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鉄道会社(本荘保線区)教育訓練命令事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- 鉄道会社(本荘保線区)教育訓練命令事件
- 事件番号
- 秋田地裁 − 平成2年(ワ)第94号
- 当事者
- 原告個人1名
被告個人1名、旅客鉄道会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1990年12月14日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告は、被告会社秋田支店本荘保線区施設係で稼働する現場労働者で、国労の組合員であり、被告は、同保線区の区長の地位にあった者である。
被告は、昭和63年5月11日、羽越本線出戸駅構内において、原告がバックルに国労マークのついているベルト(本件ベルト)を身に着けて作業に従事しているのを見つけ、就業規則違反を理由として、本件ベルトの取り外しを命じた上、翌日被告のところまで出頭するよう命じた。翌12日、朝礼点呼の際、本荘保線区事務室内の職員に対し、原告に対し教育訓練する旨告知し、原告を被告の面前に着席させ、午後4時30分まで就業規則全文の書き写しと、その後感想文の作成、書き上げた就業規則の読み上げを命じた。原告が就業規則を書き写している間、被告は常時原告を監督することはなかったものの、原告が手を休めると、早く書くよう怒鳴ったり、机を蹴って大きな音をたてたり、原告が用便に行くのを一時制限するなどした。
原告は、帰宅後腹痛が起きたため、翌日の年休を求めたところ、一旦はこれが認められたが、その後被告の判断でその申し出が認められなかったため、翌13日に出勤したところ、被告は原告に対し、前日に引き続いて就業規則の書き写しと読み上げを命じた。原告は就業規則の書き写しを始めたが、午前10時半頃、更に11時頃腹痛を訴え、胃潰瘍の病歴があることを説明したことから、被告は就業規則の書き写しを止めさせ、国労の物を身につけることは就業規則3条の職務専念義務に違反する旨を告げた。原告は、その後病院で診察を受けた結果、翌14日から同月20日まで入院するに至った。
原告は、本件ベルトの着用は組合活動としての性格を何ら有していないこと、職務専念義務に何ら反するものではないことを主張し、仮に本件ベルトの着用が就業規則に違反するとしても、被告による本件教育訓練は原告に対するしごきであって、正当な業務命令の裁量の範囲を明らかに逸脱した違法があり、不法行為を構成すると主張して、被告及びその使用者である被告会社に対し、それぞれ、慰謝料100万円、弁護士費用10万円を支払うよう請求した。 - 主文
- 1 被告らは、原告に対し、各自金25万円及び内金20万円に対する昭和63年8月18日から支払済みまで金5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し、その4を原告の、その余を被告ら(連帯)の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 服装の整正について
就業規則20条3項では、被告会社の認める以外の「腕章、胸章等」の着用を禁止しているが、ベルトは服装に関しての必需品であり、明らかに腕章、胸章類のように殊更に何らかの表示のため着用される類のものとは異なるものである。しかしながら、本件ベルトのバックル部分に貼り付けられた国労のマークは、国労バッジと機能的には同質のものと評価され、同条項が組合バッジ等の着用を禁止した経緯などに照らすと、本件ベルトも一応は規制の対象となり得るものと解するのが相当である。
原告による本件ベルトの着用が、旅客に対して、嫌悪、不快感を抱かせ、若しくはその虞があることを認めるに足りる証拠はないから、右理由が直ちに本件ベルトの着用を規制する合理的な理由にはならない。職場規律の維持、それ自体は企業が存続していく上で必要不可欠なものであり、特に国鉄の抱えた危機的な状況や、新たに発足した被告会社が抱える使命などを考慮すれば、被告会社にとっては、職場の規律を維持することが一般の私企業に比較して、なお一層の重みを持っていることは否定できないところではあるが、なお原告による本件ベルトの着用を就業規則20条に反する違法なものとして制限できるとすることには疑問があるといわざるを得ない。
本件ベルトの着用は、国労組合員としての帰属意識、連帯をより一層強め、ひいては組合全体の団結心を高める心理作用を促進するものであり、その意味で原告による本件ベルトの着用は広い意味における組合活動の一面があることは否定できない。しかしながら、原告による本件ベルトの着用も、組合の指示に基づく組織的、集団的なものではなく、個人的な活動の域を出ていないものであって、組合活動としての職場規律への影響はほとんど考えられないこと、本件ベルトは、リボン、ワッペン等のように何らかの主義主張を表示しているものではなく、本件ベルトの着用による職場規律への影響は少ないと考えられること、原告は当時施設係として稼働しており、旅客との接触のない業務であって、本件ベルトの着用によって被告会社の業務が阻害されることもないことが認められる。
右のような性質を有する本件ベルトの着用を、労使の対立を持ち込むとの理由で規制することは、結局労使間に対立的な状況がある場合には、組合活動の色合いのあるもの全てを制限できるに等しい結果をもたらすものであって、かかる結果は、憲法上認められた労働者と使用者の対等な労使関係を損なうものとして是認できない。
2 職務専念義務について
