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店舗暴力控訴事件

事件の分類
その他
事件名
店舗暴力控訴事件
事件番号
名古屋高裁 - 平成18年(ネ)第901号、名古屋高裁 - 平成19年(ネ)第73号
当事者
控訴人兼附帯被控訴人 個人1名
被控訴人兼平成19年(ネ)73号事件附帯控訴人 個人1名
被控訴人 株式会社(FR)
被控訴人 株式会社(Y)
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年01月29日
判決決定区分
原判決一部取消(一部認容・一部棄却)(上告)
事件の概要
 控訴人(附帯被控訴人)は、平成9年3月、被控訴人会社(附帯控訴人会社)FR(以下「FR社」)に入社し、平成10年10月26日から子会社店舗A店(千葉市)に、店長である被控訴人(附帯控訴人)と共に勤務していた。

 平成10年11月17日、控訴人は店舗運営日誌に、被控訴人の仕事上の不備を指摘する記載をしたところ、これを見た被控訴人は控訴人を呼びつけ、控訴人の態度に激昂し、控訴人の身体を壁板に打ち付けるなどして怪我をさせた。原告は救急車で病院に搬送されて診断を受けた結果、頭部外傷、髄液鼻漏疑と診断され、経過観察のため入院したが、頭部CT検査等の結果異常は見られなかった。

 控訴人は実家の名古屋市に戻って受診し、「頸部挫傷」の診断を受けたところ、同年12月から、背中の痛み、左手のしびれ等を訴えて通院し、投薬、リハビリ治療等を受けた。また控訴人は、同年12月2日、警察に本事件の被害届を出し、労働基準監督署に対し療養補償給付の申請書を提出した。

 FR社では、原告の療養中、給与全額を支給することとし、控訴人に診断書の提出を求めたところ、控訴人は「頭部外傷2型後」とする診断書を提出したが、、その後は診断書の提出の求めに応じなかったため、FR社は平成11年3月分から給与の支給を停止した。その後、控訴人は「神経症」との診断書を提出したが、FR社は本事件との因果関係が判断できないとし、正当な診断書の提出がない場合には退社とみなす旨控訴人に迫った。そこで控訴人は、同年6月、「外傷後ストレス障害(神経症)」との診断書をFR社に提出した。

 平成13年7月30日、控訴人は管理部長Cに電話し、社内における本事件の報告書の開示などを求めるなどしたところ、Cは控訴人を恫喝する発言をしたことから、控訴人は気分が悪くなり、嘔吐して病院に搬送された。

 控訴人は、被控訴人から暴行を受け、その後Cから暴言を浴びせられたところ、これらの行為はいずれもFR社の事業の執行につき行われたものであるとして、被控訴人及びFR社に対し、合計5932万0751円を連帯して支払うよう請求した。
 第1審では、被控訴人の不法行為を認めるとともに、FR社と承継人Y社の使用者責任を認めたが、大幅な訴因減額をしたことから、控訴人はこれを不服として控訴する一方、被控訴人らも不法行為を否認して附帯控訴した。
主文
1 本件控訴に基づき、原判決中の控訴人の敗訴部分のうち、次項の請求に係る部分を取り消す。

2 被控訴人らは、控訴人に対し、各自5万4676円及びこれに対する平成10年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 その余の本件控訴を棄却する。

4 本件附帯控訴をいずれも棄却する。

5 訴訟費用は、1、2審とも、これを1000分し、その965を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。
6 この判決は第2項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
 当裁判所は、控訴人の請求は、被控訴人らに対し、各自230万1876円及びこれに対する平成10年11月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がないと判断する。

 Cは、原告に対し「いいかげんにせいよ、お前。おー、何考えているんかこりゃあ。ぶち殺そうかお前。調子に乗るなよお前」と声を荒げながら原告の生命、身体に対して害悪を加える趣旨を含む発言をしており、Cが、原告がPTSDないし神経症である旨の診断を受け、担当医から、被告会社の関係者との面談、仕事の話をすることを控える旨告知されていたことを認識していたことからすれば、本件発言は違法であって、不法行為を構成するというべきである。

 原告は、本件事件の翌日、上司のBから本件事件は労災には該当しないと言われ、警察へ通報しないよう命令されたと主張する。確かに、原告自ら労災保険の手続きを行っていることをも勘案すると、Bが原告に対し、本件事件を警察へ通報しないように要請するとともに、治療費は被告に請求するように述べたことは窺えるものの、これ以上に、「本件事件は労災に該当しない」「本件事件を警察へ通報しないよう命令する」とまで述べたとは認め難いそして、Bが、本件事件を警察へ通報しないように要請するとともに、治療費は被告に請求するよう述べたとしても、必ずしも不当な処置であるとは言い難く、不法行為を構成するとはいえない。

