判例データベース
S区議選挙運動員控訴事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- S区議選挙運動員控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成20年(ネ)第5106号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 2009年02月12日
- 判決決定区分
- 原判決取消(請求棄却)
- 事件の概要
- 控訴人(第1審被告・昭和38年生)は、昭和61年3月大学卒業後、衆議院議員秘書となり、その後会社勤務を経て、平成11年4月S区議会議員に初当選し、平成19年4月、同議員に3回目の当選を果たした者である。一方、被控訴人(第1審原告・昭和52年生)は、大学を卒業し、平成16年12月から平成18年3月まで会社勤務をし、父が参議院議員秘書であることから、25~6歳の頃民主党員となり、選挙があると選挙運動員として活動していた。
平成19年4月10日頃、被控訴人は控訴人に電話をして選挙運動を手伝うことになり、同月15日から選挙カーに同乗して選挙運動を手伝った。同月20日、控訴人は午後10時頃まで二子玉川駅前で街頭演説を続け、被控訴人と控訴人は2人で午後11時頃まで飲食した。その後、被控訴人の供述によれば、2人で選挙事務所に戻ったところ、控訴人がいきなりわいせつ行為に及んできたものである。同年11月6日に提出された陳述書によると、「控訴人は、後から抱きつき、身体を押しつけるように力を込め、「好きになっちゃった、止められない」などと耳元で囁き、これを拒否すると正面から抱きしめてきて、みぞおちあたりから手を入れ、左胸をまさぐるように触ってきた。私が人を呼ぶと言うと、控訴人は「呼んでごらん、誰も来ないよ」と嘯き、今度は左ウェスト付近から右手を入れて背中にある下着のホックを外し、舌を私の口の中に入れてきた。更に控訴人は私の左胸に唇を押し付け、胸を噛み、更にジーンズのへその辺りからパンティーの中に右手を入れ、膣内に指を入れて15回くらい指先を動かしながら、30秒くらいで膣から指を抜いた。このままでは強姦されると思って這うようにして玄関の方まで進んだところ、控訴人はズボンの前チャックを開け、左手を私の首の後に回して、頭を自分の股間に引き寄せ、後頭部を掴んで私の口に自分の股間を無理やり押し込むようにした。吐き気がしたが、応じなければ強姦されると確信し、これを避けるために何とか口に含んだものの、息苦しくなったため必死で頭を上げたところ、控訴人は私の首を握るように強く掴んだため、殺されると思って頭を下げた。控訴人は私の左耳のあたりから髪をかき上げて顔を覗き込んで、「可愛いねえ」と言って、ようやく頭から手を離した。」
被控訴人は、その後体調不良を訴え、同年6月には胃炎と診断され、同年9月27日にぺティナイフで自己の左前腕部を斬りつけ、翌日治療を受けた。
被控訴人は、控訴人のわいせつ行為により、突発性難聴及び胃炎を発症させたとして、その治療費1万9540円、慰謝料1000万円、弁護士費用100万円、未払いの報酬6日分9万円を控訴人に対し請求した。これに対し控訴人は、わいせつ行為の存在を否定して争ったところ、第1審では、控訴人のわいせつ行為を認め、慰謝料200万円及び弁護士費用20万円を認めたことから、控訴人はこれを不服として控訴した。 - 主文
- 1 原判決中の控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 前項の取消しに係る部分についての被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 被控訴人の陳述書には、控訴人が行ったとする本件わいせつ行為の内容が、その前後の行動や被控訴人の感情等も含めて詳細かつ具体的に記載されている。しかし、被控訴人が控訴人から突然にその意に反して重大なわいせつ行為を受けたにしては、その内容は余りにも詳細かつ具体的でしかも客観的であり、果たして被控訴人が本件わいせつ行為の被害を受けたのか、ひいてはそもそも本件わいせつ行為が存在するのか、疑問なしとしない。もし被控訴人が上記のような詳細かつ具体的な認識と記憶を持つことができたとすれば、それはむしろ、仮に被控訴人が記述するような本件わいせつ行為があったとしても、被控訴人の承諾のもとに被控訴人がそれを受け容れてなされたからではないかと推測され、被控訴人と控訴人とが合意の上で上記のような行為がなされたとすれば、被控訴人が控訴人の行為を詳細かつ具体的に記憶していたことを無理なく理解できるのである。
