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神奈川(バス会社大和営業所)事件

事件の分類
その他
事件名
神奈川(バス会社大和営業所)事件
事件番号
横浜地裁 − 平成9年(ワ)第3771号
当事者
原告 個人1名
被告 バス会社、個人1名 A
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年09月21日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
被告は乗合バス事業及び貸切バス事業を営む株式会社、被告Aは被告会社の大和営業所長であり、原告は平成4年1月、被告会社に運転士職として採用され、以来大和営業所に所属する乗合バス担当の運転手として勤務していた。

原告は、平成9年8月1日、路線バスを運行中、自家用自動車と接触する事故を起こしたことから、被告Aは翌日から原告に対し営業所内の除草作業に従事することを命じ(「第1業務命令」)、原告は同業務命令に基づき、同年8月2日から25日までの間、休日を除く14出勤日にわたり除草作業を行った。被告Aは、同月29日から4日間、原告に対し、乗務準備個別教育・研修を行い、その中で服務規程の読習、書写しをさせた上、同月4日から原告に対し、添乗指導を受けることを命じた(「第2業務命令」)。原告は、同年10月7日、被告Aを試験官とする独車試験に合格し、同月10日から通常業務に復帰した。

原告は、本件事故の相手方車両は、違法駐車の上きちんとドアが閉められていなかったと考えられ、本件接触事故については原告に責任がないにもかかわらず、十分な調査をすることなくこれを原告の責任と決めつけて、突出して厳しい第1業務命令を発したこと、勤続歴5年以上の運転士である原告に対する第2業務命令は、見せしめ、嫌がらせであることを主張して、被告らに対し慰謝料200万円を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、各自金60万円及びこれに対する被告Aにおいては平成9年11月16日から、被告神奈川中央交通株式会社においては同月18日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを3分し、その1を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。

4 この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件事故の態様

隣接車線を通行する車両の運転手からすると、駐車禁止区域である路肩に車両を駐車した者が、運転席を離れる際にドアを完全にロックするであろうことにつき信頼を抱くことは相当なものであって、かつ原告には制限速度違反など交通法規違反が存在しないことを考慮すれば、原告には駐車車両に対してより周到な前方注視を行うべき注意義務はなかったものと解するのが相当である。よって原告には本件事故における過失はないものと認められる。乗客の話し声が大きかったこと、車内の冷房を最大で稼働させていたこと等の事実によれば、本件バス車外の音は相当聞こえにくかったことは認められるが、接触により相当程度大きな接触音が生じたと認められること、通常車両運転士は自己の運転する車両に異物が衝突した場合、何らかの異変を感じ取ることができるものであるところ、乗合バスの運転士には普通自動車運転手に比較して高度の注意義務を課せられていることからすれば、原告は通常程度に意識を運転に集中していれば、本件事故の音ないし震動を感じ取ることができたはずであって、原告が本件事故の音ないし震動に気付かなかったことについては、乗合バス運転士としての注意散漫があったと認められる。

2 第1業務命令の違法性の有無

被告Aが第1業務命令を行った際、十分に本件事故の状況を把握し、的確にその責任について判断したということはできず、また原告がこれに対して本当に反省していないかどうかさえ顧みることはなかったということができるから、被告Aの右業務命令は、不正確な認識のままなされたものであり、早きに失したと言わざるを得ない。

被告会社は、公共サービス事業たる乗合バス事業を行っているところ、たとえ服務規程上明確に下車勤務という文言が使われていなかったとしても、運輸省規則等の趣旨に鑑みれば、乗務から外すこと自体は、運行管理者たる所長の裁量によりなし得る処分である。よって、下車勤務の命令自体は、服務規程に直接記載がないことをもって違法ということはできない。また、大和営業所には相当程度の面積にわたり雑草が生えているものの、除草作業をする専従の作業員はいないのであるから、構内の除草作業は乗車勤務に就いていない運転士の誰かが行うものと想定されていたというべきであるから、下車勤務の通常の形態としての除草作業は、必ずしも認められないものではない。そして、原告には本件事故について過失が認められないとしても、原告の不注意により本件事故の発生を認識しなかったことは否定することができないので、被告Aが原告に下車勤務を命令したこと自体には違法の点はない。

ただ、第1業務命令についてみれば、被告Aは原告に対し、8月2日から就業時間中除草作業をすることのみを命じ、しかも原告が除草作業への従事を終えた同月25日までの間、被告Aその他の上司から右作業に期限あるいは作業範囲を指定したことはない。更に原告は、本件事故において全く過失がないのにもかかわらず、被告Aは十分な調査を尽くさないまま原告の有過失を前提にして右業務命令を発しているのである。そうであれば、除草作業自体が下車勤務の一形態として適法と認められるとしても、被告Aの一存で、期限を付さず連続した出勤日に、多数ある下車勤務の勤務形態の中から最も過酷な作業である炎天下における構内除草作業のみを選択し、原告が病気になっても仕方がないとの認識のもと、終日又は午前或いは午後一杯従事させることは、被命令者である原告に対する人権侵害の程度が非常に大きく、下車勤務の目的を大きく逸脱しているのであって、むしろ恣意的な懲罰の色彩が強く、乗車勤務復帰後に安全運転をさせるための手段としては不適当であり、所長の裁量によりなし得る範囲内ではあり得ないというべきである。したがって、第1業務命令は、原告が本件事故の発生に気付かなかったこと自体には原告の不注意があったと認められるとしても、就業規則の趣旨に反するのみならず、被告Aの所長としての裁量の範囲を逸脱した違法な業務命令であるというべきである。

3 第2業務命令の違法性の有無

第2業務命令は、8月26日に原告が挨拶に行った態度が良かったことを受け、その翌出勤日から除草作業等下車勤務から解いてなされた業務命令であるところ、第1業務命令がなされた発端が本件事故であることからすれば、被告会社としては、原告について、運転技術上の問題があると考え、その矯正を目的としてなされた業務命令であることが明らかであり、目的において正当である。またその手段としては、被告Aから班長運転士に対して原告の欠点と思われる事項が申し送りされている上、原告自らに運転させ、そこに添乗した熟練の班長運転士に、その度に個別に欠点を指摘させる方法を採っているのであるから、適切なものというべきである。よって、原告に対する第2業務命令は、もとより適法妥当なものであって、違法とは認められない。

4 損害額

以上のとおり、第1業務命令については被告Aの違法な命令であり、同人による不法行為が成立すると認められるところ、右不法行為が、原告がその結果病気になっても仕方がないとの認識のもとに行われた故意による不法行為であることを考慮すれば、これにより原告に生じた精神的損害は決して小さくないのであって、これを慰謝するに足りる金額としては、60万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条、715条1項
収録文献(出典)
労働判例771号32頁
その他特記事項