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システムコンサルタントSE脳出血死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- システムコンサルタントSE脳出血死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成3年(ワ)第2061号
- 当事者
- 原告 個人3名 A、B、C
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1998年03月19日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- T(昭和31年生)は、昭和54年に大学を卒業して被告に入社し、システムエンジニア(SE)としてソフトウェアの開発作業に従事していた。被告におけるSEの業務は裁量労働であり、Tの入社以来の年間労働時間は、昭和55年3272.5時間、同56年2862.5時間、同57年3389.5時間、同58年2960時間、同60年3195時間、同61年2776.5時間、同62年3578時間、同63年2887.5時間、平成元年2778時間と、平均3000時間を超えていた。
Tは、入社した昭和54年の定期健診では、血圧が140/92と軽度の境界域高血圧であり、その後血圧は上昇し、昭和58年頃からは、毎年収縮期が160.拡張期が95を超えるようになり、心拡張(心臓肥大)の症状も見られるようになった。
NS銀行は、融資システムを一新するため、その子会社(ユーザー)は被告との間で平成元年1月ソフトウェア開発委託契約を締結し、システム設計の納期を同年10月末日、システムテストを同年11月から平成2年3月とする旨合意した。Tは平成元年4月から本件プロジェクトに参加し、翌5月プロジェクトリーダーに就任した。システムテストが開始されるまでの期間におけるTの業務は、各担当者からの進捗状況、作業内容、問題点などを聞いて報告書にまとめ、進捗会議で報告することが主であった。その後、プロジェクトの進行が遅れ、メンバーが増員されたが、経験の浅い者が多く、人的補強措置としては十分なものではなかった。
平成元年11月13日、システムテストが開始されたが、問題が続発し、本件システムはほとんど機能しない状態であったため、被告はユーザーから厳しい苦情を受けた。平成2年1月17日の進捗会議において、ユーザーの担当者が、Tらに対し、システムサポートに当たる者らは土曜日の出勤や当番が夜残ることを要求し、Tら5名がこれに対応することになったことから、Tは当番の日はもちろん、それ以外の日の午後9時以降もシステムテストに立ち会い、特に3月中旬から4月中旬にかけては、何日か午前3時過ぎや午前4時、5時まで勤務し、それ以外の日も、早い日で午後8時30分から9時頃、遅い日で午後11時ないし午前1時30分頃まで勤務した。
本件プロジェクトではシステムテストが進むにつれてトラブルがむしろ増加したため、ユーザーはこれに不満を抱き、システム稼働を延期したことから、原告のシステムサポート業務も同年5月末まで延期された。同年4月から本件プロジェクトが減員となり3名で当番を組むことになったため、1人当たりの当番日数が増加し、元請けの従業員はT1人となったことから、Tに精神的な負担が集中することになった。同年5月7日から本件システムは本稼働したが、テストは併行して行われた。
Tは、同年5月18日午後7時頃退社したが、トラブルの連絡があり、翌19日(土曜日)に出勤し、作業を行ったが、ユーザーはTらに対し必ず日曜日までに修正するよう指示したことから、Tは同日午後9時頃にトラブルの修正を行った後帰宅した。翌20日は休みなのでTはゆっくり寝た後、昼食をとって休んでいたところ、午後7時頃Tは口からコーヒー色の液体を吐いて倒れており、救急車で病院に搬送されたが、同日9時26分に脳出血による死亡が確認された。
Tと同居していた父親である原告A、母親である原告B、妻である原告Cは、Tの死亡は著しい過重業務に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、被告に対して、逸失利益4920万0011円、慰謝料3000万円、葬儀費用266万9467円、弁護士費用818万6947円を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告Cに対し金2706万6706円、原告A及びBに対し各金681万6767円、並びにこれらに対する平成3年3月12日から各支払済みまでいずれも年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告らの、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、主文1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 Tの業務と発症との相当因果関係の有無
Tの高血圧は昭和57年頃から急速に悪化し、心拡機能も併発し、更に昭和61年1月になると、血圧は176/122と重度の高血圧に至った。このようなTの血圧の推移に照らせば、加齢等の自然的増悪要因を考慮しても、なお自然的経過を超えて高血圧を増悪させる要因が存在していたことは明らかというべきである。そして、Tは年間3000時間を超える恒常的な長時間労働をしていたこと、本件プロジェクトにおけるTの業務は高度の精神的な緊張を伴う過重なものであったこと、高血圧患者は血圧正常者に比較して精神的緊張等心理的ストレス負荷によって血圧が上昇しやすいことなどを考慮すると、Tの本態的高血圧は長時間労働により自然的経過を超えて急速に増悪していたところ、これに加えて平成元年3月以降の本件プロジェクトに関する高度の精神的緊張を伴う過重な業務により、更に高血圧が増悪して脳出血発症に至ったものと解するのが自然であり、Tの業務と脳出血発症との間に、いわゆる事実的因果関係が肯定されることは明らかである。
ところで、Tの業務と脳出血発症との間の相当因果関係が存在するというためには、必ずしも業務の遂行が脳内出血発症の唯一の原因であることを要するものではなく、他の原因が存在していても、業務の遂行による過重な業務(業務過重性)が、自然的経過を超えて右素因等を増悪させ、Tの脳内出血の共働の原因の一つであるということができれば、それをもって足りるというべきである。
