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N市水道局技能手心臓死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
N市水道局技能手心臓死事件【過労死・疾病】
事件番号
名古屋地裁 − 昭和50年(行ウ)第23号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金名古屋支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1979年06月08日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
Mは、昭和24年4月よりN市水道局に35歳で採用され、昭和43年4月16日下水道処理場に配転になり、死亡時まで技能手として勤務していた。右期間のうち、昭和46年1月までの約3年間は、1日目午前8時30分から翌朝午前8時30まで、実働18時間、休憩2時間、仮眠4時間、2日目勤務明け、3日目午前8時30分から午後5時15分、実働8時間の「2408」三交替勤務、それ以降死亡までの1年9ヶ月間は、1日目午後4時30分から翌朝9時30分まで、実働16時間、休憩1時間、2日目夜間勤務終了当日は勤務明け、3日目及び4日目午前8時30分から午後5時15分まで実働8時間の「16088」の4交替勤務であった。

下水道処理場の夜勤の作業内容は筋肉労働は少ないが、冬季は寒風に吹きさらされてする作業であり、かつ寒暖の激しい屋内外へ頻繁に出入りし、更に合計42段の階段の昇降を伴うものであった。Mは夜間交替勤務に配置換えになった後の昭和43年10月より高血圧症等で通院・治療し、昭和45年5月に第1回の狭心症発作を起こしたが、その後昭和47年8月まで発作は生じなかった。

昭和47年11月4日、MはN市の下水道処理場において夜間に勤務をしていたところ、冠状動脈硬化症を発症し、急性心臓死した。Mの妻である原告は、Mの死亡は公務に起因するものであるとして、被告に対し、地方公務員災害補償法に基づき公務災害の認定を請求したところ、被告は本件疾病は公務に起因したものとは認められない旨決定(本件処分)した。原告はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対し、地方公務員災害補償法に基づき昭和48年8月8日付でなした公務外認定処分はこれを取り消す。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。
判決要旨
地方公務員災害補償法31条の規定の趣旨は、国家公務員災害補償法15条、18条、労働基準法79条、80条、労働者災害補償保険法1条と同旨であり、右地方公務員災害補償法31条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、公務と死亡との間に相当因果関係のある場合でなければならないと解すべきである。しかし、死亡が公務遂行を唯一の原因とする必要はなく、既存の疾病(基礎疾病)が原因となって死亡した場合であっても、公務の遂行が基礎疾病を誘発又は増悪させて死亡の時期を早める等、それが基礎疾病と共働原因となって死亡の結果を招いたと認められる場合には、労働者がかかる結果の発生を予知しながら敢えて業務に従事する等災害補償の趣旨に反する特段の事情がない限り、右死亡は公務上の死亡であると解するのが相当である。

Mの死亡は、疾病の自然的経過のみでは説明できない。同人には昭和39年に本態性と考えられる高血圧症が発症しているが、昭和43年に至る期間の血圧値の上昇は極めて軽度であり、その頃の健康状態は、合併症のない軽症高血圧症とみるのが相当であり、1〜2年のうちに狭心症などの合併症が発症すると予測することは困難であった。Mの冠危険因子としては、高血圧、喫煙、情働ストレスの三者が考えられるが、高血圧は比較的軽症であり、喫煙も1日20本程度では心筋梗塞に関係がないとされているから、結局情働ストレスを最も重要視せざるを得ない。時間的経過の上からみても、配置転換されて約1年後の発症であって、その間の夜勤交代勤務がもたらすストレスが狭心症発症の主要な原因をなした可能性は充分にある。

Mは、昭和45年12月の定期検診時における冠状動脈硬化症は、前年の狭心症発作が心筋壊死を伴う心筋梗塞であった可能性が想定され、この時期のMの作業内容は身体的労作、寒冷暴露、無理な作業姿勢、跋行、階段昇降を伴うものであって、心臓に対する負担の増大になっていたことは明らかである。また夜間交代制勤務に伴う生体リズムの乱れが、総体として、疾患の進展に促進的に作用した可能性も否定できず、Mの死亡は、かねて存在していた冠状動脈硬化症が、身体的労作、寒冷暴露を伴う長時間夜勤交替制勤務を継続することによって増悪を重ね、遂に死亡するに至ったものというべきである。

