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水戸労基署長(I新聞社編集者)脳出血控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 水戸労基署長(I新聞社編集者)脳出血控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成11年(行コ)第112号
- 当事者
- 控訴人 水戸労働基準監督署長
被控訴人 個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年01月23日
- 判決決定区分
- 控訴棄却(確定)
- 事件の概要
- T(昭和24年生)は、昭和49年に大学を中退後、昭和55年5月からI新聞社に嘱託として採用され、昭和57年に正社員に採用されて、出版センターの編集者として業務に従事していた。
Tは、主任として出版センターの中心的役割を担っており、昭和62年7月頃から人事録の作成を中心に、時間外労働が毎月100時間を超えるほどの長時間労働に従事した。発症前1週間では長時間の時間外労働はなくなっていたが、昭和63年2月18日は入試問題集作成の打ち上げ会に出席し、飲酒して深夜零時頃帰宅した。翌19日の朝、Tは朝食を取らずに出勤し、出版センターにおいて通常業務を行った後午後4時頃退社した後、自宅で高血圧性脳出血のため倒れ、搬送先の病院で死亡した。
Tの妻である被控訴人(第1審原告)は、Tの死亡は過重な業務に起因するものであるとして、控訴人(第1審被告)に対し労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を求めたところ、控訴人はTの死亡は業務上の事由によるものとは認められないとして不支給処分(本件処分)とした。被控訴人は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたことから、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、Tの脳出血発症と業務との間に相当因果関係が認められるとして、本件処分を取り消したことから、控訴人がこれを不服として控訴した。 - 主文
- 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- Tの死亡直前のCT所見から見て、Tが脳出血で死亡したことは明らかであるが、Tに高血圧以外に脳出血の原因となるような疾患があったとの事情は見出せない上に、脳出血の大部分は高血圧性のものであるとされていることからみて、Tは高血圧性脳出血により死亡したものと認めることができる。そうすると、本件における問題は、Tの本件発症を生じさせるに足りる高血圧の原因及びその業務起因性の有無に帰着することになる。
Tの血圧値は、昭和59年11月には182/124、昭和60年11月には164/108、昭和62年9月には214/142と高い値を示しており、Tが一定の負荷により高血圧を発症しやすい素因あるいは基礎疾患の持主であったことは明らかであって、昭和61年9月から昭和62年5月まで7回にわたり受診し、9回の投薬を受けている。また同年1月から5月までの勤務状況を見ると、Tは4月に95時間の時間外労働があったほかは、概ね60ないし70時間程度の時間外労働を行っており、特段過重なものであったとの事情も見出せない。更にこの間に測定されたTの血圧も徐々に低下し、特に脳出血の発症との関係が深いと考えられている拡張期血圧については一貫して低下している。これらの事情を総合すれば、Tは相当以前から血圧が高かったことが窺えること及び右通院当時Tが37歳であったことを考慮しても、昭和62年5月当時のTの脳動脈が、その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破綻を来す程度にまで増悪していたと認めることは到底できないというべきである。
Tの血圧が、同年5月頃までは比較的規則正しい通院と降圧剤の服用のほか、勤務の負担が比較的軽かったことなどによりかなり低下していたこと、同年10月に220/140という異常な高血圧が測定され、それ以降も血圧が相当高い状態が継続していたと推認されるにもかかわらず、同年末のかなり過重な労働の最中には脳出血を発症していないことからみて、同年10月のTの血圧が非常に高かったことを考慮しても、当時のTの脳動脈がその自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破綻を来す程度にまで増悪していたと認めることは困難というべきである。したがって、もしもTがこの時点で継続して通院し、或いは入院して治療を受けるとともに、Tの勤務状況が同年1月から5月までの程度に止まっていたならば、昭和61年秋から昭和62年5月までの間の通院治療によりTの血圧が相当程度低下していることからみても、Tの基礎疾患が本件発症にまでは至らないで経過した可能性があったと認めることができる。
