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北九州西労基署長(T社九州工場)心筋梗塞控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
北九州西労基署長(T社九州工場)心筋梗塞控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
福岡高裁 - 平成8年(行コ)第13号
当事者
控訴人 北九州西労働基準監督署長
被控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年03月25日
判決決定区分
控訴棄却(上告)
事件の概要
 T(昭和14年生)は、昭和48年3月に本件会社に就職し、昭和59年3月からCCM(連続鋳造設備)のペンダント作業に従事した。

 昭和60年当時、Tの勤務したCCM作業現場の勤務体制は三交替制で、Tの死亡前1週間の勤務状況を見ると、公休2日、年休1日、1直2回、1直・2直連続勤務1回となっており、死亡前3ヶ月は、労働日数26日、休日(年休及び公休)4日、早出残業28時間、深夜労働時間57時間、」連続勤務2回であり、死亡前2ヶ月は、それぞれ、17日、14日、31.5時間、65時間、2回、死亡前1ヶ月は、それぞれ、23日、6日、26時間、58時間、3回となっていた。

 Tは、昭和60年9月18日、1直・2直の連続勤務をして午前2時頃就寝し、翌19日は午前6時30分から午前7時まで1回目のペンダント作業に従事し、30分休憩の後午前8時まで2回目の同作業に従事したところ、その後意識障害を起こして倒れて病院に搬送されたが、午前10時20分に急性心筋梗塞により死亡した。

 Tの妻である被控訴人(第1審原告)は、Tの死亡について控訴人(第1審被告)に対し労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、控訴人はこれを支給しない旨の処分(本件処分)をした。被控訴人は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、過重な業務がTの基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させて死亡に至らせたとして、業務とTの死亡との間の相当因果関係を認め、本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。
主文
本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
 動脈硬化学会診断基準によると、血清総コレステロール値220mg/dl以上は異常値とされており、(1)220mg/dlから259mg/dlまでを軽度、260mg/dlから299mg/dlまでを中等度、300mg/dl以上を高度としているところ、Tの数値は265mg/dlであって、中等度でも軽い方の数値であり、しかも高脂血症の数値は本件災害の約2年前のものである、(2)Tの血圧は正常であって、肥満度は正常値である、(3)Tは心電図異常を指摘されているが、心電図異常は健常者でもストレス等によって出現するもので、むしろ本件災害に近接した時点の同検査では冠状動脈硬化を窺わせるような異常は指摘されていない、(4)Tは本件災害の1ヶ月前に同僚と一緒に1、700メートルの山に登っているが、その時Tが体調の異常を訴えた事実はない、以上の事実に照らすと、本件災害当時、Tに高度ないし活動性の冠状動脈硬化があったことを確定することはできない。

 本件作業現場では、本件災害当時、溶鋼の器に防熱カーテンが設置され、作業場の真上と右上後方にそれぞれ送風口が設置されて、冷風等が吹き出ていた。本件災害後、本件作業現場の気温等を測定した結果は、(1)昭和62年9月7日と8日は。気温30度、輻射熱36度、湿度51%、(2)平成9年7月4日は、気温32.6度又は33.6度、輻射熱41度又は45.5度。湿度57.5%又は62%であった。この事実と本件作業内容及び原審における検証の結果を総合すると、本件作業は身体を暑熱と冷気にさらすことを繰り返す精神的・身体的負荷を伴う作業であったものと認められる。そして、外界の温度の上昇・下降が血流量を変動させ血圧の低下・上昇を引き起こすことや、Tが本件災害前日に16時間の1・2直連続作業を行い、翌日には1直勤務に従事するという長時間勤務に服したことをも併せ考えると、2回目の休憩の際、Tが暑熱の本件作業現場から冷やされたCCM操作室に入室することは、心臓への負担を急激に増大させるものであったと推認できる。
 以上の事実によると、Tに高度ないし活動性の冠状動脈硬化があったことは確定できず、しかも本件作業はTの心臓への負担を急激に増大させるに足りるものであったから、Tの急性心筋梗塞は本件作業を原因として発症したものと認めることができる。そして、本件作業以外に急性心筋梗塞を発症させる有力な原因は認められないから、本件作業と本件災害との間には相当因果関係が認められ、本件災害は業務上の死亡ということができる。
適用法規・条文
労働基準法79条、80条、労災保険法7条1項、12条の8、16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例761号96頁
その他特記事項
本件は上告された。