判例データベース
支店長宴会等セクハラ解雇事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 支店長宴会等セクハラ解雇事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成19年(ワ)第21941号
- 当事者
- 原告個人1名
被告株式会社Y - 業種
- 卸売・小売業・飲食店
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年04月24日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、各種電動機器・装置及び部品の販売等を業とする株式会社であり、原告は取締役兼務の東京支店長である。
被告東京支店では、平成18年12月2日から翌3日まで、群馬県の温泉ホテルで慰安旅行が行われ、東京支店傘下の従業員のほとんどである38名が参加した。夜の宴会(本件宴会)の際、原告は、(1)隣に座った主任Bの手を何回か握ったり、肩を抱いて写真に収まったり、翌日2人で温泉に行こうと誘ったりした。(2)お酌をしに来た新人Cに対し、膝の上に座るよう発言した。(3)日頃から知合いのDに対し、「綺麗になったね、恋をしているのか」、「胸が大きな」などと述べたほか、原告自身も含めてどの男性を選ぶかと質問した。(4)他の男性社員5名とでKを取り巻くように座り、「色っぽくなった」、「ワンピースの中のパンツが見えそうだ」などと述べ、好みの男性は誰か質問した。(5)Kの先輩のHがKを庇おうとしたところ、「ババアは関係ない、帰れ」と言った挙げ句、Kに対し「誰がタイプか、これだけ男がいるのに答えなければ犯すぞ」という趣旨の発言(「本件犯すぞ発言」)をするなどした。
日頃、原告は、食事会等の席で殊更にE係長の身体に触れたことが数回あり、また出張の夜2人で食事をした際、カラオケに誘い、「胸が小さい」、「好みのタイプではない」などと述べたほか、「夫が単身赴任で寂しくないか」などと性的な意味の発言もした。また原告は、Bと同じ職場で勤務している5年弱の間に、宴会の席などでBの手を握ったり、肩に手を回すなどしたほか、「まだ結婚しないのか」、「胸がない」などと言ったりした。
慰安旅行に参加した女性従業員のうちの5名は、旅行の翌日の同月4日、被告の親会社であるW社の倫理ヘルプライン(W社グループ従業員の相談窓口)に、原告のセクハラ行為について通報した。これを受けて、被告は関係者への聞き取りや原告との面談、原告の上申書の提出、社長を委員長とするW社倫理委員会開催等を経た上で、原告に対し、本件宴会におけるセクハラ、日常的なセクハラ等を理由として、取締役を解任した上で、同月28日に懲戒解雇した。
これに対し原告は、懲戒解雇は重きに失する上、その手続きも不十分であって無効であると主張し、労働契約上の権利を有する地位の確認と未払給与の支払を求めて本訴を提起した。なお、本件訴訟に先行する労働審判では原告の諭旨解雇の審判が下されたが、原告・被告双方から異議が申し立てられている。 - 主文
- 1 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 原告の賃金請求にかかる訴えのうち、本判決確定の日の翌日以降の給与の支払を求める部分を却下する。
3 被告は、原告に対し、金150万円及び平成19年5月25日から本判決確定の日まで毎月25日限り金50万円の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は第3項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 原告の部下女性らに対する本件宴会や日頃の言動は、単なるスキンシップとか、原告流の交流スタイルというようなもので説明できるものではなく、違法なセクハラ行為である上、いずれも東京支店支店長という上司の立場にあった故にできたことであって、これらが懲戒事由として就業規則に定める「職務、職位を悪用したセクシャルハラスメントにあたる行為」に該当することは明らかである。
ところで、使用者の懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが、就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても、当該具体的事情(当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情)の下において、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、権利の濫用として無効となる。
原告のセクハラの内容は、まず本件宴会においては、複数の女性従業員に対して、原告の側に座らせて品位を欠いた言動を行い、とりわけ新人のCに対して膝の上に座るよう申し向けて酌をさせたこと、更にはKに対しての「本件犯すぞ発言」等は、悪質といわれてもやむを得ないものである。そして、原告の日常的な言動も、酒席において女性従業員の手を握ったり、肩を抱いたり、女性の胸の大きさを話題にするなどセクハラ発言も繰り返していたものである。加えて本件では、被害者側に原告に誤解を与える行為をしたといった落ち度もない上、原告は東京支店長としてセクハラを防止すべき立場であるにもかかわらず、これらを行ったものであり、また原告はWグループの幹部として、倫理綱領制定の趣旨、重要性を良く理解し、他の過去のセクハラ懲戒処分事案についても認識していたものである。
しかしながら、他方、日頃の原告の言動は、前記発言のほか、宴席等で女性従業員の手を握ったり、肩を抱くという程度に止まっていたものであり、本件宴会での一連の行為も、いわゆる強制わいせつ的なものとは一線を画すものというべきであること、本件宴会におけるセクハラは、気の緩みがちな宴会で、一定量の飲酒の上、歓談の流れの中で調子に乗ってされた言動として捉えることもできる面もあること、全体的に原告のセクハラは、多数の被告従業員の目もあるところで開けっぴろげに行われる傾向があるもので、自ずとその限界があるといい得ること、最も強烈で悪質性が高いと解される「本件犯すぞ発言」も、Kが好みの男性のタイプを言わないことに対する苛立ちからされたもので、周囲には多くの従業員もおり、真実、女性を乱暴する意思がある前提で発言されたものではないこと、原告は被告に対して相応の貢献をしており、反省の情も示していること、これまで原告に対してセクハラ行為についての指導や注意がされたことはなく、いきなり本件懲戒解雇に至ったものであること等の事情を指摘することができる。
以上の諸事情に照らし考慮すると、原告の前記各言動は、女性を侮辱する違法なセクハラであり、懲戒の対象となる行為ということは明らかであるし、その態様や原告の地位等に鑑みると、相当に悪質性があるとはいい得る上、コンプライアンスを重視して倫理綱領を定めるなどしている被告が、これに厳しく対応しようとする姿勢も十分理解できるものではあるが、これまで原告に対して何らの指導や処分をせず、労働者にとって極刑である懲戒解雇を直ちに選択するというのは、やはり重きに失するものと言わざるを得ない。
以上のとおり、本件懲戒解雇は、重きに失し、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができず、権利濫用として無効と認めるのが相当である。したがって、原告は未だ被告の従業員としての地位を失っていないから、賃金請求権も有しており、原告の本判決確定の日までの賃金請求は理由がある。しかし、雇用契約上の地位の確認と同時に将来の賃金を請求する場合には、地位を確認する判決確定後も、被告が原告からの労務の提供の受領を拒否して、その賃金請求権の存在を争うなどの特段の事情が認められない限り、賃金請求中、判決確定後に係る部分については、予め請求する必要がないと解するのが相当であるが、本件においては、この特段の事情を認めることができないから、本判決確定後の賃金請求は、不適法といわざるを得ない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例987号48頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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