Tは、同年10月23日に受診した後受診していないが、それはTが同月25日から2ヶ月余にわたる長期出張に赴いたためであることは明らかである。そして、Tが当時出版センターの中心的役割を担っていた者であり、人事録の締切りが迫っていたという当時の状況の下で、Tに入院を期待することは現実問題として難きを強いるものといわざるを得ないから、Tは右出張業務にために受診の機会を失ったものということができる。また、右出張期間中のTの勤務状況は、1日も休日を取らず、その間の時間外労働も11月が208.5時間、12月が166.5時間であり、このような異常ともいえる勤務状況による過重な労働が、基礎疾患である高血圧症を有するTにとって極めて過酷なものであったことは疑いのないところである。この間のTの過重労働と、Tの血圧が昭和62年10月に降圧剤の服用にもかかわらず異常な程の上昇を示している事実に鑑みれば、同年11月と12月の降圧剤が適正に服用されていたとしても、Tの血圧が有意に低下したものとは断定し難いといわざるを得ない。そして、疲労の蓄積ないし過労は、脳・心臓疾患発生の基礎となる異常状態及び疾患の形成を誘発したり、あるいは既に形成された疾患の程度を一層増悪したりする作用を有するとされていることに照らせば、右過重労働は、Tの基礎疾患を自然の経過を超えて増悪させたものと推認することができるというべきである。
昭和63年2月に入ってからのTの業務がかなり軽減されたことは、本件発症日である同月19日までの時間外労働が19.5時間であることからも窺うことができるが、Tはこの間公休日以外の休暇を取っていたわけではなく、少なくなったとはいいながらも残業を行いながら通常の勤務を続けていたのであり、前年末からの過重労働の影響を受けて極度の疲労状態にあったものと推認されるのである。そして、高血圧性脳出血についての医学的知見のほか、現実にもTが同年2月19日に脳出血を発症していることに照らせば、この頃のTは、前年10月以降引き続いた高血圧と右過重労働の影響により、何時脳出血を発症してもおかしくない状態にあったものと推認することができる。仮にTの発症前夜の飲酒が本件発症に影響を与えた可能性があるとしても、それは遅かれ早かれ生ずべき事態のいわば引き金を引いたに過ぎないのであり、そのような事情があるからといって、Tの前記過重業務と本件発症との相当因果関係を否定する根拠とはならないというべきである。
控訴人は、降圧剤の服用を怠ったTには重大な懈怠があったと主張するが、昭和62年末のTの過重労働と、Tの血圧が同年10月に降圧剤の服用にもかかわらず異常な程の上昇を示している事実に鑑みれば、仮に同年11月と12月の降圧剤が適正に服用されていたとしても、長期間の過重労働の結果極度の疲労状態にあったTの血圧が有意に低下したものとは推認し難い。そうであれば、控訴人の主張する事情は、前記過重労働と本件発症との間の相当因果関係を肯定することの妨げにはならないというべきである。
以上によれば、Tの本件発症は、昭和62年10月末から12月末までの間の過重労働が、同年10月以降も引き続いたと推認される高血圧と並んで、Tの基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させた結果生じたものとみることができるというべきである。そして、Tの高血圧が同年10月以降も継続したのが、東京出張という業務のために治療の機会を失ったことに起因するものであることは前記のとおりである。以上の事実を総合すれば、Tの前記業務による疲労の蓄積ないし過労と本件発症との間に相当因果関係を肯定することができるというべきであるから、Tが発症した本件脳出血は、労働基準法施行規則35条、別表第1の2第9号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するというべきである。したがって、控訴人のした遺族補償給付及び葬祭料の不支給処分の取消しを求める被控訴人の請求は理由がある。 - 適用法規・条文
- 労働基準法75条、79条、80条、
労災保険法7条1項、16条の2、17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例804号46頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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水戸地裁 − 平成7年(行ウ)第4号 | 認容(控訴) | 1999年03月24日 |
東京高裁 − 平成11年(行コ)第112号 | 控訴棄却(確定) | 2001年01月23日 |