 また、控訴人は、FR社が労災保険給付申請を妨害・遅延させた旨主張する。本件事件に関して、療養補償給付申請がなされたのは平成10年12月11日であり、休業補償給付申請がなされたのは平成13年8月6日であって、FR社の対応は速やかなものとはいい難いが、FR社は、控訴人の求めに応じて、平成11年1月8日頃には療養補償給付支給申請書及び理由書を作成し、それらは同月21日には労働基準監督署に届けられているので、療養補償給付申請を妨げる意図があったとまでは認められない。

 控訴人は、FR社が、控訴人に対し繰り返し診断書の提出を求め、面談を求めるなどしているのは違法である旨主張する。しかし、被控訴人FRが診断書等を求めたのは、給与の支給を継続し、休業補償支給申請のための休業期間の継続認証等をし、給与以外の福利厚生を継続するため、更には控訴人との雇用関係を維持するか否かを検討するためには、控訴人の病状を客観的に把握する必要があったのに、控訴人が適時に診断書を送付せず、十分な説明もせず、同意書の提出も遅れるなどしたためであり、FR社の上記行動は事業主として社会的に相当な行為といえる。また、CやFR社の担当者が控訴人に面談を求めるなどしたのは、長期休職者と定期的に連絡を取り、その状況や病状、会社への復帰の意思などを確認し、また控訴人の病状が正確には把握できていなかったためであり、違法と評価すべきものではない。 控訴人が本件事件ないしその後のCの発言によりPTSDに罹患したとは認め難いが、控訴人は、几帳面で気が強く、正義感が強く不正を見過ごすことができず、不当な事柄に対して憤り、論理的に相手を問いつめるという性格傾向を有していたところ、その控訴人が、日頃から厳しく当たられていた被控訴人から暴行を受けたこと、その後の休職に関するFR社担当者との折衝のもつつれを通じ、FR社に対して、次第に忌避感、不安感、嫌悪感を感じるようになり、Cによる「ぶち殺そうかお前」などという発言を受けたこと、本訴訟の提起によりFR社との対立関係が鮮明化し、また調査会社による行動調査を受けたことなどが相まって、FR社が危害を加えようとしているという類の妄想性障害に罹患し、遅くとも平成11年2月半ば頃から今日までその症状を維持、増減させてきたものと認めるのが相当である。そして、妄想性障害は、他人との関係に特に敏感であったり、正義感などの主張が強いといった特徴が指摘されるほか、その障害罹病危険率は0.05%から0.1%の間と推測される非常に希な疾患であるとされるところ、控訴人の障害の発生及び維持には、本件事件が控訴人の妄想性障害発症の端緒となっており、Cによる本件発言も当時のFR社担当者との折衝状況と相まって、その症状に影響を及ぼしたことは否定し難く、本件事件及び本件発言と控訴人の障害との間には相当因果関係があるというべきである。なお、Cは、本件発言当時には、控訴人がPTSDと診断されており、医師にFR社の関係者との面談や会話を控えるように告知されていることを知っていたことからすれば、本件発言が控訴人の症状を悪化させることを予見すべきであった。

 控訴人の障害は、本件判決言渡し後の平成20年12月31日頃には治癒する見込みが高いというべきである。控訴人は鑑定の結果に疑問を呈しているが、その症状は、妄想性障害の増悪とともに出現し、次第に現実味を帯びたフラッシュバックに移行したものであり、また控訴人の被害感情はPTSDにおけるフラッシュバックとは異なり、被控訴人らが現在若しくは将来において、控訴人に危害を加えようとする意図を持ち、継続的に監視をし、迫害をしているというものであり、心因性の被害妄想と判断されるものであることなどからすれば、控訴人がPTSDに罹患しているとはいえない。そして、控訴人は、本件事件に際しても被控訴人の不正を規律に従って指摘し、暴行に遭っても反撃することなく謝罪を求めるなど、不正を見逃すことができず、正義感が強いとの妄想性障害の素因となり得る性格傾向を有し、本件事件及びその後の刑事告発、労災保険給付申請等を巡っての交渉経過からFR社への不信感を募らせた結果、上記妄想を強化させてきたものであり、控訴人は妄想性障害に罹患したといえる。3 責任原因

 以上によれば、妄想性障害に起因する控訴人の損害は、それぞれ独立する不法行為である被控訴人の暴行とその後のCの本件発言が順次競合したものといい得るから、かかる2個の不法行為は民法719条所定の共同不法行為に当たると解される。したがって、被控訴人は、本件発言以降の原告の損害についてもCと連帯して責任を負うから、民法709条、719条に基づき、本件事件及び本件発言によって控訴人が被った損害の全部について賠償責任を負う。また、FR社は被控訴人及びCの使用者であり、本事件及び本件発言はその事業の執行に付き行われたものであると認められるから、715条、719条に基づき、本事件及び本件発言によって原告が被った損害の全部について賠償責任を負う。4 損害額

