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電機機械器具等製造会社女性技術者精神障害事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 電機機械器具等製造会社女性技術者精神障害事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成19年(行ウ)第456号
- 当事者
- 原告個人1名
被告国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年05月18日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告(昭和41年生)は、大学理工学部を卒業した平成2年4月、電機機械器具製造業等を業とする本件会社に入社して、平成10年1月に深谷工場に配属になり、平成13年4月、液晶生産技術部アレイ生産技術担当に配属になりプロジェクトリーダーを務めていた女性である。
深谷工場では、液晶ディスプレイ製造ラインのM1ラインとM2ラインがあり、規模の大きいM2ラインでは月産2万5000枚の規模で短期間での製鋼を目指す「垂直立ち上げ」が行われていたところ、原告はM2ラインプロジェクトに専門のドライエッチング担当として加わるようになった。原告の担当するドライエッチング工程では、平成12年9月下旬頃からトラブルが頻発し、原告はその対応に追われるようになった。
原告の平成12年11月から平成13年4月までの6ヶ月間の労働時間を見ると、8時間を超える時間外労働時間数は、それぞれ、40時間30分、85時間5分、70時間48分、77時間2分、75時間23分、67時間29分であり、休日は、それぞれ、10日、9日、9日、8日、7日、8日となっていた。
原告は、平成9年6月以降の定期健診でいずれも経過観察とされ、平成12年6月以降の診察では不眠症と診断され、平成13年4月頃に抑うつ状態を発症したと診断された。原告は、平成12年12月から平成13年4月の間の業務は、ドライエッチング工程のリーダーを務め、リーダー会議等の負荷が加わったこと、M2ラインプロジェクトはこれまでで最大であり、立ち上げ期間が非常に短い垂直立ち上げであったために質的に過重な労働であったこと、平成13年1月以降ドライエッチングの工程でトラブルが多発したことから原告はその対応に追われたこと、立ち上げが予定より大幅に遅れたことについて上司から厳しく叱責されたことなどにより業務による負荷が一層過重になる中で、精神障害を発症して療養生活に入ったことは過重な業務に起因するものであるとして、平成16年9月8日、熊谷労働基準監督署長に対し、療養補償給付及び休業補償給付の支給を請求した。これに対し同暑長が、平成18年1月23日付けで不支給処分(本件処分)としたことから、原告はこれを不服として審査請求をしたが棄却され、更に再審査請求をしたが3ヶ月を経過しても裁決がなかったため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 熊谷労働基準監督署長が原告に対して平成18年1月23日付けでなした労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付たる療養の費用及び休業補償給付を支給しない旨の処分(ただし、平成14年9月7日以前の休業補償給付を不支給とした部分を除く。)はこれを取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 本件の原告の一連の業務形態を総合的に観察して看取できることは、当該業務の内容、スケジュール、業務遂行に当たってのトラブルの発生とそれに対する本件会社の対応等、労働時間という要因が、原告の心理的負荷に重層的に影響を与え、時間を追って亢進させていったということである。
第1に、原告の業務自体の心理的負荷について検討する。原告は、長年ドライエッチングを専門にし、M2ラインのガラス基板は、ポリシリコン液晶では当時世界最大だったこと、そのため原告の担当するドライエッチング工程では、天板の構造の異なる装置が導入されていたこと、原告としては、異なるプラズマ状態に対応する新たな条件を見つける必要があり、新規性の高い業務であったことという各事情が存する。これらは、上記プロジェクト自体が、原告にとっては、心理的負荷を与えるに十分なものであったことを指摘することができる。
第2に、スケジュールについて検討する。M2ライン立ち上げプロジェクトは、「垂直立ち上げ」のため、立ち上げ時間が短期間に設定されていたこと、M2ラインの立ち上げプロジェクトはM1ラインと比べても立ち上げの全期間が短縮されていたこと、第1期の立ち上げと第2期の立ち上げとが一部重なるスケジュールになっていたこと、平成12年6月時点の計画では、スルー流品開始からATロットまで約1ヶ月間あったのに、その後短縮され、最終的には試作品の検証期間が1週間とされたこと、そして平成13年3月時点では、生産開始、P―DATロット投入が大幅に遅れることとなったものである。以上のような過程を見ると、担当者である原告にとって、M2ライン立ち上げプロジェクトは、当初から非常にスケジュールが厳しく、その上スケジュール短縮等が一層厳しくなり、切迫した状況となって心理的負荷を増したことが指摘できる。
第3に、作業のトラブル発生について検討する。原告の担当するドライエッチング工程でのトラブルに対応することが求められたこと、特に平成13年2月以降、次々とトラブルが発生し、少なくとも第一次的対応は本件会社の担当者の原告が行っていたこと、原告は複数のトラブル対策の担当者とされ、特に条件出しについて、複数の上司から計画の前倒しを指示されるとともに、重要な問題であると指摘されたのである。上記のとおり、原告の関与した作業が切迫した状況下にあって、多くのトラブルが発生し、それに対応する責任を負わされるという事情は、原告の心理的負荷を更に重くしたものと認められる。
第4に、原告は、他の業務をしながら平成13年3月末までに引渡の際に必要な相当大量の書類を準備しなければならなかったこと、それに関連して、主務からこれまで経験したことがないほどの厳しさで叱責され、対応を迫られたこと、本件会社が同年4月以前に、原告に対して具体的な支援を講じたとは認められないことという各事情が認められ、これらの事情は作業が切迫して追い込まれた原告の心理的負荷を更に亢進させたものと言わなければならない。
第5に、原告の労働時間は相当長時間であり、深夜に及ぶ労働も少なくなく、十分な休暇を取得していたとはいえない状況であった。
以上のように、原告の業務を巡る状況を見ると、原告は、新規性のある心理的負荷の大きい業務に従事し、厳しいスケジュールが課され、精神的に追い詰められた状況の中で、多くのトラブルが発生し、更に作業量が増え、上司からの厳しい叱責に晒され、その間に本件会社の支援を得られないという過程の中で、その間長時間労働を余儀なくされていた。以上の原告に対する心理的負荷を生じさせる事情は、それぞれが関連して重層的に発生し、原告の心理的負荷を一貫して亢進させていったものと認められるのであり、上記のような原告の業務による心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であったといえる。
他方、業務以外の心理的負荷は特に認められない。また個体側の要因として、以前から疲れやすい等の自覚症状があり、不眠症、頭痛、神経症等の診断を受けているが、これをもって原告の脆弱性等があるとまで評価するのは相当でない。したがって、原告の業務以外に精神障害を発症させるような要因があったとは認められない。
以上によれば、原告の業務による心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であり、原告の精神障害の発症は、業務に内在する危険が現実化したものといえ、原告の精神障害について業務起因性を認めることができる。以上によれば、原告の精神障害には業務起因性が認められるのであり、業務起因性を否定する本件処分は違法であるといわなければならない。 - 適用法規・条文
- 労災保険法7条、12条の8、13条、14条、42条
- 収録文献(出典)
- 判例時報2046号150頁
- その他特記事項
- 本件は解雇無効確認等請求事件としても争われ、原告が雇用契約上の権利を有する地位にあるとされた(東京地裁平成16年(ワ)24332号、平成20年4月23日判決、労働経済判例速報2005号3頁以下に収録)。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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