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山口労基署長(貨物運送会社)くも膜下出血事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
山口労基署長(貨物運送会社)くも膜下出血事件
事件番号
山口地裁 − 平成元年(行ウ)第4号
当事者
原告個人1名

被告山口労働基準監督署長
業種
分類不能の産業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1991年02月21日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、昭和50年5月からO貨物運送会社(会社)山口支店に雇用され、同支店と広島支店との間を11トン積みの大型トラックで往復する定期便の運転手として稼働していた。原告は概ね午後5時頃山口支店に出社し、運転車両の点検をし、250ないし300kg(総量にして5ないし6トン)の荷物の積み込みを原告1人で行い、車両点検及び荷積みには約1時間を要した。

 広島便の運行系統には2系統あるが、いずれの場合においても、原告は午後7時頃山口支店を出発し、広島支店に到着し、午前4時ないし5時頃山口支店に到着し、総重量8トンの荷物を荷扱士とともに約30分ないし1時間で降ろし、その後車両の点検をして午前6時30分頃帰宅していた。原告はこのような広島便を週に6回運行し、日曜日は週休で、翌月曜日午後7時頃山口支店を出発するという勤務を繰り返し、祭日、盆休み2日及び年末年始休暇6日を必ず取っていた。

 昭和60年7月11日、原告は通常の勤務をしていたが、往路の国道において、対向車が追い越しをし、原告の運転車両の前に飛び出して来たため、原告はハンドルを急転把したので衝突は免れたものの、原告の車両が横転しかけるということがあった。翌12日、原告はほぼ通常通りの作業に従事し、午後7時頃山口支店を出発したところ、防府市路上において脳内出血を発症し、待避措置を講じたが十分な運転操作ができず、停車中の貨物自動車に追突して病院に運ばれた。原告はそこで受診した結果、脳動静脈奇形があり、巨大脳内血腫、くも膜下出血、脳室穿孔破、脳ヘルニアを発症していると診断され、翌13日病巣及び血腫の除去手術を受けた。
 原告は、本件疾病は業務に起因するとして、被告に対し、労災保険法に基づく療養補償給付を請求したところ、被告はこれを不支給とする処分(本件処分)をしたため、これを不服として審査請求、更には再審査請求をしたがいずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 原告の本件疾病は、本件基礎疾病を原因とするものであることが認められるところ、このように疾病が基礎疾病を原因とする場合で、当該業務が共働原因となって疾病が発症したときに、労災保険法所定の業務上のものであること、すなわち業務起因性が肯定されるためには、単に業務がその一因をなしていたというのでは足りず、当該業務が基礎疾病に比して相対的に有力な原因をなしていることが必要であると解するのが相当である。

 原告の運転業務は、山口・広島間の比較的近距離であって、その運転時間も1日約7時間程度で、原告は右広島便を本件発症まで10年間にわたって運行し、道路状況等右運行状態につき熟知していたと推認し得ること、右運行に伴う荷物の積み降ろし業務についても、いずれも通常30分内外であって、重い荷物はハンドリフトを使用することができ、また荷降ろしについては荷扱い士の協力を得ていたこと、原告が右業務のために拘束される時間は1日約13時間30分となるが、広島西支店において30分、広島支店において1時間程度の休息時間があったこと、原告は、休日、祭日等の休暇を確実に消化しており、本件事故直前においても同様に週休を取っていること、更に本件事故当時又は直前の業務内容も通常の業務と変化がなかったこと、本件事故発生の前日の運行の際、対向車の追い越しにより追突事故が発生しそうになったことが認められるものの、原告が10年間にわたって同一系統の運行を継続していることからして右事実が原告の精神的又は肉体的な過重な負担となったとは認められない。一方、原告の疾病たる脳働静脈奇形は、本件疾病である脳内血腫、脳室穿破及びくも膜下出血を来たしやすく、中でも脳働静脈奇形の70%がくも膜下出血を起こし、更に右くも膜下出血はあらゆる状況下において発症する可能性があること、原告の本件疾病に関する業務起因性を肯定する医師の意見においては、本件疾病が運転開始早々に発症したことに着目するものであるが、運転開始早々であったとしても、原告が10年間同じ運行を継続していたことに徴すると、本件基礎疾病を増悪させるほどの精神的緊張があったとは認め難いこと、原告は、昭和60年5月頃から睡眠不足を訴え、体重が減少していたが、その原因が原告の夜間勤務にあると断ずる資料はなく、かえって原告宅の隣家の増改築工事等による睡眠の妨げ等による影響が考えられること、以上の諸事実を総合勘案すると、原告の業務が本件疾病発症に何らかの関係を有したとしても、本件基礎疾病に比して相対的に有力な原因となって本件疾病が発症したものとは認め難く、むしろ本件事故時に原告の本件基礎疾病が自然的に悪化し、本件疾病が発症したものと認めるのが相当である。

 原告が10年間にわたり大型トラック運転手として夜間勤務に継続して従事してきたとしても、前記原告の勤務・休憩の態様、とりわけ職業的運転手として勤務し、また特に病気に罹患することもない健康体であって必要な休養に務めていることからすると、原告は通常の勤務者が感じる以上の疲労が蓄積した状態にあったとはいえないこと、本件基礎疾病はくも膜下出血を起こしやすく、右疾病を原因とするくも膜下出血は活動時にも安静時にも発症し、かつその誘因となるものは一定しないこと等右疾病の症状の特質に徴すると、原告が10年間にわたり大型トラックの運転手として夜間勤務を継続したことが本件疾病を悪化させたものとは即断し難いし、原告が右勤務により疲労が蓄積し、それが本件発症を早めたものともいうことができない。
 以上の次第で、原告の本件疾病につき業務起因性が認められないとした本件決定は正当である。
適用法規・条文
99:その他 労災保険法13条
収録文献(出典)
労働判例582号20頁
その他特記事項
本件は控訴された。