判例データベース
北大阪労基署長(居酒屋店長)心筋梗塞控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 北大阪労基署長(居酒屋店長)心筋梗塞控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成21年(行コ)第7号
- 当事者
- 控訴人個人1名
被控訴人国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年08月25日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)
- 事件の概要
- 控訴人(第1審原告)は、平成12年9月、居酒屋チェーン店を経営する本件会社に雇用され、平成13年1月16日以降、同社直営店(本件店舗)の店長として勤務していた。
控訴人が担当していた業務は、売上管理、仕入管理、アルバイトの労務管理、清掃及び料理の仕込み等の開店準備、調理作業、接客作業、後片づけや清掃等閉店作業、宣伝のチラシ配布、店長会議(月2回程度)への出席であった。
控訴人は、平成13年3月13日午後8時頃、店内で胸の痛みを感じるとともに呼吸が苦しくなり、病院で診察を受けたところ、急性心筋梗塞と診断され、直ちに入院して治療を受け、その後職場復帰したが、長時間の深夜労働に耐えられないと考えたこと、退職勧奨があったこと等から平成15年12月末に本件会社を退職した。
控訴人は、労働基準監督署長に対し、平成14年3月27日から平成16年6月9日までに係る療養補償給付とその後の後遺障害についての障害補償給付の請求をしたところ、同署長は不支給の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、本件疾病と控訴人の従事した業務との間に相当因果関係が認められないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 北大阪労働基準監督署長が、控訴人に対して平成17年2月14日付けでした労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付及び障害補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
被災労働者に対して、労災保険法に基づく療養補償給付ないし障害補償給付が行われるには、当該労働者の疾病が「業務上」のものであることを要するところ、本件では労働基準法施行規則35条に基づき別表第1の2第9号「その他業務に起因することの明らかな疾病」により本件疾病が発症し、これが治癒した後もその身体に障害が存することが要件となる。ところで、労働者災害補償制度は、使用者が労働者を自己の支配下において労務を提供させるという労働関係の特質に鑑み、業務に内在ないし随伴する危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた以上、使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるとする危険責任の法理に基づくものであることを踏まえると、労働者の発症等を「業務上」のものというためには、当該労働者が当該業務に従事しなければ当該発症等は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず、業務に内在ないし随伴する危険が現実化して労働者に疾病の発症等の損失をもたらしたという相当因果関係(業務起因性)があることが必要であると解するのが相当である。
被控訴人は、業務の過重性を判断する際の休憩時間は、現に実労働に従事していなければ労働時間とは評価すべきではない旨主張する。しかしながら、業務によって生じるストレス反応は、休憩・休息、睡眠、その他の適切な対処によって回復し得るものであるのに、恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、ストレス反応が持続し、かつ過大になり、ついには回復し難いものになり、生体機能を低下させ、血管病変等が増悪することがあるという医学的知見に基づくものである。そうすると、実労働に従事していなくても何かあれば即時に実労働に就くことを要する場合は、休息を保障されず、業務によるストレスから解放されているとはいえないから、業務の過重性を判断する際にも、休憩時間ではなく、労働時間と評価すべきである。控訴人は、本件店舗内の更衣室兼倉庫において喫煙する程度であって、アルバイトだけでは対応出来ない場合には、直ちに対応しなければならかったのであるから、このような実労働に従事していない時間も、手待時間であって休憩時間とみることはできない。
2 本件発症と業務との相当因果関係(業務起因性)
控訴人の発症前1ヶ月間の時間外労働時間数は100時間を超えている。もっとも、控訴人に労働は、休憩時間は少ないが、月曜日から木曜日までの午後11時以降は手待時間があり、また控訴人の業務は高度な技術を要するものではない定型的な内容であり、そのほかの業務についてもアルバイトにも任せることができる内容であるから、特に精神的緊張を伴う業務とみることはできない。しかしながら、発症前1ヶ月間のうち控訴人が休日を取得できたのは僅か2日間に過ぎず、2月15日と22日は、本来休日であるのに店長会議に出席し、3月3日は前日が金曜日で比較的繁忙であるのに午前11時30分から開始された店長会議に出席し、その後本件店舗に戻って翌4日の午前3時10分まで勤務している。また控訴人は、同月8日に胸の痛みのために早退していたが、翌9日には午後3時49分から翌10日午前2時24分まで勤務した後、高槻店の応援のために同日の午後1時39分から勤務し、その後本件店舗に移動して翌11日午前5時12分まで勤務している。このような休日の少ない連続勤務は、控訴人に身体的、精神的に相当な負荷を与えるものと評価できる。
ところで、日常業務が深夜時間帯で固定されている場合には、その負荷は特に疲労を蓄積させるものとは考え難いが、控訴人は本件会社に勤務するまでは日中の時間帯に勤務しており、平成12年9月から深夜勤務となって、本件発症当時は深夜時間帯に勤務することに慣れてきたと見ることもできるが、他方で、店長会議や他店への応援の際には、日中の時間帯から勤務をすることになるから、深夜時間帯に慣れかけてきた生活リズムが乱れて自律神経のバランスを失わせる原因になったと推認できる。しかも、控訴人は、本件発症の約2週間前から前胸部に不快感を覚えるようになっていたのであるが、それ以降も休日を1日取得しただけで勤務を続けている。更に控訴人は、アルバイトとして本件会社で就労するようになってから僅か4ヶ月余、正社員になってから僅か3ヶ月余で本件店舗の店長になり、接客、調理、アルバイトのシフト管理、売上金の管理・送付、本社への書面での業務報告、店長会議の出席等多岐に亘業務に従事するようになったから、定型的な業務内容でアルバイトに任せることができるものの多いことを考慮しても、店長業務に慣れていない控訴人にとっては、それなりの負担であったと考えられる。
以上によれば、控訴人の発症前1ヶ月間の時間外労働時間数には手待時間がある程度含まれているとしても、控訴人の業務の労働密度が低いとはいえず、このような100時間を超える時間外労働に加えて、休日を十分取得できないことから、疲労を回復することができずに蓄積していったものと認められる。そして、1ヶ月当たりの時間外労働時間が45時間を超えると、徐々に疲労が蓄積していくと考えられるところ、控訴人の発症前2ヶ月の時間外労働時間数が73時間9分、同3ヶ月が71時間34分と1ヶ月当たり45時間を超え、業務と発症との関連性が強いと評価される80時間に近い時間外労働に従事していたことを併せ考慮すれば、控訴人の本件発症当時の疲労の蓄積は、かなりのものであったと認められる。加えて、平素は深夜勤務であるのに、店長会議や他店の応援のために日中から勤務を行うことで自律神経の変調を来していたものと認められる。
そして、冠攣縮の発症原因として、血管内皮の障害と自律神経の乱れが考えられるところ、控訴人の本件発症前の業務が疲労を蓄積させ、自律神経の乱れを生じさせるに足りるものであることからすれば、15年余の喫煙歴というリスクファクターを考慮しても、本件疾病は、控訴人が従事していた業務による精神的、身体的負荷によって、控訴人の血管病変をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったものと認めるのが相当であって、本件発症と控訴人の従事した業務との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。
したがって、控訴人の発症した本件疾病は、労働基準法施行規則35条別表第1の2第9号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するというべきであり、本件疾病に業務起因性がないことを理由として支給しないとした本件処分は違法である。 - 適用法規・条文
- 労災保険法13条、15条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2054号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大阪地裁 − 平成19年(行ウ)第11号 | 棄却 | 2008年12月22日 |
大阪高裁−平成21年(行コ)第7号 | 原判決取消(控訴認容) | 2009年08月25日 |