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N県職員心臓死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
N県職員心臓死事件【過労死・疾病】
事件番号
長野地裁 − 昭和45年(行ウ)第9号
当事者
原告個人1名

被告地方公務員災害補償基金長野県支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1979年06月21日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
FはN県の職員であり、昭和39年12月頃から不整脈に気付き、昭和40年1月頃から喘息症状が現れ、食欲不振、嘔吐、むくみ等がひどくなり、同年3月23日に入院し、心房細動を伴う僧帽弁狭さく兼閉鎖不全との診断を受け、治療の結果、完全に正常ではないが経過良好として、同年5月1日に退院した。

Fは、昭和42年5月、飯山市にある下水内地地方事務所に財政課長として赴任し、その担当事務に加え、同年12月に所長が入院してからは、事実上所長代理となり、益々多忙となった。Fは、同年11月30日から、死亡前日の昭和43年1月18日までの間に、前後16回にわたり、公用車その他の交通機関を利用して出張し(うち6回は宿泊出張)、2時間から5時間に及ぶ時間外労働をした。

Fは、同月18日、国道で雪崩が発生したため、同日午前8時40分頃、気温零下3度の中を、背広に長靴という軽装で幌付きジープに乗り事故現場にかけつけ、事故現場では約30分寒風に晒されながら災害復旧状況を視察した。Fは、事故視察から帰った後、翌日以降の研究会の打合会を午後4時30分頃まで行った後、午後5時30分退庁し、夕食を摂った後に帰宅し、翌朝朝食を取っている最中、午前9時頃突然死亡した。

Fの妻である原告は、Fの死亡は公務に起因するものであるとして、被告に対し、昭和44年1月21日付で、地方公務員災害補償法31条により遺族補償年金の請求をしたところ、被告は同年3月13日付で公務外認定をし、遺族補償年金を支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が昭和44年3月13日付で原告に対してした地方公務員災害補償法による公務外認定及び遺族年金を支給しない旨の処分を取り消す。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。
判決要旨
Fは、その死亡前の職務がかなり多忙であって、心臓疾患を有するためもあって疲労が蓄積しており、殊に死亡直前の雪崩事故視察がその心身に大きな負担となって、同人の既存疾病である僧帽弁膜症に対し悪影響を及ぼしたであろうことは容易に想像できるところ、被告は、Fの死因は、同人が日常生活において食塩の摂取制限、ジギタリス剤の服用などの養生方法を守らずに心臓疾患を増悪させた結果によるもので、公務に起因するものではないと主張する。認定事実によると、Fは食塩の摂取制限が十分でなかった疑いが濃厚であり、ジギタリス剤も死亡直前2週間位は服用していなかった可能性が大きく、また死亡前6ヶ月位前の体重が標準体重に比較しかなり肥満傾向にあった。

これらの事実がFの心臓疾患に対しどのような影響を及ぼしているかについて考察すると、まずジギタリス剤は蓄積作用があるので、これを2週間位服用しなかったとしても、心臓疾患の悪化に対してそれほどの影響を及ぼしたものとはいえない。次に、Fが昭和42年9月に入院した病院で診察を受けた時は、徐々にではあるが快方に向かっており、また死亡直前の昭和43年1月7日に診察を受けた時にも、心臓には急死を予知するような所見は見当たらなかった。これらの事実及びFの僧帽弁膜症の発症から死に至るまでの経過に照らすと、Fの予後はそれほど悪くなかったものと推定し得るのであるが、昭和42年12月から所長代理を兼ねるに至り、過労が激しくなるとともに寒気も重なって風邪を引き、十分な休養を取らないまま公務に従事したために風邪を悪化させたことが推測されるのであって、昭和42年12月初旬までにFの心臓疾患に格別の異常が現れていないことから考えると、Fが食塩制限をせず、肥満傾向にあったとしても、それが僧帽弁膜症を悪化させる原因になったと推認することは困難であり、公務起因性を否定する理由とはなし難い。以上により、被告の主張は直ちに採用できない。

雪崩事故視察のため、背広姿で寒風に吹き晒されたことにより体熱を奪われ、交感神経を過度に刺激し、代謝を亢進し、更に感染を誘発し、心血管系に極めて悪い影響を与えたこと、ジープの長時間走行により血圧が急激に上昇し、心筋酸素消費量が急速に高まり、交感神経の過度の緊張が強いられ、心血管系に悪い影響を与え、心臓の状態を急激に悪化させたこと、唇の色が悪いのは、チアノーゼを来していると解され、汗をかきやすかったのは心臓に対するストレスが過度になっていると推測されること、心室心筋の興奮性を高め、心室細動を惹起する好個の条件を作り出したと推測されること、以上の認定事実によると、Fは、その既存疾患たる僧帽弁膜症により心臓の機能がかなり劣っており、身体活動を軽度に制限されていたにもかかわらず、職場における人事及び健康管理が全く不十分であって、職務に対する責任感の強いFとしては、心臓疾患を有する者として、非常に過重かつ過激な公務の遂行を余儀なくされたため、その症状を極度に悪化させ、その死期を著しく早めたものと推測されるのであって、Fの死亡について公務が相対的に有力な役割を演じているものというべきである。

ところで、地方公務員災害補償法31条にいう公務上の死亡には、公務の遂行と公務員の死亡との間に相当因果関係が要求されるところ、本件のように公務員が既存疾病を有する場合においても、公務の遂行によって既存疾病を急激に増悪させ、その死亡時期を著しく早めた場合には、その公務員がかかる結果の発生を予見しながら、あえて公務に従事するなどの特別な事情がない限り、これをもって公務上の死亡というべく、この場合通常の公務と比較して著しく過激ないし過重である必要はないと解すべきである。これを本件についてみるに、Fがその死亡を予見しながらあえて本件公務に従事したという特別の事情も認められない以上、Fの死亡は公務に起因するものと解するのが相当であり、これと異なる判断に基づく被告の本件処分は違法であって取消を免れない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条
収録文献(出典)
判例時報946号46頁
その他特記事項