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山口労基署長(貨物運送会社)くも膜下出血控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
山口労基署長(貨物運送会社)くも膜下出血控訴事件
事件番号
広島高裁 − 平成3年年(行コ)第3号
当事者
控訴人個人1名

被控訴人山口労働基準監督署長
業種
分類不能の産業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1993年03月29日
判決決定区分
控訴棄却
事件の概要
 控訴人(第1審原告)は、昭和50年5月からO貨物運送会社(会社)山口支店に雇用され、大型トラックの定期便の運転手として主に山口・広島間を往復していた。

 控訴人は午後7時頃山口支店を出発し、広島支店に到着し、午前4時ないし5時頃山口支店に到着し、荷物を荷扱士とともに約30分ないし1時間で降ろし、その後車両の点検をして午前6時30分頃帰宅していた。原告はこのような広島便を週に6回運行し、日曜日は週休で、翌月曜日午後7時頃山口支店を出発するという勤務を繰り返し、祭日、盆休み2日及び年末年始休暇6日を必ず取っていた。

 昭和60年7月11日、往路の国道において、対向車が追い越しをし、控訴人の運転車両の前に飛び出して来たため、危うく控訴人の車両が横転しかけるということがあった。翌12日、控訴人はほぼ通常通りの作業に従事し、午後7時頃山口支店を出発したところ、防府市路上において脳内出血を発症して停車中の貨物自動車に追突して病院に運ばれた。控訴人はそこで受診を受けた結果、脳動静脈奇形があるなどと診断され、翌13日病巣及び血腫の除去手術を受けた。

 控訴人は、本件疾病は業務に起因するとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づく療養補償給付を請求したところ、被控訴人はこれを不支給とする処分(本件処分)をしたため、これを不服として審査請求、更には再審査請求をしたがいずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。

 第1審では、本件発症は控訴人の基礎疾患によるとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
 労災保険法による保険給付の一種類である療養補償給付が支給されるには、同法7条、12条の8第2項、労働基準法75条にいう「業務上の疾病」に該当すること、すなわち、当該疾病が労働者が従事していた業務に起因して発症したこと(業務起因性)の認定がなされる必要があるところ、労災保険法による保険給付は労働基準法に規定された危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する保険制度であることに鑑みると、業務起因性の認定においては、単に当該疾病が業務遂行中に発症したというだけでは足りず、業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化と認められる関係があるかどうかの判断が要請されると解するのが相当である。したがって、業務と業務に関連のない基礎的疾患等が共働して当該疾病が発症した場合において、業務起因性が肯定されるためには、業務に内在ないし通常随伴する危険が当該疾病の発症に相対的に有力な原因となったと認められることが必要であって、単に業務が当該疾病発症の誘因ないしきっかけに過ぎないと認められる場合は、業務起因性は認められないと解するのが相当である。ことに脳心疾患については、その発症の原因となる有害、危険因子としては日常生活を含めた多様な出来事が指摘され、また基礎疾患及びその促進因子は業務に直接関係ないものが多いことから、業務起因性の認定に当たり、業務が相対的に有力な原因となったと認められるには、当該疾病の発症前及び発症時の業務内容が労働者に過重負担となって当該疾病を発症させたと判定される必要がある。

 なお、右業務起因性の認定においては、その肯定を主張する被災者側に立証責任があるというべきであり、業務内容が当該疾病を引き起こす加重負担になったかどうかについては、業務起因性を否定する行政機関等の側に積極的立証活動を促すべきことは当然であるが、業務遂行中に発症したことをもって、直ちに右立証責任が転換されたとまで解するのは相当でない。

 控訴人は、本件疾病発症前の10年間にわたる長期間の過酷な夜勤労働により、生理的機能の予備力の限界まで負担が続き、右負担を回復できなかった結果、高血圧症を悪化させ、脳動静脈奇形の血管脆弱化を早める等の健康障害を引き起こして本件疾病が発症した旨主張する。確かに、深夜勤務は日勤勤務と比較して生理的機能の乱れによる労働者の生理的負担が相対的に強まり、生体の抵抗力あるいは生理的機能に影響を及ぼす可能性があると指摘されていることが認められる。しかしながら、控訴人の自動車運転業務は山口・広島間の比較的近距離を定期的に運行するもので、荷積み降ろし業務についても所要時間や業務形態からして過重負担となったとまでは認め難く、控訴人は勤務中の休息や週休等の休暇を取り、本件発症前においては特に病気に罹患することもなく来ていることが認められることからして、未だ生理的機能の予備力の限界まで達していたとまでは認め難いというべきである。更に、控訴人が罹患していた脳働静脈奇形は、先天的な血管奇形であり、加齢を重ねるに伴って増悪して血管壁が次第に脆弱化し、出血しやすい状態になっていくものであって、多くは40歳代ないし50歳代になって破裂してくも膜下出血等を来すことが認められる。そうすると、控訴人が主張するように同人が従事していた業務が脳動静脈奇形の血管脆弱化を早めたとは認め難く、少なくとも、右業務が相対的に有力な原因となって右血管の脆弱化を招き本件疾病を引き起こしたと認めるに足りる証拠はない。

 控訴人は、本件疾病発症の約3ヶ月前から睡眠不足を訴え、体重が約14kgも減少したことが認められるが、この間の業務内容は従前と変化がなく、それらの原因が夜間勤務にあると断じるに足る資料はないものであって、前日の事故もベテラン運転者である控訴人にとって、とりわけ過重負担となったことまでは認め難い。そして、確かに、脳動静脈奇形の破裂には血圧の上昇が関係するとされており、自動車の運転業務は、特に開始早々の時期等には血圧上昇を招く一因となるものであって、しかも控訴人の右業務は自動車運転の中でも比較的に精神的緊張を伴う大型車の夜間運行であったことが認められ、その意味から、控訴人の基礎疾患である脳動静脈奇形の破裂に自動車運転業務が共働原因として働いたことは否定できないといえる。

 しかしながら、脳動静脈奇形は、加齢とともに自然増悪し、血管の脆弱化が進行して、その限界に達した段階で、最後の要因として血圧上昇が加わって破裂に至るものであって、右血圧上昇は、自動車運転業務に限らず、排尿、排便、階段昇降、咳等の日常生活上の行為によっても生じるものであり、控訴人の脳動静脈奇形の破裂は、右日常生活のあらゆる機会に発生してもおかしくない状態にあったことが認められる。一方、控訴人が本件疾病発症時に従事していた自動車運転業務は、平常と変わらない、いわば慣れ親しんだ定期運行であって、運転開始後約1時間を経た状態にあり、ことさら右業務が過重負担となって急激な血圧上昇を招いたものとは認め難いといわざるを得ない。

 そうすると、控訴人の本件疾病は、加齢とともに自然増悪した基礎疾患の脳動静脈奇形が、偶々自動車運転業務中に発症したものと認められ、自動車運転業務による血圧上昇が共働原因となったとしても、それが本件疾病発症に対して相対的に有力な原因になったものとは認め難いという外ない。
適用法規・条文
07:労働基準法75条

99:その他 労災保険法7条

99:その他 労災保険法12条の8第2項

99:その他 労災保険法13条
99:その他 労災保険法14条
収録文献(出典)
労働判例649号79頁
その他特記事項