄与した被害者側の過失を斟酌することが相当であると解される。妄想性障害は、本人の特徴的な病前性格が論じられており、原告の障害の発生及びその持続には、不当な事柄に対して憤り、論理的に相手を問いつめるという性格的傾向による影響が大きいと認められる。そうすると、上記認定の損害額の60%を減額するのが相当であるから、損害額は966万6254円となる。被告ら及び承継参加人は、原告が被告を刺激興奮させて暴力行為を誘発したとして過失相殺を主張するが、この過失相殺は相当ではない。
 原告は、平成11年12月29日より平成18年2月22日までの労災保険法の休業補償給付金として合計1038万3125円の支払いを受けた。労災保険法による休業補償給付金は、上記原告の損害のうち休業損害のみから控除すべきところ、素因減額後の休業損害額全額に相当する761万9054円が控除される。弁護士費用は20万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、715条、719条、722条2項
収録文献(出典)
労働判例926号5頁
その他特記事項
本件は控訴された。