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システムコンサルタントSE脳出血死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
システムコンサルタントSE脳出血死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
東京高裁 − 平成10年(ネ)第1785号
当事者
控訴人被控訴人(第1審原告) 個人3名 A、B、C
被控訴人控訴人(第1審被告) 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年07月28日
判決決定区分
一部変更(一部認容。一部棄却)(上告)
事件の概要
 T(昭和31年生)は、昭和54年に大学を卒業して第1審被告(被告)に入社し、システムエンジニア(SE)としてソフトウェアの開発作業に従事していた。被告におけるSEの業務は裁量労働であり、Tの入社以来の年間労働時間は、概ね平均3000時間に達していた。

 Tは、入社した昭和54年の定期健診では、血圧が140/92と軽度の境界域高血圧であり、その後血圧は上昇し、昭和58年頃からは、毎年収縮期が160、拡張期が95を超えるようになり、心臓肥大の症状も見られるようになった。

 被告では、融資システムのソフトウェア開発のための本件プロジェクトを立ち上げ、Tが平成元年5月にプロジェクトリーダーに就任した。同年11月13日、システムテストが開始されたが、問題が続発したため、被告はユーザーから厳しい苦情を受けた。平成2年1月17日の進捗会議において、ユーザーの担当者から、Tらに対し厳しい注文が出されたことから、Tは当番の日はもちろん、それ以外の日の午後9時以降もシステムテストに立ち会い、特に3月中旬から4月中旬にかけては、何日か午前3時過ぎや午前4時、5時まで勤務し、それ以外の日も、早い日で午後8時30分から9時頃、遅い日で午後11時ないし午前1時30分頃まで勤務した。

 本件プロジェクトではシステムテストが進むにつれてトラブルがむしろ増加し、平成2年4月から本件プロジェクトが減員となり、元請けの従業員はT1人となったことから、Tに精神的な負担が集中することになった。同年5月7日から本件システムは本稼働したが、テストは併行して行われた。

 Tは、トラブル対応のため同月19日(土曜日)に出勤し、作業を行って午後9時頃にトラブルの修正を行った後帰宅した。翌20日は休みなのでTはゆっくり寝た後、昼食をとって休んでいたところ、午後7時頃Tは口からコーヒー色の液体を吐いて倒れ、救急車で病院に搬送されたが、同日9時26分に脳出血による死亡が確認された。

 Tと同居していた父親である1審原告(原告)A、母親である原告B、妻である原告Cは、Tの死亡は著しい過重業務に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、被告に対して、逸失利益4920万0011円、慰謝料3000万円、葬儀費用266万9467円、弁護士費用818万6947円を請求した。
 第1審では、Tの業務と死亡との間に因果関係を認め、被告に安全配慮義務違反があったとしながら、Tにも健康に配慮しなかった点があったとして5割の過失相殺を認め、原告Cにつき2700万円余、原告A及びBに対し680万円余の損害賠償を認めたことから、原告、被告双方がこれを不服として控訴した。
主文
1 1審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

一 1審被告は、1審原告Cに対し、2158万0846円及びこれに対する平成3年3月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二 1審被告は、1審原告A及び1審原告Bに対し、それぞれ539万5212円並びにこれらに対する平成3年3月12日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三 1審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四 右一、二は仮に執行することができる。

2 1審被告らの控訴をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、1、2審を通じてこれを3分し、その2を1審原告らの負担とし、その余を1審原告の負担とする。
判決要旨
1 Tの労働の過重性

 Tの死亡前1年間の総労働時間は合計2859.5時間であり、月別には平成元年6月から平成2年5月(19日まで)まで、各243.5時間、237.5時間、254時間、272時間、252時間、251時間、160.5時間、224.5時間、213時間、303時間、283時間、165.5時間となっている。Tの労働時間は入社以来年間総労働時間が平均して3000時間近くに達し、所定外労働時間は平均しても所定内労働時間の40%強にもなる上、昭和62年には年間3578時間に達するなど恒常的に過大であり、特に平成2年3月以降死亡に至るまでは、総労働時間が1ヶ月換算で約270時間ないし300時間に達して、とりわけ死亡直前1週間の総労働時間が73時間25分に達し著しく過大であったというべきである。

 Tは、プロジェクトリーダーに就任して以降、ユーザーや下請会社との調整、交渉の中心となっており、被告の従業員で当番としてシステムサポート業務を行っていたのはTのみであったことなどから、Tにかかる精神的は負担は大きかったと推認される。以上のとおり、Tは被告に勤務して以来、恒常的に過大な労働をしてきたが、本件プロジェクトリーダーに就任してから死亡するまでの約1年間は、時間的に著しく過大な労働を強いられたのみならず、極めて困難な内容の本件プロジェクトの実質的責任者としてスケジュール遵守を求めるユーザーと、増員や負担軽減を求める協力会社のSEらの、双方からの要求及び苦情の標的となり、いわば板挟みの状態になって高度の精神的緊張にさらされ、疲労困憊していたものと認められる。

