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地公災基金長野県支部長(S市消防職員)急性心心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金長野県支部長(S市消防職員)急性心心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 長野地裁 − 平成5年(行ウ)第9号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金長野県支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1997年09月26日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- T(昭和32年生)は、昭和52年4月にS市消防職員に採用され、S市消防署で勤務し、昭和61年4月消防副士長となり、救助計画の立案、救助訓練や救助機材の維持管理、警防係一般の職務を担当していた。Tが平成元年当時就いていた勤務形態は、一当直(午前8時30分から24時間)及び一非番(一当直後の24時間)の交互勤務を3回繰り返した後に二公休(3回目の非番に引き続く48時間)が与えられるという8日で1サイクルの変則隔日勤務であった。
救助隊員は、勤務時間の内外を問わず、自主錬成を実施しており、Tは自宅でも自主錬成を欠かさず、体力の限界まで自己を追い込むような訓練をし、訓練量は隊員の中でも多いものとみられていた。毎年救助隊員の参加により、長野県消防救助技術大会(県大会)、関東大会、全国大会が開催されており、S署では大会に向けて毎日訓練が行われ、大会訓練への参加は、非番、公休の場合は時間外勤務として扱われていた。Tは平成元年度の大会においても前年同様引揚救助の種目に出場することとなり、平成元年6月1日から本格的に訓練を開始し、6月中に24日の訓練をしたことから、6月中に終日休暇が取れたのは僅か3日であった。関東大会に向けての訓練は同年7月6日から始められ、同月24日まで9日間行われたが、6月に比べれば訓練の日数自体はさほど多くなかった。
Tは同月23日午前9時頃から10時30分頃まで訓練を指導し、正午頃まで自主錬成をし、その後通信勤務等をし、救急出動の待機、通信事務の補助をして午後10時36分頃仮眠に入った。Tは翌24日、救急出動の通信補助、気象観測等を担当し、朝食後大会訓練に参加するため訓練場に行き、ランニング等の訓練を行ったところ、その最中に倒れ、病院に搬送されたが、同日午前11時頃、急性心停止により死亡した。
Tの妻である原告は、Tの死亡が消防隊員としての公務に起因するものであるとして、地方公務員災害補償法に基づき被告に対し公務災害認定請求をしたが、被告は平成2年9月6日、Tの死を公務外とする認定処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が原告に対して平成2年9月6日付けでした公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件致死性不整脈と公務による負荷
本件において、Tに生じた致死性不整脈に関しては、その基礎疾患の存否や発症に至った経過について完全に解明することは困難であるが、毎年激しい大会訓練に積極的に参加しながら何ら心臓に異変を訴えたことがなく、健康診断においても格別の指摘を受けたことのないTが、平成元年2月頃風邪の疑いとともに胸苦しさを訴えているところ、Tの心臓には同年2月頃までに心筋炎などの器質的障害をもたらす基礎疾患が生じたことが十分考えられるところである。そして、この心臓の器質的基礎疾患が不可逆的に進行し、刺激伝導系の異常による頻脈性の不整脈をもたらし、ひいては致死性不整脈(心室細動)を発症させて、急性心停止による死亡を惹起したものと認めることができる。
原告は、Tの変則的隔日勤務及び当直日の仮眠・休憩の環境が身体に対する負担の重いものであったと主張するが、Tは右の勤務形態及び職場環境に慣れていたと考えられるし、現に平成元年2月頃まで約12年間にわたって勤務していても格別身体的変調は見られなかったのであるから、右の勤務形態及び職場環境それだけでTの心身に悪影響を及ぼしたと認めることはできない。ただし、当直明けに訓練等を行う場合にあっては、睡眠不足と疲労の蓄積により、それが身体的負担の重いものになったであろうことはいうまでもなく、この点は公務による負荷の軽重を検討する際に軽視できない。また、原告は自主錬成についても公務の過重性を主張するところ、この錬成は自己の判断で行うものではあったにせよ公務との関連性を否定できないのであるが、Tが過去12年にわたってこれを行ってきたのに身体の変調が表れなかったことに鑑みれば、これをもって直ちに公務の過重性を基礎付けることはできない。