Mの従事した「2408」、「16088」の勤務体制は、その間に仮眠時間4時間、休憩時間が前者は2時間、後者は1時間を含むとはいえ、生体リズムに逆らい、かつ労働の適正限界時間を超える夜勤長時間労働であった。これに加え作業内容は一定時間騒音と寒冷に曝露され、急激な動作を含み、無理な中腰姿勢を伴い、寒冷の差がひどく、階段を昇降し、公共性のある事業のためそれ相応の精神的緊張を伴うなど、総体的にストレスの高い職場であり、更にMの死亡直前の10月中旬から11月にかけては寒暖の変化、降雨が重なって通常以上の過重労働となっていた。他面、極めて代休の取りずらい状態にあることなどを考え合わせると、50代半ばを超えるMに疲労回復のために必要な休養が与えられていたとはいい難い状況であった。これら作業内容は、高血圧症ないし冠状動脈硬化症を有しているMにとってはその疾病に悪影響を及ぼすものであったにもかかわらず、昭和43年4月夜勤交替制勤務に就けられ、その後心電図異常や眼底変化が現れたこと、慢性湿疹、頭部脱毛症が現れたことなどを考え合わすと、夜勤交替制を伴う労働がMの高血圧を狭心症の併発へ、更に狭心症を増悪させて死亡に至らしめたものと認められる。

本件はMが夜間勤務に従事中の急死であって、死亡原因は冠状動脈硬化症による急性心臓死であり、急性心臓死の誘因として心身の慢性的過労状態が重要因子であること否定できず、しかも右過労状態は専ら夜勤交替勤務の継続によって生じたものと認められるから、Mの死亡は冠状動脈硬化症とMに課せられた公務の遂行による過度の肉体的精神的負担とが共働原因となって心臓疾患を急激に増悪させ、同人の死亡を招来せしめたものであると認めるのが相当である。

公務起因性が認められるためには、公務と疾病死亡との間に因果関係の存在することが必要であるが、一般に災害による傷病死亡の場合の因果関係は比較的明瞭であるけれども、高血圧症や冠状動脈硬化症のように慢性的疾病を有している者が死亡した場合には公務による慢性的疲労との共働関係を明確にし難い場合がむしろ通例であることは否定できない。しかし、高血圧症や冠状動脈硬化症を患っている労働者の従事する作業内容が、その持っている疾病に悪影響を与えるとされる性質のもので、しかもその作業従事期間が長期間にわたる場合には、当該業務の影響が基礎疾病と共働して発病ないし死亡の原因をなしているものと推認するのが合理的であり、このような場合にまで、発病ないし死亡直前に突発的又は異常な災害が認められない限り公務起因性を否定する見解は失当であり、本件は正にこのような事例であるから、災害主義を前提とする支部裁決、再審査裁決はこれを是認することはできない。もっとも、Mがかかる結果の発生を予知しながら敢えて業務に従事したということならば、それは最早公務上の死亡といえないところ、医師は狭心症の発作が頻発したのでMに休職を勧めたが、同人は平常通り休養することなく出勤していたことが認められる。しかし、Mとしては昭和44年5月に一度狭心症発作を起こした後は、昭和47年8月まで発作を起こしておらず、同年9月以降の発作も短時間に寛解していたため、自己の冠状動脈硬化症が重症に陥っていたとは思いもよらずに夜勤に就いたものと推認され、Mが死亡の結果を予知しながら敢えて夜間勤務に就いたとは認められない。従って、本件死亡についてはMにも健康管理上の手落ちがあるけれども、そうでるからといってその公務起因性を否定することはできない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条
収録文献(出典)
判例時報946号31頁
その他特記事項