2 業務と死亡との因果関係

 本件プロジェクトにおけるTの業務は、困難かつ高度の精神的緊張を伴う過重なものであったこと、高血圧患者は血圧正常者に比較して精神的緊張等ストレス負荷によって血圧が上昇しやすいこと、しかるところ、Tの基礎疾患たる本態性高血圧は、昭和54年以降の長時間労働により、自然的経過を超えて急速に増悪していたところ、これに加えて、平成元年3月以降の本件プロジェクトに関する高度の精神的緊張を伴う過重な業務により、更に高血圧が増悪していたこと、死亡する直前の平成2年3月ないし5月の労働時間が73時間25分(週40時間の1.8倍)と著しく過大であったこと、したがって、Tは当時疲労困憊していたこと、Tは死亡前日において、休日であるにもかかわらず、ユーザーに呼び出され、ユーザーの下に赴き、自分の担当していなかった部分について、午後8時ないし9時までトラブルの原因を調査し、ようやくその原因を突き止めたことなどの事実を考慮すると、Tはこれらの要因が相対的に有力な原因となって、脳出血発症に至ったものであると解するのが自然であり、Tの業務と脳出血発症との間には、相当因果関係があると認められる。

3 安全配慮義務違反の有無

 被告は、Tとの雇用契約上の信義則に基づいて、使用者として労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負い、その具体的内容としては、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに健康診断を実施した上、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等適切な措置を採るべき義務を負うというべきである。そして、高血圧患者は、脳出血などの致命的な合併症を発症する可能性が相当程度高いこと、持続的な困難かつ精神的緊張を伴う過重な業務は高血圧の発症及び増悪に影響を与えるものであることからすれば、使用者は、労働者が高血圧に罹患し、その結果致命的な合併症を生じる危険があるときには、当該労働者に対し、高血圧を増悪させ致命的な合併症が生じることがないように、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をするべき義務があるというべきである。そして被告は、Tが入社直後から高血圧に罹患しており、昭和58年頃からは心拡張も伴い高血圧は相当程度増悪していたことを、定期健康診断の結果により認識していたものである。

 そうだとすれば、被告は具体的な法規の有無にかかわらず、使用者として、Tの高血圧を更に増悪させ、脳出血等の致命的な合併症に至らせる可能性のある精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにするとか、業務を軽減するなどの配慮をする義務を負うというべきである。確かに、労働者が自身の健康を自分で管理し、必要であれば自ら医師の健康診断を受けるなどすべきことは当然であるが、使用者としては、労働者の健康管理すべてを労働者自身に任せきりにするのではなく、雇用契約上の信義則に基づいて、労働者の健康管理のため前記のような義務を負うというべきである。

しかるに、被告は、定期健康診断の結果をTに知らせ、精密検査を受けるよう述べるのみで、Tの業務を軽減する措置を採らなかったばかりか、かえってTを恒常的な過重業務に就かせ、更に平成元年5月に本件プロジェクトリーダーの職務に就かせた後は、要員の不足等により、Tが長時間の残業をせざるを得ず、またユーザーからスケジュール通りに作業を完成させるよう厳しく要求される一方で協力会社からも増員の要求を受けるなど、Tに精神的に過大な負担がかかっていることを認識していたか、あるいは少なくとも認識できる状況にあるにもかかわらず、特段の負担軽減措置を採ることなく、過重な業務を行わせ続けた。その結果、Tの有する基礎疾患と相まって、同人の高血圧を増悪させ、ひいては高血圧性脳出血の発症に至らせたものであるから、被告は安全配慮義務に違反したものというべきであり、これにより発生した損害について、民法415条に基づき損害賠償責任を免れない。被告は、Tの業務は裁量労働であり時間外労働につき業務命令がなかったことを理由に、安全配慮義務違反はなかったと主張するが、取引先から作業の完了が急がされている本件プロジェクトリーダーとして、Tを業務に就かせている以上、Tの業務が裁量労働であったことをもって被告の安全配慮義務違反がないとすることはできない。

4 損害額

 Tは死亡前は年額607万6752円の給与を得ているが、これはTが長期にわたり過重な所定外労働をして得られた収入であり、Tの健康状態や業務内容等に照らすと右のような過重な所定外労働をTが今後も継続し、収入を得られると認めることはできない。Tの逸失利益を算定するには、賃金センサス平成2年第1巻第1表の男子大学卒業者30歳ないし35歳の年間給与額414万3100円を基礎とするのが相当と認める。Tは67歳までの34年間、少なくとも右と同額の収入を得ることができたと推認されるから、生活費控除を50%として、ライプニッツ方式で逸失利益を算定すると、3354万2538円となる。死亡慰謝料は2400万円、葬儀費用は120万円が相当である。
 Tは自らが高血圧であって治療が必要な状態であることを知っていた上、被告から精密検査を受けるよう指示されていたにもかかわらず、全く精密検査を受診したり、医師の治療を受けることをしなかったが認められ、自らの健康の保持について何ら配慮を行っていない。また、Tの基礎的要因もその後の血圧上昇に対し何らかの影響を与えていたと解することが相当であるから、Tの血圧の上昇から脳出血の発症についての全責任を被告に負わせることは衡平を欠き、相当ではない。右事情を総合的に考慮すれば、本件において被告に賠償を命ずべき金額は、民法418条を類推適用して、右認定の損害額のうち、その50%を減ずることが相当というべきである。また、弁護士費用は、原告Cについては200万円、原告A及びBについては各50万円が相当である。
適用法規・条文
民法415条、418条
収録文献(出典)
労働判例770号58頁
その他特記事項
本件は被告が上告し、原告が附帯上告をしたが、上告については民訴法に規定する上告理由がないとして棄却され、附帯上告については上告理由書の提出期限が徒過しているとして却下された(最高裁平成11年(オ)1553号、1554号、平成11年(受)1295号、1296号、2000年10月13日決定)。