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さいたま労基署長(技術士口頭試験等)脳内出血事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- さいたま労基署長(技術士口頭試験等)脳内出血事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成19年(行ウ)第205号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年04月20日
- 判決決定区分
- 容認
- 事件の概要
- 原告(昭和24年生)は、昭和47年4月、土木建築等の請負を主たる業務とする本件会社に入社し、以後土木職として、主にトンネル工事の施工管理に従事してきた。
原告は、平成12年9月当時、本件会社の大阪支店で勤務していたところ、同月15日北関東支店への転勤を命じられた。原告は同支店に赴任したところ、上越新幹線本庄新駅の工事受注に関する入札書類の作成を含むバリュエーションエンジニアリング(VE)提案に関する業務を担当するよう指示され、これまで経験することのなかった同業務に従事するようになった。原告はVE業務に1ヶ月半従事した後、同年11月28日からJR東日本新座駅のエスカレーター工事の業務に従事するようになった。
本件会社は、当時体制を強化するため、社内技術士100人体制にするとの方針を掲げ、技術士の増員に向けて組織として力を入れていた。原告は、平成10年及び11年、技術士試験を受けたが、いずれも筆記試験に合格できなかったところ、平成12年は筆記試験に合格し、同年12月9日の口頭試験を受けた。ところが、原告は試験終了直後に倒れて病院に搬送されて脳内出血と診断され、その後左上肢の機能全廃(2級)及び左下肢の機能全廃(3級)の認定を受けた。
原告は、平成15年10月22日、さいたま労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づき障害補償給付の支給を請求したが、同署長は平成16年3月9日、技術士試験の受験は業務とは認められないなどの理由でこれを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 さいたま労働基準監督署長が原告に対し、平成16年3月9日付けでした労働者災害補償保険法による障害補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 技術士試験の業務性
技術士試験の合格率は15%程度であったところ、同試験受験のための準備として原告が受験勉強をしなければならないことは本件会社にとって当然予想できるところであり、本件会社も現に論文の添削や模擬試験などにも深く係わっていることを踏まえると、同受験勉強それ自体も本件会社の業務命令であったこと、本件会社の指揮監督の下での残業というべきで、業務性が認められる。被告は、原告の自宅における受験勉強は原告の本来的業務に含まれていない旨主張するが、原告の技術士試験の受験は、本件会社から業務命令として命じられたものであり、同受験勉強も本来的業務というべきである。確かに被告の主張するように、自宅などでの技術士試験のための受験勉強は時間管理の点では、事業場における勤務とはいささか異なるものの、労働基準法は、事業場外で厳密な時間管理に服さない労働も労働と認定しているから、同受験勉強が事業場外でなされているからといって、直ちに業務性がなくなることはない。
更に被告は、口頭試験の受験勉強について、原告が当時所属していた北関東支店による業務命令がない旨主張するところ、確かに同支店において、原告に対し、明示的に技術士試験の受験を命じた書面などは認められない。しかし、大阪支店在籍当時、技術士試験の受験が業務命令としてなされていたのに、北関東支店に異動したとたんにこれが撤回されたと認めるに足りる証拠はないし、技術士の増員は会社全体の問題として捉えられていた上、原告は北関東支店に転勤した当時、既に平成12年度の技術士試験を受験していた最中であったこと等を踏まえると、技術士試験の受験ないしその準備のための受検勉強も業務としてなされたというべきである。以上によれば、原告の技術士試験の受験及びその受験勉強に要した時間は、業務性が肯定される。
2 業務起因性の判断基準
労災保険法に基づく保険給付は、労働者が業務上死亡などした場合に行われるところ(同法7条1項1号)、労働者の死亡などが業務上のものと認められるためには、業務と死亡などとの間に相当因果関係が認められなければならない。労災保険制度が労働基準法の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすると、相当因果関係が認められるためには、当該死亡などの結果が、当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得ることが必要であると解するのが相当である。
