判例データベース

札幌労基署長(運送会社)脳内出血死控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
札幌労基署長(運送会社)脳内出血死控訴事件
事件番号
札幌高裁 − 昭和55年(行コ)第5号
当事者
控訴人札幌労働基準監督署長

被控訴人個人1名
業種
分類不能の産業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1984年05月15日
判決決定区分
原判決破棄(控訴認容)
事件の概要
F(大正9年生)は、炭坑を離職後、昭和48年9月からP運輸に作業員として就労していた。Fの業務内容は、発送ターミナルにおける前日の伝票整理及び積み残し荷物の点検、S電機に出向しての日計表の作成し、S電機の出先からの注文に応じた品物の取揃え、伝票・荷札の作成・荷札付け、伝票の突合等、発送ターミナルに戻っての荷物の降ろし、仕分け、作業責任者としての作業員の指導などであった。 

 Fは、昭和49年6月の定期健康診断において、胸部X線検査により精密検査が必要とされ、腫瘍の疑いがあり他病院での精密検査が必要で要注意との指示がなされ、同年8月3日の再検査では軽作業可の指示がなされたが、Fはこの結果をP運輸に報告することなく平常勤務を継続していた。

Fの勤務時間は午前9時から午後6時まで(休憩1時間)、休日は日曜日とされていたが、出勤時間は送迎バスの関係で変動があり、月1回の休日労働の外、午後8時頃まで時間外労働をするのが常であり、有給休暇の取得は1日であった。

 昭和49年8月10日、Fは午前9時36分に出勤後、通常の業務を行った後、S電機に出向し、通常の作業を行った後、午後4時頃発送ターミナルに戻り、仕分け作業等を行っていた午後5時10分頃挙動がおかしくなり、病院に搬送されたが死亡するに至った。

 Fの妻である原告は、Fの死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告はこれを不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、Fの死亡を業務上の事由によるものと認め、本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
判決要旨
 労災保険法12条の8第2項による労災保険法上の保険給付を請求し得るためには、同項で援用される労働基準法79条、80条の規定により「業務上死亡」したことが要件とされるが、ここに業務上死亡したとは、労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならない。

 Fは、P運輸に入社当初は専ら荷物の積卸し等の作業に従事していたが、昭和48年10月頃事務的職務を主体として行うようになり、1ヶ月に1回位の割合で休日労働に従事していたが、その際は荷物の取降ろし等は行わず、積み残し荷物の点検等簡易な作業に従事していた。Fは、前職での事務職としての経歴を買われてP運輸札幌支店へ入社し、その後間もなくS電機の荷物の発送を受け持つようになって、勤務時間の半分以上を事務的業務に費やすこととなり、そのため、Fの作業量は同僚に比して可なり少なかった。

 昭和49年6月の定期健康診断において、Fは胸部X線検査により精密検査が必要とされ、それを受けた胸部X線直接撮影により腫瘍の疑いがあり、他病院で精密検査が必要で要注意との指示が出され、Fはその後市立病院で2度検査を受け、8月3日の再検査では軽作業可の指示がなされたが、FはP運輸に結果を報告することなく従前と同一の平常業務を継続していた。

 以上の事実によれば、Fは、入社以来本来の勤務時間のほかに約2時間の時間外労働に従事していたが、そのうちの約2分の1以上が主として事務的職務であり、午後4時以降の肉体的労務も、P運輸への入社当初はともかく、約1年近く経過した本件発症当時にあっては、その業務の遂行が複雑、困難というものではないし、またそれ自体過激というものではないので、これによりFが精神的には勿論肉体的に疲労を蓄積するというものではなかった。なお、Fは入社以来1ヶ月に約1回の割合で休日労働に従事しているが、それとても、簡易な労務に約4、5時間従事するにすぎないものであって、これがFにとって格別、精神的、肉体的負担となるほどのものではない。こうした事実に鑑みるとき、Fは、昭和48年9月P運輸に入社後、昭和49年8月の本件発症当時に至るまでの間、平常業務の継続等により著しく血圧を高進せしめる程に精神的、肉体的疲労等を蓄積、増大させていたものとは認められない。また、本件発症当日のFの労務がそれまで日常的に繰り返し従事してきたものに比して、量的にも質的にも過重であったということは認められない。要するに、本件発症当時、Fに疲労の蓄積があった形跡はなく、また本件発症当日の業務が日常のそれに比し、質的、量的に著しく過重であったということもできない。

 更に、本態性高血圧症を基礎疾患として有する者は、平常時と異なる著しい精神的な緊張、興奮等が誘因となって脳出血を起こすことがあるが、反面、かかる誘因がないのに、平常時においても脳出血を起こすことがままあること、その誘因に関し、急激な温度の変化は別としても、通常の労働、特に日常的に行っている労働によって血圧が著しく上昇することはないこと、Fは本態性高血圧症の疾患を有するところ、網膜、心臓等全身にわたって動脈硬化が見られるなど長期間、高血圧症が持続し、増悪していたことが各認められ、加えて、Fはかねてより高血圧症の疾患を有していたにもかかわらず、長年にわたってその治療を受けないままにこれを放置していたのであり、これがFの症状を一段と悪化させた可能性があるところ、これらの事実と前記事実を併せ考えれば、Fの本件発症は、Fの長年にわたる高血圧症の病的素地の自然的推移の過程において、偶々業務遂行中発生したものであって、同人の業務に起因するものではないと認めるのが相当である。
 そうであるならば、Fの脳出血による死亡を業務上の事由によるものと認められないとして、労災保険法12条の8第1項に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとした控訴人の本件処分は適法なものということができる。
適用法規・条文
07:労働基準法79条

07:労働基準法80条

99:その他 労災保険法12条の8第2項

99:その他 16条2
99:その他 17条
収録文献(出典)
判例時報995号45頁
その他特記事項