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島根(Y郵便局)事務官心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 島根(Y郵便局)事務官心臓死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 松江地裁 − 昭和51年(ワ)第102号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1980年09月10日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- 郵政省は、毎年の新年度開始に際し、郵便局に対し、貯金及び保険の目標額を設定し、その達成を要求し、これを受けて各郵便局では、昭和46年から50年頃までにかけては、外務担当局員の個人毎の目標額を設定したり、個人毎の成績を公表したり、成績優秀者をするなどしていた。
A(昭和3年生)は、昭和38年7月から郵政事務官としてY郵便局に勤務し、郵便貯金・簡易保険の募集・集金業務を担当し、Y村を巡回して郵便貯金、簡易保険の募集・集金活動を行っていた。Aは仕事熱心で、優績賞を3回も受賞するほどであったが、割り当てられた保険募集額を達成することは、Aにとって精神的・肉体的にかなりの負担となり、保険募集業務を始めると神経性胃炎に悩まされることもあった。Aは、昭和50年1月16日、勤務中に運転していた単車が転倒し、左鎖骨骨折の傷害を受け、同年5月中旬まで療養を続けた。Aは、5月中旬から業務を開始したが、入院以前のように早朝から夜遅くまで募集のために奔走することはせず、毎週通院治療を続けていた。
本件旅行会は、簡易生命保険に加入した会員の保険料の払込について団体取扱の認められた団体であり、この種の旅行会は約款上は郵便局とは別個の任意団体であるが、実際上は郵便局が旅行会員(保険加入者)の募集を行い、予定された会員数に達すると設立総会が開催されて正式に発足する事になっていた。このようにして組織された旅行会については、昭和50年頃まではその事務局が当該郵便局内に置かれ、事務局長に郵便局長が就任し、保険担当局員が事務局員として日常の事務を処理していた。被告は昭和44年の通達を始めとして、「旅行に関する事務は国の事務ではないこと」、「会員以外の職員の旅行参加は適当でないこと」、「職員の参加は年次休暇を利用して行うこと」などの指導をしてきたが、旅行会の日常の事務は郵便局の職員によって処理されていた。
Aは、昭和50年5月末、郵便局長から本件旅行に随行するよう勧められたが、療養後であり、旅費まで負担して随行したくないとして、これを断った。しかし、Aは同局長から旅費は負担しなくて良いとして随行を強く要請されたため、これを承諾し、他の2名の局員とともに随行することとなった。本件旅行は、同年6月5日夜から9日朝までの予定で、鹿児島、宮崎、別府などを巡るもので、会員中62名が参加したほか、郵便局からAら3名、旅行会社から添乗員1名が随行した。同月6日夜、ホテル内で会員の1人が狭心症の発作で倒れ、Aは医者の手配や、看病などをした。翌7日夜懇親会が行われ、その終了後、Aは同僚と歌ったり、踊ったりした後、12時過ぎまで飲酒歓談を続けたが、翌8日午前1時頃Aは苦しみ出し、午前1時半頃病院に搬送されたが、既に死亡していた。
Aの妻である原告は、本件旅行は公務遂行性があり、Aの死亡は公務に起因するものであるとして、国家公務員災害補償法に基づき遺族補償年金を請求したところ、被告は、本件旅行会は公務に当たらないとして、請求を拒否したため、原告は遺族補償年金の支給を求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告が、Yの死亡につき国家公務員災害補償法による遺族補償年金を受ける権利を有することを確認する。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 Aの死因
Aの死因は急性心臓死であったこと、急性心臓死は心臓に器質的基礎疾患がなくても極度の疲労等により心臓機能に限度を超えた負荷が生じた場合に発生することが認められる。
