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北九州西労基署長(教育出版次長)脳内出血事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
北九州西労基署長(教育出版次長)脳内出血事件【過労死・疾病】
事件番号
福岡地裁 - 平成7年(行ウ)第9号
当事者
原告個人1名

被告北九州西労働基準監督署長

被告福岡労働者災害補償保険審査官

被告労働保健審査会
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年06月10日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 原告(昭和18年生)は、昭和53年1月からK出版株式会社に、独立採算式の書籍販売セールスマンとして勤務し、昭和55年8月に営業部次長の地位に就き、正社員となった。営業部次長の職務は、(1)営業マネージャー、(2)販売促進、(3)販売員の教育指導、(4)直営店管理、(5)代理店管理であった。

 原告は、昭和58年4月後半に入って、部下の営業課長が営業部員を引き連れて別会社を作る動きがあることに気付いたことから、営業部における事実上の最高責任者として、終礼後、飲み屋で毎日午前1時過ぎまで営業部員と面談し、退職を思い留まるよう説得活動を行い、そのため残業は同年5月1日以降毎日午前1時までの7時間となり、過労状態となった。9名の退職後の同月13日以降、原告は退職者の欠員補充と新人教育のため外回りをすることが多くなり、残った営業部員と新入部員を連れて飲酒しながら営業指導を行い、午前2時過ぎにタクシーで帰宅する生活を続けた。

 同月26日、原告は午前中営業本部で打合せを行い、午後1時30分頃から午後4時頃まで営業部員と懇談し、営業指導を行った。原告は午後5時頃アルバイト2人と新入社員と一緒に販売指導のために会社を出たが、午後7時30分頃気分が悪くなって次第に左半身麻痺が起き、救急車で病院に搬送されて緊急入院した。そこで脳内血腫が認められ、翌日開頭手術が施行され、右脳内出血併左片麻痺と診断された。
 原告は、本件疾病により休業して療養したところ、同疾病は業務上の疾病であるとして八幡労働基準監督署長(現被告署長)に休業補償給付の支給を請求したところ、被告署長は昭和61年10月29日付けで業務上の疾病とは認められないとの処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、被告労災保険審査官に審査請求をしたが棄却され、更に被告労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、同被告もこれを棄却する裁決を行ったことから、被告署長による本件処分の取消し、被告審査官の決定及び被告審査会の裁決の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告北九州西労働基準監督署長(旧八幡労働基準監督署長)が昭和61年10月29日付けで原告に対してなした労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しない旨の処分はこれを取り消す。

2 原告の被告労働保健審査会及び被告福岡労働者災害補償保険審査官に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告と被告北九州西労働基準監督署長との間においては同被告の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては原告の負担とする。
判決要旨
 原告の従事した営業部次長の業務は、毎日売上高を伸ばせと命令する社長と、営業部員との中間に立って、深夜近くまで頭を悩ませ、営業部員を指導監督する業務であり、精神的に極度のストレスと疲労を蓄積させる業務であった。ことに、本件発症に至る1ヶ月間は、これに加え、部下の課長が営業部員を引き抜いて同業の別会社を設立する動きを封ずるため、連日会議を開くなどの対策に追われ、かつ本件発症14日前からは、営業部員25名中課長を含む9名が退職し、同業別会社を設立したことに対する善後策に追われ、精神的に極度のストレスと疲労を蓄積させた。原告は、右労働に従事したことにより極度のストレスと疲労を蓄積させ、疲労困憊した中で、右脳内出血に罹患したというべきである。

 本件発症前1年間の原告の残業時間は毎日約5時間であり、通常1日13時間30分の拘束となる。原告が終礼後に営業部員を伴って飲酒するのも社長の指示によるもので、業務の延長というべきものであるから、これを含めると、本件発症に至る1ヶ月間の原告の残業時間は毎日約7時間であり、原告の労働は量的に極めて過重であったということができる。原告について業務による精神的・肉体的負担によるストレス以外に本件発症の原因となるものは証拠上認められない。

 C医師は、原告の多量飲酒習慣及び不規則な日常生活が本件発症に関係したと意見を述べるが、飲酒の大半は営業部員を伴ってのもので業務の延長というべきものであるし、不規則な日常生活と評し得るものがあったとしても、それは原告の過重な業務のしわ寄せともいうべき面があり、いずれも業務と関係がないものではない。そうすると、原告の右脳内出血は原告の高血圧症の基礎疾患の増悪が主たる原因であるが、これとともに、原告の従事した過重な業務が原告の基礎疾患を自然経過による増悪を超えて増悪させた結果であり、原告の従事した営業部次長の過重な業務に内在する危険が現実化して発症の結果を招いたものということができる。

 以上の認定によれば、原告の右脳内出血は業務上の疾病に該当し、被告の業務外の認定は事実の認定を誤っており、本件不支給処分は違法であって、取り消されるべきである。

 原告は、被告審査官の決定は、A医師による鑑定意見を採用せず、B医師の意見を意図的に取ったものであって、審査官の権限を濫用したものと主張するが、いずれの医師の意見書を採用し、いずれを不採用とするかは審査官の裁量に委ねられているところであり、被告審査官に権限を濫用した瑕疵があるとは認められないから、同被告に対する原告の請求は理由がない。
 原告は、被告審査会の裁決は、A医師によるB意見の当否を含む再鑑定処分の申立てを採用しなかった点においての固有の瑕疵があると主張するところ、鑑定をするか否かは当該審査会の裁量に委ねられているのであって、A医師による再鑑定処分の申立てを採用しなかったとしても、被告審査会の裁量の範囲内であって、同被告の裁決に固有の瑕疵はないというべきであるから、同被告に対する原告の請求は理由がない。
適用法規・条文
労災保険法14条
収録文献(出典)
労働判例741号19頁
その他特記事項