判例データベース

西宮労基署長(A交通運転手)脳出血控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
西宮労基署長(A交通運転手)脳出血控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪高裁 − 平成8年(行コ)第48号
当事者
控訴人 西宮労働基準監督署長
被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年12月25日
判決決定区分
控訴棄却(上告)
事件の概要
 T(昭和11年生)は、昭和42年6月にA交通に雇用され、以来大型観光バスの運転手を務める一方、昭和60年頃から同62年12月頃までA交通バス労働組合の執行委員長を務めていた。

 昭和63年1月31日から2月4日まで、Tは平湯へのスキーバスを運行し、2月14日から16日に草津へ、17、18日に和倉への運行を担当したが、この時はバス3台で運転手5名のいわゆる変則MM運行であり、Tはリーダー格であった。Tは、2月19日は休日であり、翌20日西宮営業所を午前7時10分頃出庫し、走行中の午前8時10分頃、左手のしびれ等の症状を発症し、救急車で病院に搬送されて高血圧性脳出血と診断され、左半身麻痺の後遺症を残した。なお、Tは、昭和59年頃から血圧が上昇し始め、昭和61年に高血圧と診断されて治療を受けていた。

 Tは、控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づき療養補償給付を請求したが、控訴人はこれを不支給処分(本件処分)とした。Tは本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した(Tは平成7年1月25日死亡したため、その妻である原告が本件訴訟を承継した)。
 第1審では、Tの業務と本件疾病との間に相当因果関係を認め、本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
 被災労働者に対して、労災保険法に基づく労災補償給付が行われるには、当該疾病が「業務上」のものであること(労災保険法12条の8第2項、労働基準法79条)、具体的には労基法施行規則35条に基づく別表第1の2第9号にいう「業務に起因することの明らかな疾病」に当たることが要件とされる。そして、労災保険制度が使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度であることに鑑みれば、「業務上」の疾病といえるためには、当該疾病が被災者の従事していた業務に内在ないし随伴する危険性が発現したものと認められる必要がある。したがって、被災労働者の疾病が業務上の疾病といえるためには、業務と当該疾病の発症との間に条件関係があることを前提に、労災保険制度の趣旨等に照らして、両者の間にそのような補償を行うことを相当とする関係、いわゆる相当因果関係があることが必要であると解される。

 そして、右相当因果関係が認められるためには、業務が当該疾病の唯一の条件である必要はないが、当該疾病が業務に内在する危険性の発現と認められる関係にあることが必要であるから、当該業務が被災労働者の基礎疾病等の他の要因と比較して相対的に有力な原因として作用し、その結果当該疾病を発症したことが必要であると解すべきである。これを基礎疾患との関係でいえば、過重な業務の遂行が、右基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させた結果、より重篤な疾病を発症させたと認められる関係が必要である。ところで、当該業務の過重性の判断に当たっては、何らの基礎疾患を有しない健常人ではなく、被災労働者が基礎疾患を有しながらも従事していた日常の業務につき、その通常の勤務に耐え得る程度の基礎疾病を有する者をも含む平均的労働者を基準とすべきである。

 昭和63年1月31日から2月4日までの平湯へのスキーバスの運行は、運行計画のみをとってみると必ずしも過重な業務とはいえない。しかし、2月3日に発生したエンジントラブルに伴う厳寒の中の作業は、朝から夕方まで続いており、この作業の中で寒冷に曝露されたことにより、51歳で右基礎疾病を有するTの血圧は相当に上昇したものと推認できる。また、宿舎の暖房設備が充分でなく、一つの部屋に多人数が宿泊するという環境からしても、Tが充分に疲労を回復できる状態であったとは認め難い。そして、その翌日は疲労の取れない状況下での早朝から夕方にかけての長時間の運行であり、これらの一連の業務は、Tと同様の基礎疾患を有しながら通常の業務に就いている者にとっては、極めて過重なものであったということができる。そして、この長時間にわたる著しい寒冷曝露により、急激かつ持続的な血圧上昇が繰り返された。この急激かつ持続的な血圧上昇に伴い血管壁の脆弱化が進行(増悪)し、脳出血発症の危険をより高めたと推認できる。Tは、その後も連続勤務で、2月9日まで休日を取ることができず、疲労を蓄積させたものとみることができる。

 2月14日から16日にかけての草津行き及び同17日から18日にかけての和倉行きについては、いずれも目的地が寒冷地であり、外気温度と車内温度の差が大きく、チェーンの着脱や車両の清掃、点検時の寒冷曝露が同人の身体に影響を受けたものと認められる。また、この草津行き、和倉行きにおいてTはリーダー格の運転手であり、しかもスペアー運転手であったことからすると、それに伴う心理的負担も少なからず存したし、しかも和倉行きは一層負担の重い変則MM運行であったことをも考慮すると、やはりTと同様の基礎疾患を有しながら通常の業務に就いている者にとっては、過重な業務であったというべきである。

 Tの発症前1ヶ月間の時間外労働時間は83時間となっているが、日帰り旅行の場合には、途中で乗客が用事を済ませる間の中休み時間があり、この間運転手は運転業務からは解放されるから、本件傷病発症以前のTの勤務は必ずしも長時間労働とまではいえない。しかしながら、Tの勤務は不規則な勤務であり、1度たまった疲労を回復しにくい業務であること、右中休み時間といえども完全に乗客から解放されているわけではないこと、バス運転業務は多数の乗客の生命を預かるという点で、その精神的緊張を持続させねばならず、この点による精神的疲労を無視することはできないこと、Tはリーダー格の運転手であることが多く、またスペアー運転手でもあることから来る心理的負担も大きかったと認められ、十分に休日を取れていないことなどの事情に照らすと、単に労働時間の長短でもってTの疲労度を判断することはできない。
 そうすると、本件疾病は、従前からの基礎疾病である高血圧症がその一因であることが明らかであるとはいえ、自動車の運転や寒冷曝露などの業務による血圧の上昇の反覆が、右基礎疾病による生ずる欠陥の脆弱性、脳内小動脈瘤の形成をその自然的増悪の経過を超えて進行させたものと認められる上、本件発症当時、自動車運転業務中に同業務によりたまたま生じた一過性の血圧上昇を原因(引き金)として、それまでに形成されていた脳内小動脈瘤が破裂して発症に至ったものと認められる。前記既往の多発性脳梗塞が本件発症と同じく血管壊死によるものであったとしても、右認定を左右することはできない。したがって、Tの業務と本件疾病との間に相当因果関係を認めることができる。
適用法規・条文
労働基準法79条、
労災保険法12条の8第2項、13条
収録文献(出典)
労働判例743号72頁
その他特記事項
本件は上告された。