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佐賀(テレビ局)業務委託契約解除解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- 佐賀(テレビ局)業務委託契約解除解雇事件
- 事件番号
- 佐賀地裁 − 昭和50年(ヨ)第44号
- 当事者
- その他申請人 個人7名 A、B、C、D、E、F、G
その他被申請人 株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1980年09月05日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- 被申請人は、テレビ放送を業とする株式会社であり、申請人らはY社に雇用され、被申請人とY社との間に締結されていたスポットCMのフィルムスプライス及びプレビュー等を請け負うことを内容とする委託業務契約(本件契約)に基づいて被申請人に派遣され、就労していた者である。
被申請人は、昭和44年2月、スポットCM等及び印刷業務(本件業務)をT社に委託し、昭和46年3月に、T社から引継ぎを受けたY社は、被申請人との間で本件契約を締結し、翌4月から同契約に基づき業務を開始したが、この措置に不満を持った従業員10人のうち4人が退職した。
昭和49年4月にY社従業員9名全員が加入する労働組合が結成され、民法労連に加入したところ、同年5月民法労連では下請社外工が職業安定法44条で定めた労働者供給事業に抵触するとの見地から、社員化闘争の方針を打ち出し、その後、Y社労組は、賃上げ、賞与、配転合理化等について間断なく要求を提出してY社管理者のPと団交を繰り返した。昭和50年に入ると、Y社は申請人らの業務妨害等について警告書を発するなどしたが、一方Y社労組はストや残業拒否等で対抗した。Pは労組との対応に疲弊し、昭和50年6月1日に本件業務から手を引く決意をし、その意向が翌2日Y社労組員に伝えられた。その上でPは、被申請人に本件契約の解除を申し入れ、同月5日をもって約4年続いたY社と被申請人間の本件契約は終了するに至った。
Y社は同月5日、申請人らに対し解雇を通知し、同日申請人らに解雇予告手当を支給し、同年7月28日に退職金を支払い、離職証明書を新瀬員らに交付した。
被申請人のサガテレビ労組は、Y社労組員の身分を保障する見地から被申請人に対し同労組員を社員化するなどして身分を保障せよと主張したが、意見がまとまらず、新会社が発足するまで旧Y社社員は就労しないが、発足までの間の収入は保障するなどの点で一応了解し合った。しかし、就業場所について意見が一致せず、本件委託業務を引き継いだOとの間で交渉が重ねられたが、結局就業場所の点で折り合いがつかず、交渉は打ち切られた。そして、被申請人は同月20日、申請人らの社員化要求及びその就労を拒否し、以後申請人らとは無関係であるとする社告(無関係社告)を発した。
これに対し申請人らは、同年6月5日のY社による解雇通知、同月20日に出された被申請人の無関係社告等について、申請人らの身分の確保を要求して抗議行動を続けたが、被申請人の受け容れるところにならなかったため、同年9月8日、地位保全の仮処分申請を行った。 - 主文
- 申請人らが被申請人の従業員の地位を有することを仮に定める。
申請費用は被申請人の負担とする - 判決要旨
- 1 問題の所在
使用者と労働者の間に個別的な労働契約が存するというためには、「意思の合致」が必要であるが、意思の合致には、明示の場合と黙示の場合とあり、また両者間の使用従属関係の有無、換言すれば当該使用者が当該労働者を指揮、命令し、監督することにあると解されるので、明示された契約の形式にのみによることなく、当該労務供給形態の具体的な実態を検討することにより、両者間に事実上の試用従属関係があるかどうか、或いはその程度などを併せ検討することも不可欠である。
2 被申請人及びY社と申請人らの使用従属の有無及び程度
申請人らの作業場所が、昭和46年契約書及び昭和49年契約書に明記のとおり、被申請人の提供する場所、即ち被申請人社員の勤務場所と一体をなし、しかも被申請人の必要と都合により、2回ないし4回の変遷を余儀なくされていたこと、この点についてY社側には自らの権限で作業場所を特定する必要も実益も皆無であったこと、約6年有余を通じて、作業場の賃料が2万円に一定していたこと、申請人ら担当の本件業務が、被申請人の連続的な流れに有機的に組み込まれており、そのどれか一つでも欠ければ、放送自体が満足に実施できない状況にあったこと、申請人らの業務遂行過程のミスが放送実施の段階で表面化したとき、被申請人の担当社員から直接申請人らに注意することもあったこと、更に、日常的に申請人らが被申請人の担当社員から本件業務遂行に必要な指示を受け、原稿や資料の直接的な受け渡しがなされていたこと、他方、申請人らがY社本来の業務に全然関与していないこと、タイプ印刷業務に必要な機械類はY社所有のものであったが、業務に必要な機