被控訴人は、平成19年4月20日に控訴人から本件わいせつ行為を受けて多大な精神的苦痛を被り、体調も極めて悪化してアルバイト先を解雇されたと述べているが、同年11月9日まで半年以上にわたってその被害を警察に届けていない。これは真実上記のような執拗かつ屈辱的な強制わいせつ行為の被害を受けた女性の行動としては極めて不自然で不合理である。被控訴人は既婚者であるからそれなりの性的経験を有するものと推知され、被控訴人が半年以上にわたって被害届を警察に提出していないという事実は、むしろ、本件わいせつ行為そのものが存在しなかったか、仮に存在したとしてもそれは被控訴人の承諾するところであったか、いずれかであったことを強く示唆するものである。ひっきょう、被控訴人は当時においては本件わいせつ行為を承諾していたが、その後自己の思惑と異なる事態となったため、後になって自己の承諾の事実を否定しているのではないかと推測されるのである。被控訴人は警察に届出が遅れた理由について、「民主党にとってマイナスとなるような動きはするべきではないと思った」旨述べているが、そうだとすれば、それは被控訴人が控訴人を告発した平成19年11月当時においても変わらないはずであり、警察に対する届出が半年以上も遅れた理由としてはにわかに首肯し難いものである。
被控訴人は当初から控訴人に対して好意を抱いていたのではないかと窺知できる事実が存在する。すなわち、(1)被控訴人は、平成19年3月18日の夕方、駅の改札口を入った後に控訴人に近寄って、「父も民主党におります」と言いながら父親の名刺を差し出し、控訴人に対して名前と携帯電話の番号を教えていること、(2)被控訴人は同年4月15日以降、選挙カーに同乗して選挙運動を手伝っていたが、控訴人に対して「お食事はお行儀良く」というメールを再三送り、「今度肩車をして上げる」(控訴人)、「肩車だと高すぎます。目線ならおんぶだと思います」(被控訴人)、「じゃあ今度おんぶしてあげる」(控訴人)などの会話をしていること、(3)同月18日の昼食時、被控訴人は上着を持ち上げてその左脇腹にある縞模様を控訴人に見せていること、(4)被控訴人は同月19日、控訴人に対して「大きな猫より」の題名で、「自分は猫に似ていると良く言われますが、先生もそう思いますか」というメールを送り、控訴人も「猫っぽいと思う理由は気まぐれなところかな」と返信していること、被控訴人は同月20日、控訴人が午後10時頃まで街頭演説を続けた後、一人だけ選挙カーに残り、その後控訴人と一緒に食事をしていること、同年9月28日の通話には、被控訴人が控訴人に対して会いたいとの申し入れをして控訴人がこれを断っているようなやりとりがあることが窺われること、以上の事実が認められ、これらによれば、4月20日当時においては被控訴人は控訴人に対して好意を抱いていたものと窺うことができるものである。
更に被控訴人は、同年4月20日に控訴人から本件わいせつ行為を受けて多大な精神的苦痛を被ったとしながら、翌21日には控訴人の選挙事務所に行き、前日までと同様に控訴人の選挙カーに同乗して選挙運動の手伝いをしており、また翌22日(投票日)には、赤いかすりの着物に白い帯を締め、頭に黒いリボンを付けて控訴人の事務所に出ており、開票状況を見るなどしながら午後12時頃まで他の運動員らとともに選挙事務所内にいたのである。前記のような執拗かつ屈辱的な強制わいせつ行為の被害を受けた女性の行動としては、不自然かつ不合理の感を否めない。
結局、被控訴人の主張する本件わいせつ行為の存在を認めるに足りる証拠はなく、かえって、被控訴人の主張する本件わいせつ行為は存在しないか、仮に存在するとしてもそれは被控訴人の承諾に基づくものであったと認められる。したがって、被控訴人の本件慰謝料請求は棄却を免れない。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 判例時報2044号77頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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