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医科大学学生強制わいせつ事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
医科大学学生強制わいせつ事件
事件番号
旭川地裁 - 平成11年(ワ)第155号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年03月12日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 原告(昭和51年生)は、平成10年3月に短大を卒業し、保健婦の資格を得るため、同年4月、A医科大学看護学科3年に編入学した女性であり、短大在学中から交際を続けている男性と平成11年4月頃には、互いに結婚を前提とするようになっていた。

 原告は、平成10年4月頃、花見会で被告と知り合い、平成11年1月、友人Mから飲食の誘いを受けて、その後Mと一緒に来ていた被告と自動車内で2人だけで話すこととなった。その際、原告は家族や交際相手との悩みなどを打ち明けるなどし、その後も電話で被告に相談したり、手紙を出すなどするようになった。

 平成11年4月12日午後9時頃、原告は被告に電話を架け言伝を頼んだところ、翌13日午前零時過ぎ頃被告から電話があり、被告が自宅まで車で迎えに行くとの誘いに応じて、被告車助手席に乗車した。被告は行き先を答えることなく車を走行させ、道路脇(本件現場)に停車させた上、ヘッドライトを消した上、車内において、「可愛い」などと言い、原告の必死の拒絶にもかかわらず、恐怖で抵抗できないことに乗じて、原告の顔を引き寄せて接吻し、原告に馬乗りになって全身を押さえつけ、助手席のシートを倒して原告に乗りかかり、シャツに手を入れて胸を触り、乳頭を吸い、スカートの裾をまくり、下着の中に手を入れ、陰部に指を入れるなどした。被告は、原告に馬乗りになったまま性交渉を求めたが、原告が繰り返し拒絶したことから、自己の男性器を無理やり原告に握らせてその手を上下させ、更には原告の顔を被告の男性器に押し付け、これを口に含ませて、その口腔内で射精するなどした(本件行為)。

 被告は、射精後車を発車させたが、原告は「首を吊って死にます」など自殺をほのめかすような発言をしたことから、「気でも狂ったの」、「君もここにいたからいけない」、「これを言ったら結婚も壊れるよ」などと言って、同日午前2時頃、原告を自宅付近まで送り届けた。

 原告は、信頼する先輩である被告から、深夜の車内で口淫を強要され、その精神的苦痛は甚大であるところ、これに対する慰謝料として1000万円、PTSDを発症したことによる労働能力喪失率56%に当たる逸失利益1290万2473円、後遺障害による慰謝料1500万円、弁護士費用200万円を請求した。
 一方、被告は、車内で原告の胸を触ったり、口腔内で射精したことなどは認めたが、これは原告の合意の上での行為であること、本件行為は原告の意思に反するものではないから、心的外傷自体が存在しないし、原告は本件行為の状況を極めて詳細かつ整然と述べているから、重度のPTSDが発症したとは考えられないこと、PTSDの前提となる心的外傷の発生は個人差が大きく、その損害については予見可能性がないことを挙げて、不法行為を否定した。
主文
1 被告は、原告に対し、金957万9509円及び内金857万9509円に対する平成11年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを4分し、その3を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
 原告は、平成11年1月に友人Mから飲食に誘われた際、Mが帰宅した後も被告車内に留まり、被告に対し悩みなどを打ち明けているし、その後も被告と何回か会話を交わして相談に応じてもらい、被告に対する信頼や好意の窺われる手紙を出していることも認められる。また、被告は、原告に性交渉を拒絶されると、直ぐにこれを断念し、無理にこれに及ぼうとしていないし、少なくとも、本件行為時、被告は原告に対し、脅迫的な言辞を弄したり、殴る蹴るの暴行を加えたわけでもない。

 しかしながら、被告の供述によっても、原告が本件行為について明確に合意ないし承諾したものとはいえないし、本件行為までに原告と被告が直接会って2人だけで話したのは1回のみであること、原告には結婚予定の交際相手があり、被告に持ちかけた相談内容は、主にその交際相手との結婚に係るものであったこと、しかも原告は、本件行為の直前に、交際相手との結婚や道内での就職の許しを両親から得たことを、被告にわざわざ報告していることからすると、たとえ原告が被告を信頼し、好意的な態度を示していたからといって、原告に、先輩後輩の関係を超えて被告と交際する意思がなかったことは明らかであり、原告が被告の求めに対し、自ら積極的にこれに応じるとは到底考えられない。

 確かに、原告は、被告から性交渉などを求められても、車内から脱出しようとはしておらず、かえって、本件行為後、被告に「ずっと走ってください」などと言った上、原告の意思に反して、狭い車内で体勢を入れ替えたり、口淫させたりすること自体、物理的に困難と考えられるのであるが、本件行為が、深夜、全く人気のない場所に停車した車内で敢行され、被告が原告の上に乗りかかるような体勢をとっていたこと、原告が信頼していた先輩から、突如性的関係を求められたことにより、驚愕し、呆然としていたことを考えると、上記の事情を考慮しても、本件行為が原告の意思に反するものではないとは認められない。

 原告は、性的被害により強い衝撃を受け、そのため本件行為時においても感情を喪失して「自分が壊れた」ような気分に襲われ、本件行為後も自殺をほのめかしたり、A医大のキャンパスを周回するよう求めるなど不可解な行動を示しているのであるし、その後も被告に対する恐怖や無気力、無力感を呈し、本件行為から2年以上経過した現在もなお吐き気、嘔吐が続き、交際相手を含め他者との接触が困難で、結局、希望していた保健婦の職に就くこともできなくなり、日常生活にも支障を生じているのであって、これらのことから、A医師がPTSDと診断し、B医師もDSMの4及びICDの10に基づき、原告をPTSDと診断したことは相当と考えられる。なお、被告は、原告が本件行為の状況を極めて詳細かつ整然と述べているとして、「トラウマ周辺期の解離」が認められない旨主張するが、本件行為時、原告にいわゆる「解離」症状が生じていたことは上記の通りであるし、状況を記憶していることと、解離症状の発生とが相容れないものとも思われないのであって、被告の主張は採用できない。

 そして、本件行為後、徐々に軽減した点もあるとはいえ、2年以上経過した現在において、なお上記の症状は持続し、原告の社会的生活や就労に重大な支障を招来しており、抗うつ薬、睡眠誘導剤、制吐剤、医薬等の薬物療法や、精神療法、集団療法による治療が続けられ、その予後について確たる判断ができる状態にもないことからすれば、B医師が原告の後遺症は後遺障害等級7級に相当し、少なくとも10年以内の回復は困難と判断していること自体、首肯できないものではない。
 しかしながら、何が心的外傷となり得るかはともかく、当該心的外傷によって発症する後遺障害の程度について、個人差が少なからず存在することは否定し得ないこと、そして、原告は、本件行為後の学内での対応にも怒りや不満を示しており、これがPTSDを更に増悪させた可能性もまた否定し得ないことからすると、被告において、上記のような重度の後遺障害の発生を予見し得たとは考えられない本件においては、被告の賠償すべき損害賠償額(後遺障害による逸失利益)を労働能力喪失率35%、喪失期間5年の範囲で認めるのが相当である。そうすると、平成11年大卒女性労働者賃金センサスによれば、その基礎収入は302万2200円となるから、これに労働能力喪失率35%、5年に対応するライプニッツ係数を乗じた457万9509円となる。本件行為自体及び後遺障害に伴う慰謝料は、合計400万円と認めるのが相当であり、弁護士費用は100万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
判例タイムズ1169号274頁
その他特記事項