判例データベース

地公災基金京都市支部長(京都市消防局)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金京都市支部長(京都市消防局)くも膜下出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
京都地裁 - 昭和58年(行ウ)第15号
当事者
原告 個人3名 A、B、C
被告 地方公務員災害補償基金京都市支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1990年10月23日
判決決定区分
棄却
事件の概要
T(昭和28年生)は、昭和50年4月京都市消防局に採用され、消防学校を卒業した同年7月にS消防署勤務となり、1日24時間隔日勤務者として主に災害現場活動に従事していた。隔日勤務者の勤務形態は、午前8時30分から翌朝8時30分までの24時間が当番、翌々朝8時30分までが非番で、当番・非番(一当務)を繰り返し、5当務して2日の公休が基本となっていた。

Tは、昭和53年度には、3月に連続6当務、4月に連続8当務、6月に連続7当務と、基本の5当務を超えた例外的な連続勤務があった。Tの被災前3ヶ月間の夜間の出動回数10回は、他の消防小隊と比べて多かったが、これはTの所属する小隊全員同様であった。

Tの健康状態を見ると、昭和52年2月の人間ドックでは、血圧が110/75であり、その他の機能全てに異常が見られなかった。

Tは、昭和54年1月16日午前8時30分から勤務に就き、午前8時35分頃から、署員全員で体力錬成として、準備体操を行い、1周180mの道路を2周走った。Tはその後事務的作業に従事した後、午後から施設活用訓練に参加し、午後5時半頃帰署し、食事を摂った後の午後6時15分頃から、体力錬成計画に基づき、消防署の周囲を10周走行した。その後午後6時半頃、Tが署の操車場で寝ころび大きないびきをかいて眠っているところを同僚が発見し、応急措置をした上で病院に搬送したが、血圧が230/130と上昇し、同月20日午前1時47分死亡するに至った。

Tの父は、Tは(1)交替制勤務、変則勤務による潜在的反生理的業務負担、(2)訓練時の寒冷、(3)体力錬成のための訓練の駆け足が脳動脈瘤を破裂させ、死をもたらせたから、Tの死には公務起因性があるとして、昭和54年1月19日付けで被告に対し公務災害認定請求をしたところ、被告は同年7月25日付けで公務外認定処分(本件処分)をした。父は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求に及んだが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。なお、提訴後に父が死亡したため、その相続人である原告A、B、Cが原告の地位を承継した。
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
1 公務災害の判断基準

地公災法31条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右の負傷又は疾病と公務との間に相当因果関係のあることが必要であり、かつこれをもって足る。そして、公務上の災害であることを主張する原告において、この事実と結果との間の相当因果関係を高度の蓋然性により証明する責任、即ち通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得る程度の立証をする責任があると解するのが相当である。

被告主張のアクシデントの存在は、相当因果関係の存在を判定するための一要素ではあるけれども、地公災法31条等が補償の要件として、単に「公務上の死亡」等を挙げるのみで、現行法上「発症ないし増悪前の異常な出来事」を必要とする規定はないので、被告の主張は実定法上の根拠を欠くのみならず、現行労災補償制度が、沿革的に災害のみにとどまらず、業務上疾病をも併せて補償の対象としていることに照らすと、被災職員に基礎疾患がある場合であっても、その死亡が必ずしもアクシデントによって生じたものであることを要せず、死亡の原因となった負傷ないし疾病と公務との間に相当因果関係が認められる限り「公務上の死亡」と認定すべきであるであるから、被告の右主張は採用できない。なお、公務災害と認めるに必要な相当因果関係は、使用者である地方公共団体自身において、予見していた事情及び健全な常識と洞察力のある者が認識し得た一切の事情を前提として、公務によって所属職員の疾病又は死亡が生じたもので、即ち、公務なければ疾病、死亡がないといえる関係、または、それが公務に内在し又は通常随伴して生ずるものといえる場合など同種の結果発生の客観的可能性を一般的に高める事情にあると判断されることが必要である。

民法の不法行為では、事実上の因果関係と保護範囲ないし額の問題とを区別する必要が生ずるのに対して、地公災法上の死亡、疾病と公務の起因性においては、その保護の範囲ないし額は一定であって、公務起因性が認められる以上、その責任の範囲ないし額が一定率に法定されており、これに差異を設ける余地はない点で、不法行為の事実上の因果関係と異なる面があり、公務起因性の場合には相当因果関係につき結果発生の客観的可能性の予見ないし予見可能性が必要であると考える。

2 Tの勤務と発症との関係

Tの勤務していた消防職員としての日常業務は精神的肉体的負担が少なくないとはいえるけれども、(1)それが著しく過激ないし異常であって、これによりTは現実に相当な疲労を蓄積していたとまでは認められず、(2)Tの従前の健康状態に大きな異常はなく、定期健康診断においても、また人間ドックの結果でも全て異常がなく、血圧も極く正常であったのであるから、(3)Tの脳動脈瘤形成が右日常業務疲労蓄積に起因するとの事実は脳動脈瘤の形成の機序に照らしても、たやすくこれを認めることができない。

発症当日、Tは寒気に晒されたとしても、正午7.8度、午後6時5.5度と極低温ではなかったし、休憩時間が短かったとはいえ、極端な負担を要するものとはいえなかった。しかし、錬成訓練の駆け足は周外走10周がそれなりの身体的負担であり、競走ではなかったけれども、最後の180mを全力で走り、その直後倒れて嘔吐し、いびきをかいて眠り始めるなど、脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の症状を示しており、Tが倒れた直後の血圧が230/130で高い血圧値を示していたことなどに照らすと、Tの脳動脈瘤破裂はその直前の体力錬成訓練として行った駆け足によって生じたものと推認できる。

しかしながら、Tは当時25歳の青年男子で、当日までその健康状態には大きな異常がなく、定期健康診断によっても、人間ドックによっても血圧などに異常は発見できなかったのであるから、本件において、Tに既に脳動脈瘤が形成されており、それが破裂寸前にまで拡大していたことを予見する客観的可能性を見出すことはできない。そして、本件体力錬成訓練による駆け足が、自主的に行うもので周走回数や速度の指定もなく、訓練参加者は随時、自己の体力、体調に応じてこれを加減し、走行を注視することが自由にできるものであったことに照らすと、その走行前に厳密な身体検査をしてこれを予見すべきものとはいえないし、検証の結果によっても脳動脈瘤破裂の予防のための脳動脈瘤の事前発見方法につき最近若干の先駆的試案が発表されているがこれは未だテストの段階で、その方法が確立していないから、これを発見することは困難である。したがって、Tの本件脳動脈瘤破裂を事前に使用者である京都市が予見していたとか、またはこれを予見する客観的可能性があったと認めることはできない。

したがって、Tの脳動脈瘤破裂と公務との因果関係に相当性を欠き、その間に相当因果関係を認めるに足る証拠がないから、これを公務起因性があるとは認められない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法
収録文献(出典)
労働判例590号91頁
その他特記事項