持続的な精神的緊張と高血圧の発症及び増悪との間に相関関係があることは否定できないものであり、また高血圧患者は心理的緊張等による負荷に対して通常人より血圧が上昇しやすく、脳出血の発症の引き金になり得るというのであるから、業務以外の因子が、Tの高血圧の発症及び増悪の主要な原因であることが肯定されるような特段の事情がない限り、業務が脳出血発症の共働原因の一つであると認めることができる。そして本件において、Tには基礎疾患(素因)が存在し、かつ業務による持続的な精神的緊張以外にも高血圧の危険因子を有していたといえるから、被告における過重な業務が、Tを高血圧に罹患させ、脳出血発症に至らせた唯一の原因とまではできないが、このような業務が、少なくとも高血圧増悪の一つの原因となっていたものであるから、Tの脳出血発症は、同人の基礎疾患である本態的高血圧と、被告における過重な業務とが共働原因となって生じたものというべきであり、Tの死亡と業務との間には相当因果関係があるというべきである。
2 安全配慮義務の有無
被告は、Tとの間の雇用契約上の信義則に基づいて、使用者として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負い、その具体的内容としては、労働時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、更に健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うというべきである。そして、高血圧患者は、脳出血などの致命的な合併症を発症する可能性が相当程度高いこと、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務は高血圧の発症及び増悪に影響を与えるものであることからすれば、使用者は、労働者が高血圧に罹患し、その結果致命的な合併症を生じる危険があるときには、当該労働者に対し、高血圧を増悪させ致命的な合併症が生じることがないように、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をするべき義務があるというべきである。
そして被告は、Tが入社直後から高血圧に罹患し、相当程度増悪していたことを、定期健康診断の結果により認識していたものである。そうだとすれば、被告はTの高血圧を更に増悪させ、脳出血等の致命的な合併症に至らせる可能性のある精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をする義務を負うというべきである。しかるに被告は、Tの業務を軽減する措置を採らなかったばかりか、昭和62年にはTを年間3500時間を超える恒常的な過重業務に就かせ、更に平成元年5月に本件プロジェクトリーダーの職務に就かせた後は、要員の不足等により、Tが長時間の残業をせざるを得ず、またユーザーから厳しく納期遵守の要求を受ける一方で協力会社のSEらからも増員の要求を受けるなど、Tに精神的に過大な負担がかかっていることを認識していたか、或いは少なくとも認識できる状況にあるにもかかわらず、特段の負担軽減措置を採ることなく、過重な業務を行わせ続けた。その結果、Tの有する基礎疾患と相まって、同人の高血圧を増悪させ、ひいては高血圧性脳出血の発症に至らせたものであるから、被告は安全配慮義務に違反したというべきであり、これにより発生した損害について、民法415条に基づき損害賠償責任を免れない。
確かに、労働者の中に高血圧患者が相当な割合で存在していることからすれば、使用者は、すべての高血圧の労働者について、その症状の軽重や本人の申し出の有無、医師の指示の有無にかかわらず、一律に就労制限を行い、他の健康な労働者に比較して就労内容及び時間を軽減すべき義務を負うとまでいうことはできない。しかし、高血圧は、致命的な疾病である脳出血の最大の原因であり、他にも心筋梗塞や腎疾患などの重篤な合併症の原因になるものであることに照らすならば、少なくとも使用者は、高血圧が要治療状態に至っていることが明らかな労働者については、高血圧に基づく脳出血などの致命的な合併症が発生する蓋然性が高いことを考慮し、健康な労働者よりも就労内容及び時間が過重であり、かつ高血圧を増悪させ、脳出血等の致命的な合併症を発症させる可能性のあるような精神的及び憎体的負担を伴う業務に就かせてはならない業務を負うというべきである。また本件においては、医師による業務軽減措置の指示がされていないが、使用者が選任した産業医が使用者に対して業務軽減の指示をしなかったという点も、被告の前記業務軽減措置を採るべき義務の有無に消長を来すことはないというべきである。
また被告は、Tの業務はいわゆる裁量労働であり時間外労働につき業務命令がなかったことを理由に、被告に安全配慮義務違反はないとも主張するが、Tを納期が設定されたプロジェクトのリーダーとして、取引先からも厳しく納期遵守が求められている業務に就かせている以上、Tの業務が裁量労働であったことをもって、被告の安全配慮義務違反がないとすることはできない。
3 損害額
Tは死亡前は607万6752円の給与を得ており、67歳までの34年間少なくとも右と同額の収入を得ることができたと推認されるから、生活費控除を50%として、ライプニッツ方式により計算すると、逸失利益は4920万0118円となる。Tの死亡慰謝料は2400万円、葬儀費用は120万円と認めるのが相当である。
Tは、自らが高血圧であって治療が必要な状態であることを知っていたにもかかわらず、脳出血発症に至るまで、精密検査を受診したり、医師の治療を受けることをしなかったことが認められるなど自らの健康の保持について何ら配慮を行っていない。また、Tの基礎的要因もその後の血圧上昇に対し何らかの影響を与えていたと解することが相当であるから、Tの血圧の上昇から脳出血発症についての全責任を被告に負わせることは衡平を欠き、相当ではない。右事情を総合的に考慮すれば、本件において被告に賠償を命ずべき金額は、民法418条を類推適用して、損害額の50%を減ずることが相当というべきである。
原告らに対しては、団体生命死亡保険金50万円が支給されているから、これを損害額から控除する。そうすると、被告が賠償すべき損害額は3670万0059円となるところ、原告Cが3分の2、原告A及び原告Bが各6分の1の割合でそれぞれ相続する・また弁護士費用は、原告Cについては260万円、原告A及び原告Bについては各70万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条、418条
- 収録文献(出典)
- 労働判例736号54頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 − 平成3年(ワ)第2061号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 1998年03月19日 |
東京高裁 − 平成10年(ネ)第1785号 | 一部変更(一部認容。一部棄却)(上告) | 1999年07月28日 |