械・消耗品類が全て被申請人の所有、提供するもので賄われていたこと、申請人らの勤務時間・休憩時間・休日の定めにつき、被申請人が直接規律することなく、Y社の判断で規律されていたのであるが、これとて、被申請人のそれらに対応して確定し、変更されてきたこと、一方Y社の従業員の勤務時間、休憩時間、休日の定め方は、申請人らのそれらの決め方とは全く無脈絡であったこと、また、被申請人から指示された仕事の多忙さに応じて、申請人らが残業を余儀なくされることもあるだけでなく、被申請人から昼休み時間も待機を命じられていたこと、申請人らの賃金は、被申請人から指示される本件業務に従事した労働の対価たる性質を有するものであって、その賃金が被申請人とY社間の業務委託契約の委託料に拘束されていたことも推認できること、したがって、Y社が本件業務より取得できる利潤も、年間総額の中から申請人らの賃金総額を除いたものに外ならず、本件業務に関する限りY社に企業としての独立性を肯認することが困難であること等を総合考慮すると、申請人らは、労働実態の面ではY社の指揮・命令を離れ、むしろ全面的に被申請人の指揮命令下にあったと評価することができる。以上によれば、申請人らは被申請人に組織的、人格的、経済的に緊密に従属し、被申請人の指揮、命令、監督の下に被申請人に対して労務を提供し、被申請人がこれを受領していたといわなければならず、申請人らと被申請人との間には実質的な使用従属関係が存在していたということができる。
以上要するに、被申請人及びY社と申請人らの使用従属関係については、申請人らは外観的に被申請人の社員と見られ、また事実的にもY社以上にはるかに被申請人の指揮・命令・監督下にあったと評価せざるを得ず、したがって、申請人らと被申請人との間にこそ労働契約の本質若しくは内容がより具備されていたことになる。なお、Y社と申請人らとの契約は、労働者供給事業の禁止(職業安定法44条)と中間搾取(労働基準法6条)を潜脱するためになされた疑いが濃厚であって、申請人らより労務の提供を受け、その対価として賃金を支払うという労働契約の実体はほとんど存在していなかったということができる。
3 申請人らと被申請人間に労働契約締結の黙示の意思表示があったか
憲法は国民の生存権的基本権を広範囲にわたって保障し、その中に勤労の権利(27条)が規定されている。これから読みとれる憲法の理念・精神は、私人同士の法律関係を律するに際しても尊重され、指導理念とされるべきである。ところで、伝統的・古典的な契約理論即ち意思表示理論は自由・平等・独立の法体系たる私人どおしの交渉を前提にしているのに対し、現実の社会における労務を供給する契約の法主体たる私人どおしは、決して右のような前提関係にないことが圧倒的である。このように、使用者と労働者の力関係に差がある場合、そのことを無視することは相当でない。しかも、この力関係において優位にある使用者に職安法44条違反、不当労働行為的要素があるとした場合、使用者の有する社会的・道義的責任との関連で、労働者の生存権がより保障される方向で、逆にいえば、使用者の社会的・道義的責任が正しく追及され、不正が是正される方向で、伝統的な意思表示理論の修正が妥当とされる場合もあり得よう。本件についてこれをみれば、申請人らと被申請人の社会・経済的な力関係の差は歴然としており、Y社と被申請人とのそれも然りである。
Y社は、本件委託業務の遂行過程における従業員の過失等に起因して発生した放送事故につき法的な責任を負うことはなく、申請人らの採用、解雇、給与、勤務時間、休日等に関する身分上の指揮監督はしていたとはいえ、被申請人の担当社員の指示により具体的な本件業務は遂行されていたのであり、Y社の管理職的立場にあった者の退職以後は、Y社側で従業員を実質的に指揮監督することもなく、就業規則の作成・届出を懈怠し、本件業務遂行に必要な機器、資材の大半を委託主である被申請人会社から提供してもらっており、また申請人らの作業が特殊な専門的・職人的な経験を不可欠とする代替性のないものとはいえない。
以上によれば、Y社は職安法44条にいう「労働者供給事業を行う者」に該当するといわなければならず、本件業務委託契約は、被申請人の指揮監督の下に本件業務を遂行する申請人ら労働者をY社が供給する「労働者供給契約」としての実質をも併せ有しているものと認めざるを得ない。職安法44条が労働者供給事業を禁止しているのは、強制労働、中間搾取等の弊害を防止するためであるが、それは単に個々具体的に強制労働、中間搾取等を目的とする労働者供給事業を禁ずるばかりではなく、右のような弊害が伴いやすく、ひいては労働者の雇用関係を不安定にする労働者供給事業を禁ずることにより労働者を保護し、労働の民主化を図ることを目的としているものである。従って、本件におけるY社と被申請人間の業務委託契約の併せ持つ労働者供給事業が職安法44条の禁止しているものに該当することは明らかである。
