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佐賀労基署長(タクシー会社)脳内出血事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 佐賀労基署長(タクシー会社)脳内出血事件
- 事件番号
- 佐賀地裁 − 平成元年(行ウ)第6号
- 当事者
- 原告個人4名 A、B、C、D
被告佐賀労働基準監督署長 - 業種
- 分類不能の産業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1994年02月18日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- T(昭和15年生)は、昭和39年7月からトラック運転手、タクシー運転手として勤務した後、昭和56年11月頃からはHタクシーにタクシー運転手として勤務していた。
Tは、昭和55年頃、慢性肝炎及び慢性腎炎のため入院治療を受け、同56年頃、急性胆嚢炎、肝硬変、過敏性大腸炎のため入院治療を受けた。昭和56年7月から1年間のTの血圧は、概ね上が150前後、下が90前後であり、1度も高血圧症の治療を受けなかったところ、昭和57年9月28日、勤務開始後、高血圧性脳内出血(本件疾病)を発症し、同日から昭和58年7月2日までの間、入院治療を受けた。
昭和57年当時、労働省により「自動車運転者の労働時間等の改善基準」(改善基準)が定められており、その内容は、労働時間は変形労働時間制をとる場合には4週間平均して48時間以内、拘束時間は隔日勤務以外の運転者については14時間以内、最大拘束時間は16時間以内(ただし、常態として車庫待ち、駅待ち等の形態で就労する運転者については、勤務終了後連続した20時間以上の休息期間を与える場合には、24時間まで延長でき、16時間を超えることのできる回数は2週間を通じ3回を限度とする)、勤務と勤務との間の休息期間は8時間以上(最大拘束時間を24時間まで延長した場合には、勤務終了後連続した20時間以上の休息期間を与えなければならず、拘束時間が18時間を超える場合には夜間に4時間以上の仮眠を与えなければならない)、休日は休息期間に24時間を加算した連続時間とし、いかなる場合でも30時間を下回ってはならない、休日労働は2週間の総拘束時間が168時間を超えない範囲で行うことができ、その回数は2週間を通じて1回を限度とするとされていた。
Tは、昭和59年9月28日、本件疾病は過重な業務により発症したものであるとして、被告に対して労災保険法による療養補償給付及び休業補償給付の請求をし、被告は同年12月3日、これを支給しない旨の処分(本件処分)をした。Tは本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けた。Tは平成4年1月28日死亡したため、Tの妻である原告A、Tの子である原告B、C、Dは、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が昭和59年12月3日、Hに対してした労働者災害補償保険法による療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 労災保険法にいう「業務上の疾病」とは、当該業務に起因した疾病であり、これが認められるためには当該業務と当該疾病との間に相当因果関係があることが必要である。そして、労働者に当該疾病を発症させる基礎疾病がある場合には、当該業務の遂行による過重な負荷(業務の過重性)を受けてその基礎疾病がその自然的経過を超えて著しく増悪したことが認められなければ、相当因果関係があるということができない。そして、基礎疾病を有する者については、この業務の過重性は、基礎疾病を有しない健常人を基準に判断すれば足りるというべきではなく、当該業務における通常の勤務に耐えられない健康状態にあるような者は格別、当該業務における通常の勤務には耐えられる程度の基礎疾病を有する者を基準として判断すべきである。なぜなら、労働が現代人の主たる生活手段であり、健常な者のみが労働に従事しているのではなく、基礎疾病その他の身体的負因を抱えながら労働に従事する者も多いのであるから、このような者を無視して労働者の保護を全うすることはできないからである。本件疾病は高血圧症を基礎疾病として発症したものであるところ、Tは境界域高血圧症状を呈しており、昭和57年7月の健康診断の結果は、治療を要するとまではされておらず、まして勤務自体を禁止すべき状態にはなかったということができる。したがって、Tはタクシー運転業務における通常の勤務に耐え得る程度の健康状態にあったというべきである。
自動車運転者の業務の過重性をいかなる目安によって量るかは、種々議論のあり得るところであるが、改善基準が業務の過重性判断の一つの指標となり得るものというべきである。Tの発症前1週間の勤務状況を見ると、1日の拘束時間について平均22分超過している点で改善基準に違反しているが、その他の事項については改善基準は守られている。しかし、その直前の1週間について見ると、1日の拘束時間について平均2時間17分超過しており、最大拘束時間16時間を超過する勤務は3回あり、この内2回はその勤務後に連続20時間の休息期間がなく、9月18日の公休日は所要の32時間に9時間45分も不足する22時間15分の休息しかできていない点で、改善基準に大幅に違反している。この2週間における1日の拘束時間の平均は、15時間25分であって、発症前3ヶ月間のそれを5分超過しており、発症前3ヶ月間のうちでも勤務時間が長かったということができる。また発症前3ヶ月間では、1日の拘束時間について平均1時間20分超過しており、最大拘束時間16時間を超過する勤務は20回あり、このうち14回は勤務後連続20時間の休息期間が確保されず、休日に32時間の休養ができないことが14回の公休日のうち6回あり、休息期間8時間が確保されないことも2回あって、改善基準に大幅に違反している。そして、Tが前記のような健康状態にあったことを合わせ考えると、右のような勤務によって本件発症当時、Tの疲労の蓄積度は相当高かったと推認できる。
改善基準に違反していれば、当然に業務の過重性が認められるということはできないが、疲労の蓄積によって腎臓機能ひいては高血圧症状が悪化することが認められることを考慮すれば、少なくとも労働安全衛生法に基づく健康診断において「腎炎治療中 高血圧要観察」と判断された者が本件疾病発症当時の改善基準に違反する勤務に就いていた場合には、過重な負荷があったというべきであり、したがって、Tの前記勤務状況については、業務の過重性を肯定することができる。
以上のとおり、本件疾病は、境界域高血圧症状という基礎疾病が、過重な業務によって自然的経過を超えて著しく増悪した結果であるということができるから、業務と本件疾病との間の相当因果関係を肯定することができるというべきである。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法13条
99:その他 労災保険法14条 - 収録文献(出典)
- 労働判例679号83頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
佐賀地裁−平成元年(行ウ)第6号 | 認容(控訴) | 1994年02月18日 |
福岡高裁 − 平成6年(行コ)第3号 | 控訴棄却 | 1995年01月26日 |