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北九州西労基署長(T製鉄九州工場)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 北九州西労基署長(T製鉄九州工場)心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 福岡地裁 − 平成4年(行ウ)第1号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 北九州西労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1996年09月25日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- T(昭和14年生)は、昭和28年3月に中学を卒業した後、他の勤務を経て、昭和48年3月に本件会社に就職し、製鋼作業員として働き始め、昭和59年3月からCCM(連続鋳造設備)のペンダント作業に従事した。
昭和60年当時、Tの勤務したCCM作業現場の勤務体制は三交替制で、1直(午前7時〜午後3時)、2直(午後3時〜午後11時)、3直(午後11時〜翌日午前7時)となっていたが、欠勤者・病休者がいる場合には連続勤務となった。ペンダント作業現場の作業環境は、火の粉が飛び散ることもあるなど高温で、Tは原告に対し、職場は暑くて大変である旨の話をしていた。
Tの死亡前1週間の勤務状況を見ると、昭和60年9月12日は公休、13日及び14日は1直勤務、15日は年休、16日は公休、17日は1直勤務、18日は1直・2直連続勤務となっており、死亡前3ヶ月の勤務状況は、労働日数26日、休日(年休及び公休)4日、早出残業28時間、深夜労働時間57時間、連続勤務2回であり、死亡前2ヶ月は、それぞれ、17日、14日、31.5時間、65時間、2回、死亡前1ヶ月は、それぞれ、23日、6日、26時間、58時間、3回となっていた。
Tは、昭和60年9月18日、午前5時53分に出勤の打刻をし、1直・2直の連続勤務をして午後10時45分退勤の打刻をした。Tは午前2時頃就寝し、翌19日午前5時30分頃起床して午前5時58分に出勤の打刻をした。Tは午前6時30分から午前7時まで1回目のペンダント作業に従事し、30分休憩の後午前8時まで2回目の同作業に従事したところ、その後意識障害を起こして倒れ、医院に搬送された。Tは医院でトイレに行ったところ、そこで意識を失い、大病院に搬送されたが午前10時20分に急性心筋梗塞により死亡した。
Tの妻である原告は、Tの死亡について被告に対し労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告はこれを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が昭和62年3月9日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災保険法に基づく遺族補償給付、葬祭料が支給されるためには、労働者が業務上死亡すること、すなわち、その死亡が業務に起因すると認められることが必要であるが(労災保険法7条1項1号、12条の8、労働基準法79条、80条)、いわゆる労災補償制度が、業務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、それによって労働者に発生した損失を補償するために設けられたものであることに鑑みると、この業務起因性が認められるためには、死亡と業務との間に、業務に内在する危険が現実化したと評価できる関係、すなわち相当因果関係のあることが必要であると解するのが相当である。そして、本件のように労働者があらかじめ有していた基礎疾病などが原因となって死亡した場合については、当該業務の遂行が当該労働者にとって精神的、肉体的に過重負荷となり、右基礎疾病の自然的経過を超えて増悪させ、その死亡時期を早め、死の結果を招いたと認められる場合には、特段の事情がない限り、右死亡は業務上の死亡であると解するべきである。
2 Tの死亡の業務起因性
Tが意識障害を起こして倒れたのは2回目のペンダント作業終了から僅か5分後であって、作業に極めて近接した時間に起きたものであり、常識的にみて業務が有力な原因となっていることを窺わせるものと考えることができる。
Tが従事していたペンダント作業は、作業現場の環境も他の現場に比べて高温多湿であることから、精神的、肉体的に疲労し、血管の収縮と拡張を調節する自律神経に変調を来す危険性のある作業ということができる。そして、30分毎に作業と休憩を繰り返すことになっているのは、ペンダント作業を30分実行すると疲労がたまり、それ以上作業を継続すると労働者の健康に重大な影響を及ぼす危険があるからであると考えられる。しかも、高温多湿の作業現場と冷房の効いた休憩室との温度差も血管を急激に収縮させるなど身体にかなりの負担を与えるものであるということができる。
Tは、死亡前日、1直・2直の連続勤務をした後、午後11時20分頃帰宅し、約3時間半の睡眠を取って、翌日は1直勤務のため午前6時頃出勤し、作業を開始している。このことは、死亡全日から当日にかけてのTの労働が特に過重であり、発症時点で睡眠不足や疲労、精神的ストレスがピークの状態にあったことを窺わせるものであり、それがTの発症に強い影響を与えたものと推測することができる。
Tには、昭和60年当時、高脂血症、喫煙習慣、40歳代男子という心筋梗塞の危険因子があったことは認められるが、Tの冠状動脈の器質的狭窄の程度は不明であり、健康診断の結果も日常生活に特に問題はないとされ、虚血性変化の所見は認められておらず、胸の痛みなどの臨床症状についての記載もなかったことを合わせ考えると、血管病変の自然的経過によりTの心筋梗塞が起きたとは考えられない。
以上を総合して判断するに、Tは急性心筋梗塞の原因となるような血管病変はあったが、死亡前日及び当日の過重な業務に従事することで血管の収縮と拡張を調節する自律神経機能に変調を来していたとこと、高温多湿の作業現場から冷房が効いている休憩室に移動したことにより、急激な血管収縮を引き起こし、回復できないまま心筋梗塞になり、死亡したものと推認することができる。Tの発症は、死亡前日及び当日の過重な業務は、Tの基礎疾病の自然的経過を超えて増悪させ、その死亡時期を早めたというべきであるから、業務に内在する危険が現実化したものと評価すべきであって、Tの死亡と業務との間に相当因果関係があり、Tの死亡が業務に起因するものと認めることができる。
以上の次第で、Tの死亡は業務に起因するものではないとした本件処分は違法であり、取り消されるべきである。 - 適用法規・条文
- 労働基準法79条、80条、
労災保険法7条1項、12条の8、16条の2、17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例705号61頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
福岡地裁 − 平成4年(行ウ)第1号 | 認容(控訴) | 1996年09月25日 |
福岡高裁 - 平成8年(行コ)第13号 | 控訴棄却(上告) | 1999年03月25日 |