脳・心臓疾患の発症には、血管病変や動脈瘤、心筋変性などの基礎的疾病(血管病変等)が前提となり、大部分は動脈硬化が原因となるところ、動脈瘤や動脈硬化は短期間に進行するものではなく、長い年月をかけて徐々に進行し、同進行には個体側の要因、具体的には遺伝のほか生活習慣や環境要因の関与が大きいとされている。これらを前提として脳・心臓疾患の発症について業務起因性が認められるための要件を考えると、業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪し、脳・心臓疾患を発症したと認められることが必要であると解するのが相当である。また、業務上外を問わず、生活史上の様々な要因にとって血管病変等は増悪するものであることからすると、業務に起因して脳・心臓疾患したといえるためには、血管病変等の自然的経過を超えた著しい増悪について、少なくとも当該業務に内在する脳・心臓疾患を発症させる危険性が現実化したと認められることが必要である。
3 量的過重性
坂戸営業所での出社時刻を午前7時30分を前提として、技術士試験の受験勉強に要した時間を除いた原告の発症前1ヶ月間から6ヶ月間の時間外労働は、それぞれ28時間30分、118時間45分、52時間45分、22時間15分、29時間45分、31時間となっている。また、原告の発症前1ヶ月間から6ヶ月間の受験勉強時間は、それぞれ概ね、83時間、0時間、0時間、79時間、105時間、100時間と認められる。
4 質的過重性
原告は、北関東支店に異動するに先立ち、当初予定されていた栃木県内のトンネル工事現場への赴任を撤回され、異動の理由について不信感を抱きながら転勤することを余儀なくされたこと、勤務場所及び業務内容が目まぐるしく変更され、不信感を持ちながら勤務することを余儀なくされたことを主張する。しかし、本件会社が発注者などの意向を尊重せざるを得ないところ、当初予定されていた工事現場に配属されることがなくなったとしても、異動せざるを得ないこともままあるといわざるを得ないから、原告の平成12年9月の北関東支店への異動は、本件会社に勤務する現場監督などに従事する従業員として、日常業務において通常直面する精神的負荷の範囲を出ないといわざるを得ない。また、その時々の支店の状況によって配置が転々と変更されることは理解し得ない話ではなく、原告がその当時不信感を抱くような状況であったとまでは認められない。
原告の経歴からすると、本庄新駅に係るVE提案業務は新しい知識や方法の習得を要するなど、一定の精神的負荷を与えるものであったことが窺われ、原告自身が従来にない負荷を感じていたことも想像に難くない。しかし、同提案は、原告が関与した当時、既に一定の検討案が作成されており、実際にVE提案に検討案が反映されている部分もあることを踏まえると、原告が一から同提案を組み上げた場合と大きく異なる。また、同提案について、原告を含め少なくとも中心的に3名で担当していたことを踏まえると、心身の負荷はかなりの程度減じられていることなどからすると、坂戸作業所においては、一定の業務上の負荷があったことは事実であるが、著しいという程度には至っていなかったといわざるを得ない。新座作業所において原告が従事した駅のエスカレーター新設工事は、営業中の駅の工事である点で安全確保のために意を払うべき事項が多い工事であるが、安全確保は大なり小なり工事関係者であれば意を払うべきものであり、原告はそれまでの経験などから相応の知識を身につけていたと解され、むしろ日常業務に伴う通常の負荷の範囲を出なかったことが窺われる。
技術士試験に合格するためには、相応の受験勉強が必須であり、加えて同試験が1年に1回しか受験できない試験であり、本件会社の合格者の中でも合格までに数年程度を要する者が多く、原告は通常業務をこなした上で業務命令として受験していたこと、特に平成12年度は3度目の試験で、筆記試験に合格したことを踏まえると、同試験の受験は日常業務で直面する程度・内容の負荷であったとはいえず、その精神的負荷、特に口頭試験の精神的負荷は相当なものであったことが推認される。
5 まとめ
原告は、発症前5ヶ月間に、合計35日の休日を取っているが、通常行っていた業務それ自体も北関東支店赴任後はそれまで経験したことがない職務を含んでいたし、一定の業務上の負荷があった。更に長時間の時間外労働があり、特に本件発症前2ヶ月間の平均時間外労働時間は1ヶ月80時間に近く、それらに加えて技術士試験の受験やその受験勉強を含めた原告の発症前1ヶ月間の時間外労働時間は100時間を優に超えており、発症前2ヶ月間の平均時間外労働時間も100時間を上回っている上、それらはかなり密度の濃い業務ともいうべきものであった。
ところで、原告の私的リスクファクターである血圧の点は、平成10年までの時点で最大で中等リスクに留まる上、平成11年以降は殊更リスクとして問題とすべき数値ではなかった。以上の事実に上記認定した事実を総合すると、原告の本件疾病の発症は、本件会社の技術士試験を含めた業務が原因となったと認められ、業務と同発症との間の相当因果関係が肯定され、業務起因性が認められる。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条1項、15条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2045号41頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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