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地公災基金東京支部長(M高校教諭)心臓死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金東京支部長(M高校教諭)心臓死事件【過労死・疾病】
事件番号
東京地裁 − 昭和62年(行ウ)第135号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金東京都支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1991年03月22日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 K(昭和2年生)は、昭和32年6月16日から都立M高校に保健体育科教諭として勤務していた。

 Kは、昭和54年、55年とも体育科の主任として、体育施設全般の環境整備・管理をし、授業の受け持ち時間は週16時間であったほか、PTA体育部副部長を兼務し、野球部顧問を続けていた。なお、他の常勤教諭もいずれも学級担任若しくは校務分掌及びクラブ顧問に就任していた。Kの昭和54年度の校務分掌は庶務部であり、Kは昭和55年3月8日の卒業式の企画、運営に携わり、会場作りの責任者となり、当日は司会を務め、後片づけの指導を行った。また昭和55年度のKの校務分掌は保健部であり、生徒の健康管理、校内の衛生・美化、清掃指導を行った。

 同年4月16日、健康診断検査の第1日目に当たり、Kは保健部唯一の男性教諭としてまとめ役となり、男子生徒の測定責任者を務めた。Kは午前9時頃階段で気分が悪くなり、救急車で病院に搬送され、心筋梗塞の疑いがあると診断されて入院を勧められたが、Kは職場に戻って健康診断の業務を続けた。翌17日、Kは登校した後、午前9時頃に病院に行き検査を受けたが、心筋梗塞は見られなかった。Kは午後2時30分頃学校に戻り、打合せをしたが、1時間程して気分が悪くなり、介抱を受けた後救急車が呼ばれて医者や救急隊の処置を受けたが、午後4時35分死亡した。

 Kは、昭和53年度の血圧が142106(軽度高血圧)、高脂血症、やや肥満であり、糖尿病の疑いがあり、若い頃から死亡の1ヶ月前まで喫煙を継続していたほか、昭和51年度、52年度にいずれも軽度心筋梗塞、昭和53年度に陳旧性心筋梗塞疑いと診断されていた。
 Kの妻である原告は、Kの死亡は校務に起因するものであるとして、昭和57年12月20日、地方公務員災害補償法に基づく公務災害認定請求を行ったところ、被告は昭和59年2月13日、Kの死亡は公務上の災害とは認められないとの決定(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 Kは、死亡前日に至るまで、主にクラブ活動指導が超過勤務となる場合もあったが、各日午前8時過ぎから午後5時頃までの範囲で比較的規則正しく職務を行っていたものであり、深夜勤、出張などは全くないことを勘案すると、本件災害前の公務遂行が肉体的に回復困難なほどの疲労をもたらし、精神的に過敏な緊張を強いるものであったとは認められない。そして、Kには体質的素因等があり、冠状動脈硬化の症状があったものと認められることから、当日の気温が10度を下回る寒冷であったことを考え合わせても、Kの従事していた公務の遂行が、4月16日の狭心症、17日の心筋梗塞発症の相対的に有力な原因であったと認めることは困難である。

 なお、原告は、4月16日朝の狭心症の発作の公務起因性についてはひとまず措くとしても、右狭心症発作を起こしたのであるから、その後の業務の遂行はKにとって過重なものであり、その健康状態を急激に悪化させて心筋梗塞を発症させたものであると主張する。しかしながら、診療医学的には、Kは狭心症発症後安静にしておくべきことが望ましかったとはいえるが、急性心筋梗塞の発症の原因は多様であって、肉体的労働が直結するものではなく、安静時等にも発症することが多く、狭心症発症後Kが従事した公務は強度の精神的疲労をもたらすものとはいえないこと、Kには心筋梗塞発症のリスクファクターとなる体質的素因等があったこと等の認定からは、やはり公務の遂行と心筋梗塞発症との間には相当因果関係を認めることはできない。

 原告は、Kが発作を起こしたのであるから、当局がその後もKを多忙、過重な業務に従事させたことは、労働安全衛生規則61条の規定の趣旨からも当局の重大な健康管理義務違反を構成し、また職場の安全衛生管理体制の欠陥により、この点からも公務とKの死亡との間には相当因果関係が認められると主張する。しかしながら、地方公務員災害補償法にいう公務上死亡とは、死亡と公務との間の相当因果関係、すなわち公務の遂行が相対的な有力な原因となって死亡の結果を招いたといえるかどうかであって、公務と使用者の健康管理義務違反の有無は、直ちに地方公務員災害補償制度上の公務起因性の判断に結びつくものではないから、右主張は失当である。
 以上を総合すれば、Kに生じた心筋梗塞は、Kの有する体質的素因の自然的増悪が有力な原因となって発症したものというべきであって、公務の遂行が相対的に有力な原因であったとは認められず、結局公務と右疾患発症との間の相当因果関係は認められない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条、42条、45条
収録文献(出典)
労働判例583号15頁
その他特記事項
本件は控訴された。