これを本件についてみると、Aは心臓に基礎疾患がないこと、昭和49年9月からかなりの精神的肉体的負担を伴う保険募集業務の外勤として仕事を続けてきたこと、Aは昭和50年1月16日勤務中に単車の転倒事故により3ヶ月間の入院治療、1ヶ月間の自宅療養後、同年5月中旬から職場に復帰したものの、なお通院治療を続けていたこと、このような状態のもとで、Aは同年6月5日夜からかなりの強行日程の本件旅行に随行し、鹿児島、宮崎などを巡り、この間中心となってバス、列車内での乗員数の確認、座席の指定・誘導、車内での食事の世話、病人の看護、懇親会での幹事役等を行ったこと、これによりAの心身に課せられた疲労が7日夜にはその極に達していたことが認められ、右に認定したほかにAに疲労をもたらすような原因を認めることはできない。してみれば、Aの急性心臓死の原因としては同人の随行した本件旅行中に生じた心身の過労状態が重要因子になったものと認めざるを得ない。
2 Aの随行した本件旅行の公務遂行性
この種の旅行会が約款上は郵便局とは別個独立の団体であることは明らかであるが、実質上は郵便局によって保険募集業務の一方法として組織されるものであって、このようにして組織された旅行会は自主性が乏しく、昭和50年当時には事務局が当該郵便局内に置かれ、事務局長に当該郵便局長、事務局員に保険担当局員が就任し、これらの局員によって日常業務が処理されていたこと、本件旅行のような団体旅行はこの種旅行会の本来の目的であって、保険担当局員による旅行随行は保険募集業務を円滑に遂行する上で利点を持ち、会員の側では局員が旅行に随行して世話をするのが当然であるという意識を持ち、局員の側でも旅行に随行して世話をしなければならないという意識があったこと、昭和50年以前においてはこの種の旅行について局員の随行が常態化していたことが認められる。したがって、実際上は、昭和50年当時においては、Y郵便局の保険募集業務と本件旅行の随行を含む本件旅行会の事務との区別があいまいなままの状態で同郵便局員らによって処理されるという運用がなされていたものとみることができる。しかも、Aの本件旅行への随行は、郵便局長から強く要請されたことによるものであって、旅行先から同局長に対し毎日旅行経過の報告が行われていたことからみると、同局長の本件旅行の随行要請は、正式に業務命令と明示されたものではないとはいえ、特別の業務命令と同視し得る実質を持っていたものと理解できる。もっとも、Aによる本件旅行の随行について年次休暇扱いがなされているが、これは通達との抵触を避けるためにとられた形式上の措置であって、このことによって右要請が業務命令の実質を持つことを直ちに否定することになるとは考えられない。
このようにみると、Aの本件旅行への随行は保険募集業務に附随するものとみ得るのであり、旅行会による被告の保険募集業務を円滑に実行するために直接的、具体的に関連する行為と認められ、しかも特別の業務命令に基づくものである。そして、Aが本件旅行会で会員に対して行った世話も、随行の過程のうちでサービス的延長として必然的に伴う行動をいうを妨げない。
被告が「会員外の旅行参加は適当でないこと」、「職員の旅行参加は年次休暇を利用して行うこと」等の通達を出しているが、旅行随行が保険募集業務に前記のような利点を持つこともあって、昭和50年当時においては右通達が必ずしも徹底された形で運用されていなかった。しかも、Aの本件旅行随行に対するY郵便局長の業務命令が右通達に違反するものであったとしても、右通達違反の点は、被告の業務運営の必要上その内部関係における処理の問題を残すに留まり、Aに対する関係で業務命令の効力を否定することはできないというべきである。したがって、右のような通達の存在及び業務命令の通達違反ということをもってしても、Aの本件旅行随行行為の業務遂行性認定の妨げとはならない。
3 Aの死亡の公務起因性
公務上の死亡は、公務遂行に起因することを要するが、死亡原因が公務遂行と他の原因との競合によるものと認められる場合でも公務の遂行が相対的に有力な原因であれば死亡は公務遂行に起因するものと認められる。してみれば、Aの死亡の原因は急性心臓死であって、急性心臓死の原因として本件旅行中における心身の過労状態が重要因子であると認められ、しかも、本件旅行中の行動に公務遂行性が認められるものであるから、Aの死亡は公務遂行に起因するものというべきである。 - 適用法規・条文
- 国家公務員災害補償法15条
- 収録文献(出典)
- 労働判例350号16頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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