これに対し、平成元年6月中にTの参加していた大会訓練は、公務の一環である上、その内容も、不自然な呼吸の中で激しい運動を繰り返すというそれ自体で身体に対する負荷の極めて大きい過激な運動を含んでいたばかりでなく、運動量が倍加され、当直明けの訓練も多かったことなどから、休養が取れず心身の疲労が蓄積した状態の中で連日繰り返されたのであり、特にTは事実上のリーダーとして精神的負担も重かったのであるから、公務として過重であったと認めることができる。
2 公務起因性の判断
Tが最初に胸苦しさを訴えた平成元年2月頃以降、6月初めに大会訓練を開始するまで、Tの心臓の変調を窺わせるエピソードとしては、Tが春頃に体力的な衰えや疲労感を述べたことがあるという程度であるのに対し、大会訓練の開始以降、あたかもこれと軌を一にするようにして、特に訓練を行っているときに、胸の痛み、脈の乱れないし体調不良をしばしば訴えるようになったこと、大会訓練の内容は身体に対する負荷の極めて大きいものであり、大会にかける意気込みの強さによりそれは増幅され、当直勤務明けという厳しい状態とも相まって疲労を回復できないような日程の中で右のような大会訓練が繰り返されたことに照らし、かつ、この大会訓練に匹敵するほど心臓に負荷を与えるものがTの生活上他にあったことは見当たらず、大会訓練開始以後2ヶ月足らずのうちに本件致死性不整脈を発症したことをも併せ考慮すれば、Tが遅くとも同年2月頃発症した器質的基礎疾患は発症当初においては直ちに死亡を招くほどのものであったとは考えにくく、むしろ、通常の勤務及び私生活を続けている限りにおいては、生命に対する危険の切迫しないものであった蓋然性が高いと認めることができるのであり、大会訓練を含む公務による負荷が自然的経過を超えてTの基礎疾患を増悪させ、7月の暑さと、直前のランニングによる負荷を契機として、本件致死性不整脈を惹起させたものであると認めることができる。
もっとも、Tは自らの脈の乱れについて自覚を持ち、体調不良を訴えながら、医師の診察を受けることなく、大会訓練や自主錬成を自制することもなく本件致死性不整脈を発症するに至ったのであり、Tの健康管理の懈怠を指摘し得ないではない。しかしながら、右不整脈はさほど頻繁に生じていたものではなく日常生活に支障があったとまでは認められないこと、T自身も生命にかかわるものとは認識していなかったことが窺われることからすると、Tが診察を受けずに大会訓練に没頭していたことを一概に非難することはできず、これを公務起因性の判断に当たって重視するのは相当でない。
被告は、6月末に大会訓練は終了したから、その後本件災害に至るまでの3週間余の間は、過度にTの心臓に負担がかかるような訓練ないし公務はしていないとして、大会訓練と本件致死性不整脈発症との関連性を否定すべきと主張する。しかし、Tは6月ほどでないにしても、7月に入ってからも相当激しい運動を続けており、また本件致死性不整脈発症は単純な疲労の蓄積やストレスの持続によるものではなく、器質的障害を伴う基礎疾患の増悪によるものと推認されるのであって、一般に通常の生活を続けていながらこれが回復、改善するものとも考え難いから、訓練が終了してから3週間余後に本件致死性不整脈を発症したからといって、そのことが右訓練と本件致死性不整脈との関連性を否定する根拠とはならない。
更に被告は、同じような公務を行っていた同僚隊員が発症せず、Tのみ致死性不整脈を発症したことを理由としてTの死亡は同人に内在する疾病によって引き起こされた旨主張するが、通常の勤務に就いていれば死に至るまでの転帰をたどることはなかったと考えられるのに、大会訓練を含む過重公務により増悪したのであるから、右の点は公務起因性を否定する理由にはならない。
以上、本件災害は大会訓練を含むTの従事していた公務に内在する危険が現実化したものであり、公務と本件災害との間には相当因果関係の存在を肯認し得るというべきである。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条、42条、45条
- 収録文献(出典)
- 労働判例731号46頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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