 治療費及び入通院費等は25万4689円と認められる。

 控訴人は、本事件及び本件発言を原因とする妄想性障害により、本事件から1年を経過した平成12年1月1日から平成20年12月31日まで休業を余儀なくされたものと認められ、休業損害は1904万7636円となる。本事件及び本件発言の態様、原告の傷病の内容・程度、治療経過、通院状況等本件に現れた一切の事情を斟酌すると、控訴人の慰謝料は500万円が相当である。なお、控訴人の障害は治癒が見込まれるから、後遺障害による逸失利益及び慰謝料は認められない。

 加害行為と発生した損害との間に因果関係が認められる場合であっても、その損害が加害行為によって通常生じる程度や範囲を超えるものであり、かつその損害の拡大について被害者側の心因的要素等が寄与している場合には、損害の公平な分担の見地から、民法722条2項の過失相殺の規程を類推適用し、損害の拡大に寄与した被害者側の過失を斟酌することが相当であると解される。妄想性障害は、本人の特徴的な病前性格が論じられており、控訴人の障害の発生及びその持続には、不当な事柄に対して憤り、論理的に相手を問いつめるという性格的傾向による影響が大きいと認められる。そうすると、上記認定の損害額の60%を減額するのが相当であるから、損害額は966万6254円となる。

 加害行為と発生した損害との間に因果関係が認められる場合であっても、その損害が加害行為によって通常生じる程度や範囲を超えるものであり、かつその損害の拡大について被害者側の心因的要素等が寄与している場合には、損害の公平な分担の見地から、民法722条2項の過失相殺の規程を類推適用し、損害の拡大に寄与した被害者側の過失を斟酌することが相当であると解される。妄想性障害は、本人の特徴的な病前性格が論じられており、控訴人の障害の発生及びその持続には、不当な事柄に対して憤り、論理的に相手を問いつめるという性格的傾向による影響が大きいと認められる。そうすると、上記認定の損害額の60%を減額するのが相当であるから、損害額は966万6254円となる。

 この点控訴人は、素因減額を考慮すべきでない旨主張するが、控訴人には本事件前から不正を見逃すことができないなどの性格傾向が強く、社会適応性を困難とするようなものではなくとも、本事件によって生じた中心性脊椎損傷だけであれば、1年半程度で症状固定となったのであるから、就労困難な状況が約9年間も継続している責任をすべて被控訴人らが負担すべきであるとするのは公平を失している。

 また、控訴人は、FR社のマニュアル教育の結果や控訴人の個性に応じた配慮を欠いた被控訴人会社らの対応が控訴人の症状の増悪に大きな影響を与えているなどと主張するが、例えば被控訴人FRの教育指導に従うとしても、被控訴人の仕事上の責任を問う方法としての店舗運営日誌への記載については選択の余地があったのであるから、控訴人の行動が被控訴人FRの教育指導の結果に直結しているとはいえない。更に、本件発言など本件事件後の被控訴人らの対応が控訴人の症状の増悪に影響を及ぼしたとはいえるが、本件発言以外の対応が違法であったとまではいえない。また控訴人においても、病状についての客観的資料の提出を拒み、自ら被控訴人FR担当者に電話を架け、長時間にわたり議論していることなど、一般的には控訴人に休業しなければならないほどの精神的疾患があると認識するのは困難な対応をしており、このため被控訴人FR担当者の繰り返しの連絡や面談要求等の行為を誘発した面があることは否定できない。そうすると、控訴人の症状すべてを被控訴人らの責任とすることは相当とはいえない。
 控訴人は、平成11年12月29日より平成18年2月22日までの労災保険法の休業補償給付金として合計1038万3125円の支払いを受けた。控訴人は平成18年2月23日から平成19年9月13日までの間、労災保険法による休業補償給付金として合計262万7000円の支払いを受けていることが認められる。以上の合計は1301万0125円となる。労働者災害補償保険法による休業補償給付金は、上記控訴人の損害のうち休業損害のみから控除すべきところ、控訴人の損害1218万6918円のうち訴因減額後の休業損害全額に相当する1008面5042円が控除されるから、控訴人の損害額は210万1876円となり、弁護士費用は20万円と認める。
適用法規・条文
民法709条、715条、719条、722条2項
収録文献(出典)
労働判例967号62頁
その他特記事項
本件は上告されたが、不受理とされた。