職務専念義務とは、労働者が労働契約に基づきその職務を誠実に遂行しなければならない義務というに尽きるのであって、それ以上に、肉体的にも精神的にも、全ての活動力を職務に集中し、就業時間中職務以外のことには一切注意力を向けてはならないことまでも要求されるものではないと解するのを相当とする。したがって、労働契約上の義務と何ら支障なく両立し、使用者の義務を具体的に阻害することのない行動は、必ずしも職務専念義務に違反するものではない。
原告による本件ベルトの着用は、広い意味における組合活動としての一面があることは否定できないけれども、原告の担当する業務の内容、性質からして、被告会社の業務が具体的に阻害され、あるいはその虞があるものとはいい難いものであること、原告は本件ベルトをベルトとして使用しているだけであり、その態様からしても業務阻害の虞はないこと等に照らすと、原告による本件ベルトの着用は、就業規則3条の職務専念義務に違反するものではないというのが相当である。
勤務時間中において、労働者が業務を阻害する態様の組合活動をすることの許されないことは自明である反面、労働者の勤務時間中における行動或いは態度等が、「組合的色彩」を多少なりとも帯びることだけを理由に、これが一切許されないとすると、憲法28条が労働者に対して保障した団結権を結果的には侵害する事態を招来することがないとはいえない。しかるが故に、就業時間中における組合活動の制限についても、使用者はおよそ本来の業務を阻害する虞のないような態様のものについては、自ずから一定の受忍すべき範囲が存在するものと思料される。
これを本件について見ると、原告による本件ベルトの着用が労働契約上の義務の履行と何ら矛盾することなく両立し、本件ベルト着用は広い意味での組合活動としての一面があるにせよ、それは個人的な域を出ないものであり、またその表示機能も自ずから限界があるのであり(腕章や胸章等と違って殊更目立つ場所に着用しているわけではなく、表示機能も決して高いものではない)、本件ベルト着用による職場規律への影響は少ないものといわざるを得ない。以上の諸点を考慮すると、会社としても、これを受忍し或いは是認すべき程度、態様のものと判断される。
以上のとおり、原告による本件ベルトの着用は、就業規則に違反しない行為というべきである。したがって、被告による本件教育訓練の業務命令は理由がないといわざるを得ないが、被告が本件教育訓練の業務命令を発したこと自体が、直ちに違法となり、原告に対する不法行為を構成するものとはいえない。けだし、使用者は、労働契約上、労働者に対し業務命令権を有し、その一環として教育訓練を原則として自由に労働者に命ずることができるから、教育訓練を命じたことにつき合理的な理由がなかった一事をもって、直ちに本件教育訓練が違法ということはできない。
3 本件教育訓練の違法性
本件教育訓練の違法性についてみるに、就業規則の書き写し行為それ自体は、一定の苦痛を伴うものであるが、教育訓練としての目的、効果、方法等に照らし、これをもって直ちに違法なものとはいえないけれども、被告による本件教育訓練は、多数の職員の面前で原告の行為を非難した上、他の職員のいる事務室において、およそ1日半にわたって就業規則の書き写し等を行わせたものであり、その間、職員の前で原告を大声で怒鳴ったり、原告が用便に行くのを制限するなど、原告の本件教育訓練に臨む態度が必ずしも真摯なものではなかったことなどの事情を考慮しても、教育訓練としては著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。本件教育訓練は、それ自体による効果よりも、いわば見せしめによる効果を狙った懲罰的な教育訓練といわざるを得ず、しかも、就業規則に違反していないにもかかわらず違反しているとしてなされたことをも併せ考えれば、かかる教育訓練の方法は、原告の人格を著しく侵害し、教育訓練に関する業務命令の裁量の範囲を逸脱した違法なものであって、原告に対する不法行為を構成するといわざるを得ない。したがって、被告は民法709条により、被告会社は民法715条により、それぞれ本件教育訓練によって生じた原告の損害について賠償責任を負担する。
4 損 害
原告は以前から胃潰瘍に罹患し治療を受けていたところ、昭和63年5月13日の本件教育訓練中に腹痛を起こし、翌14日から同月20日まで入院したが、原告の腹痛は胃潰瘍の既往症があったにせよ、本件教育訓練による精神的な苦痛がその一因になっていることは否定せざるを得ないところである。右の事情や、その他本件教育訓練に至った経緯、本件教育訓練の内容等、本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、原告が本件不法行為によって受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、20万円をもって相当と判断する。また、弁護士費用は5万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 憲法28条、民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例690号23頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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秋田地裁−平成2年(ワ)第94号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 1990年12月14日 |
仙台高裁秋田支部 − 平成2年(ネ)第142号 | 控訴棄却(上告) | 1992年12月25日 |