被申請人は、申請人らの労働組合(Y社労組)の結成と、組合活動の内容を嫌悪し、申請人らが労働する場を追われることに与したものと推認することもできなくはない。Y社労組の活動が民法労連の方針と指導の下になされた組合活動であったことは推認できるのであり、また民法労連の主張した下請社外工の職安法44条違反の問題提起そのものは正鵠を射ているものということができる。以上、本件紛争は企業側の論理と労働者の論理がぶつかり合った深刻な問題を内包するものであるが、被申請人がとった措置は、不当労働行為的行為という側面を否定し得ないものである。
4 まとめ
被申請人には、申請人らとの間に労働契約を締結するという意思は認められないどころか、それを否定する意思が貫徹していたということができる。しかし、それは法形式上のものに過ぎず、実態は申請人らとの間に使用従属関係が存在すると評価される方がより自然であり、しかもY社と被申請人間の業務委託契約は、職安法44条に違反し、公序良俗に反するものであった。しかるところ、無関係社告によって被申請人会社が違法な労働者供給事業への加担から身を引く結果になるとはいえ、それが労働者保護及び労働の民主化を図ることに全く逆行する結果をも招来することは容認すべからざる背理であって、その逆行する結果を回避すべき責任は被申請人で負担するのが相当である。そして、表示上から客観的に推認される被申請人の意思は、昭和50年6月1日時点で申請人らの労働契約締結の申込みを黙示的に承諾済みであったというに帰するのである。
Y社が新たに従業員を採用する際もY社名で新聞広告を出し、採用面接もY社が行い、社会保険、失業保険等についてもY社が事業主として加入手続きをとっており、Y社労組の各種要求及び団体交渉に対してはY社が回答し、Y社が申請人らに対して解雇通知を出し、解雇予告手当及び退職金を支払い、離職証明書を交付している。しかし、この労働契約が、Y社と被申請人との業務委託契約を抜きにしては全く無意味であり、その上右業務委託契約そのものが、職安法44条に違反し、公序良俗に反するものであったし、Y社労組結成以後は、申請人らも右のことを明確に問題意識として持ち、被申請人には長期的に社員化要求をしながら、Y社に対しては短期的に自らの労働条件の改善に取り組んできたのである。そうだとすれば、申請人らの意思は、昭和50年6月1日時点まで被申請人に対し労働契約の締結を申込み続けていたものと解されるのである。
以上の検討からすれば、昭和50年6月1日の時点で、申請人らと被申請人側では、申請人らを被申請人の従業員として労働させる旨の黙示の意思表示の合致が既に成立していたと評価することができる。
昭和50年6月5日、申請人らがY社から解雇通知を受けた時点で、申請人らとY社及び被申請人双方との間で労働契約が存在していた。この実態は、申請人らにとって、Y社と被申請人の両者が使用者側として存在し、両者相まって初めて通常の労働契約における使用者たる地位にあった。そこで、仮に6月5日の解雇通告によって、Y社が右の労働契約関係から離脱する意思表示をしても、被申請人の使用者としての責任は残存するのみならず、申請人らがY社との契約関係の終了を追認し、被申請人との労働契約の存在のみを要求してきた場合は、使用者としての責任を全て顕在化させなければならないことになる。従って、従来Y社が果たしてきた限りでの労働条件は、申請人らと被申請人間で協議して内容を定めるべく運命づけられ、その他の労働条件、即ちY社よりも被申請人が決定づけていた労働条件は従前どおり継続すべき筋合である。このことは別にしても、一片の通告によって申請人らの権利が被申請人から奪われてはならない、との労働契約上の最低保障が貫徹されなければならないと解される。
被申請人と申請人らの間に個別労働契約の存在が認められるとすれば、被申請人が昭和50年6月20日内外に示した無関係社告は、実質的に被申請人の申請人らに対する解雇の意思表示と解する余地がないではない。しかしながら、労働契約の存在による労働者の身分保障は、労働契約の内容により濃淡があって然るべきであり、一片の通告によって申請人らの権利が奪われてはならないとの最小限度の身分保障は、本件労働契約においても維持されねばならないことは前記したとおりであるところ、被申請人は、本件で申請人らと個別労働契約の成立を争っており、右無関係社告を解雇の意思表示とみるとしても、如何なる理由による解雇かを明らかにしないものであって、解雇権の濫用として無効といわざるを得ず、昭和50年6月20日の無関係社告は、法的に有意味なものとはなり得ない。これをまとめると、昭和50年6月1日時点で申請人と被申請人間には労働契約が存在しており、申請人らは被申請人の従業員たる地位にあったということになる。 - 適用法規・条文
- 憲法27条、労働基準法6条、職業安定法44条
- 収録文献(出典)
- 労働判例352号62頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
佐賀地裁 − 昭和50年(ヨ)第44号 | 認容 | 1980年09月05日 |
福岡高裁 - 昭和55年(ネ)第592号 | 原判決取消(控訴認容) | 1983年06月07日 |