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中央労基署長(建設会社)心不全死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 中央労基署長(建設会社)心不全死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成10年(行ウ)第223号
- 当事者
- 原告個人1名
被告中央労働基準監督署長、労働保険審査会 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年12月12日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下(控訴)
- 事件の概要
- T(昭和31年生)は、大学卒業後の昭和55年4月、K建設に入社し、以後本社内勤の時期を除いて各工事現場に派遣され、現場監督業務に従事していた。
Tは、小児喘息の既往を有しており、K建設に入社直前に重積発作を起こして、呼吸困難、チアノーゼ、血圧低下に陥り、大量のステロイドを投入して救命されたことがあった。
またTは、入社半年後の昭和55年10月、気管支喘息の重積発作を起こして入院したことがあり、これ以降、昭和60年の初旬頃までは、K建設はTの体調に配慮し、札幌近郊の現場や室内作業などの業務に当たらせていた。
Tは、昭和60年4月から9月まで小樽市のビル新築工事の現場作業に従事し、同年9月末から11月末まで、佐呂間の工場新築工事現場において業務に従事したが、午前6時ないし7時30分頃に出勤し、帰宅時間は午後8時から9時頃、遅いときは午後11時になるときもあり、帰宅後も設計図面の作成等をすることもあった。また、Tは昭和61年12月に急遽M建設に出向を命じられ、昭和62年4月末まで同社東京支店足立営業所新築業務に従事したが、その後も同年9月末まで埼玉県川口市の新築工事の現場主任として勤務することとなったため、単身赴任生活が続いた。
昭和62年7月9日、クレーン作業が予定されていることから、Tは通常通り出勤したが、風邪気味のため病院で受診したところ、気管支喘息が認められたために投薬を受け、1時間程度で作業に戻った。当日、午後4時30分頃鉄骨建方が完了し、その後作業所で翌日の段取りの確認が行われた後、Tは徒歩で病院に向かい、午後5時30分頃病院に着いたが、受付窓口付近において倒れたため、同病院で直ちに救命措置が施したが、Tは午後5時40分頃、気管支喘息による喘息発作、気道狭窄、窒息状態を原因とする心不全により死亡した。
なお、M建設出向中におけるTの時間外実労働時間数は、昭和62年1月40時間、2月60時間、3月168時間、4月150時間、5月63時間、6月81時間、7月(8日まで)21時間となっており、納期前2ヶ月間の3月及び4月は極めて長時間に達し、Tが取得した休日も、3月が1日、4月が2日に過ぎなかった。
Tの妻である原告は、Tの死亡は業務に起因するものであるとして、平成元年7月7日、被告に対し、労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は平成3年3月25日付けでこれらをいずれも不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告中央労働基準監督署長が原告に対し平成3年3月25日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 原告の被告労働保険審査会に対する請求を却下する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用の2分の1と被告中央労働基準監督署長に生じた費用を被告中央労働基準監督署長の負担とし、原告について生じたその余の費用と被告労働保険審査会に生じた費用を原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 労災保険法における業務起因性の判断
労基法79条、80条及び労災保険法7条1項にいう「労働者が業務上死亡した場合」、「労働者の業務上の死亡」とは、労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、負傷又は疾病と業務との間には相当因果関係のあることが必要であると解すべきである。そして、この理は、労基法施行規則35条別表第1の2第9号に定める「その他業務に起因することの明らかな疾病」の認定、すなわち非災害性の傷病の業務起因性の有無の判断を行う上においても、何ら異なるところはないと解するのが相当である。
また、労働者災害補償制度は、業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に傷病等をもたらした場合には、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の填補の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものと解され、この制度の趣旨に照らすと、業務と傷病との相当因果関係の有無は、経験則、科学的知見に照らし、その傷病が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。
そして、上記業務に内在又は随伴する危険が現実化したといい得るか否かを判断するに当たって、危険の程度は、基本的には、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者を基準として判断すべきであるが、労働者の中には、何らかの基礎疾患を有しながらも、特段の勤務軽減までを必要としないで通常の勤務に就いている者も少なからずいることから、上記の基準となるべき平均的労働者には、このような労働者も含めて考察すべきであり、基礎疾患を有しながら通常の勤務に就いている者が、ある業務に従事したことにより、その基礎疾患を自然の経過を超え、有意に悪化させたと認められる場合には、その悪化は当該業務に内在し又は随伴する危険が現実化したものとして、業務との相当因果関係を肯定すべきである。
2 業務起因性の判断
Tの気管支喘息は、昭和61年4月から7月までの現場勤務において、長時間労働に加え、それまで経験のない単身赴任や実質的現場責任者という立場により精神的な負担及び生活の質の低下を強いられたことにより、それまでの軽症から急激に悪化に向かい、これが十分回復しないまま、小樽の現場と同様、身体的精神的負担の大きい佐呂間の現場での勤務に就いたことにより、更に増悪・慢性化し、いつ致死的な重積発作を引き起こしてもおかしくない状態に陥っていたものと推認することができる。そして、Tは佐呂間の工事終了後、ある程度の長期間通常の内勤業務に戻り、単身生活を解消して生活の質を向上させ、並行して気管支喘息の治療に専念して症状を軽症化・安定化させることが望ましい病態であったにもかかわらず、僅か2週間の本社内勤の後、M建設出向を命じられ、再び単身で生活しつつ現場での長時間労働を強いられており、Tの気管支喘息は、これを回復させる機会のないまま、重症又はこれに近い状態で推移し、遂には、そのような状況の中で発生した重篤な発作のため死に至ったものというべきである。Tの従事した現場業務は、その労働時間だけを見ても、通常人にとってすら極めて過重な業務であったといわざるを得ない。
更に、喘息患者の約半数では即時型反応による発作の後、4〜8時間後に再び遅発型反応による発作を起こすとされているところ、Tは死亡当日の午前10時頃、喘息発作を起こして受診していたから、作業を継続すれば遅発性発作を起こす危険性が増大し、入院ないし休養を要する状況にあった。そして、Tはこの1回目の発作について加療を受けた後、医師から安静を勧められたが、当日はクレーン作業が予定されており、作業を延期、変更することができないため、現場に戻って作業を続けざるを得ず、そのような中で2回目の発作を起こしたと認められるところ、Tが当日入院するなどして安静を保ち、あるいは東京出向の後継続的に診察・治療を受けていた宿舎近くの病院で診察を受けるなどしていれば、喘息発作による死亡という結果を回避できた可能性も十分考えられる。以上を総合勘案すると、Tの死亡と業務との間には、相当因果関係があるというべきである。
以上、Tの死亡はその従事した業務によるものと認められ、これを覆すに足りる証拠はないから、業務起因性を否定して労災補償給付を不支給とした本件処分は、その判断を誤った違法なものというべきである。 - 適用法規・条文
- 労働基準法79条、80条、労災保険法16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例845号57頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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