判例データベース
静岡労基署長(M電機静岡製作所)脳内出血死控訴事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 静岡労基署長(M電機静岡製作所)脳内出血死控訴事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成3年(行コ)第139号
- 当事者
- 控訴人静岡労働基準監督署長
被控訴人個人1名 - 業種
- 分類不能の産業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1996年03月21日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)
- 事件の概要
- J(昭和14年生)は、昭和35年12月にM電機株式会社の本工採用になり、静岡製作所に勤務していた。同製作所では、販売店に対する応援を行っており、Jは昭和55年7月1ヶ月間M電器店に出張して応援業務に従事することになったところ、出張1、2週間前に応援業務の内容が据付業務から店頭販売業務に変更された。
Jは、同年7月1日から約1ヶ月間埼玉県所在のM電器に出張して販売応援の業務に従事するよう命じられ、これに従事したところ、同月5日午後4時頃から身体の不調を訴え、入院治療を受けたが、同月11日、脳内出血により死亡した。
Jの妻である被控訴人(第1審原告)は、Jの死亡は業務上災害であるとして、控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、控訴人は不支給決定(本件処分)をしたことから、被控訴人はこれを不服として本訴を提起した。
第1審では、出張中の業務が過重負荷であり、それが脳内出血の発症及びそれによる死亡の相対的有力原因であったとして、本件処分を取り消したため、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、第2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 Jの脳出血の業務起因性
派遣先のM電器店において、Jが実際に従事した仕事の内容は、チラシ配り、展示品の清掃、商品整理、通路の整理等であり、本格的な接客業務は未だ始まっていなかった。勤務時間中はほとんど立ちっぱなしの状態であるが、平日は来客も少なく、業務内容自体は軽作業というべきで、過重な身体的・精神的負荷を与えるものではなかったものというべきである。そして、通勤には約1時間20分を要したけれども、通勤時間帯の混雑状況は50%程度に過ぎず、格別大きな負担を与えるものではなかったと考えられ、Jの宿舎は静かな環境にあり、三人部屋ではあるが、Jは格別不眠を訴えていなかった。
もっとも、Jは初めての出張で緊張していたことや、経験したことのない販売業務に従事することに対する不安があり、新しい職場環境、生活環境に順応するためにも気を遣い、ある程度の精神的負担を感じていたことが認められるし、勤務時間以外にも、商品知識や接客の仕方等についても勉強していたことも認められる。またJはもともと無口で内向的な性格だったこともあって、販売応援業務に対し神経質になり、通常の者よりは強い負担を感じていたことを窺うことができる。しかしながら、これらは自発的学習といった要素が強く、現実に精神の集中を要する業務や肉体的労苦の大きい業務に従事した場合の身体的・精神的負荷とは同一視することができない。
出張中にJの従事していた仕事の内容自体は過重なものではなく、静岡製作所における約20年に及ぶ販売応援業務において、健康上の災害が発生したことがなく、また販売応援のためM電器店に派遣された者で、身体の不調を訴えた者や途中で切り上げた者はいなかったところ、Jが、本件業務その他出張中の生活によって、血圧や循環器系の生理機能に悪い影響が生じたことを窺わせる的確な証拠はなく、かえって、発症当日の血圧が正常値(120/80)であったことが認められる。してみれば、本件業務によってJにストレス反応が生じ、その結果脳出血が発症したとする被控訴人の主張は失当というべきである。
2 脳出血発症後の症状増悪についての業務起因性
被控訴人は、出張中の従業員に対する静岡製作所の健康管理体制の不備、Jの発症後の十分な看病、症状の監視体制等の欠如により、Jにおいて迅速な診断、治療を受ける機会を奪われたから、Jの死亡について業務起因性が認められる旨主張する。しかしながら、昭和55年7月5日午後4時頃Jはエアコン売場で気分が悪くなり、M電器店のソファで休み、午後5時頃乗用車で宿舎に送ってもらい、午後9時25分頃医師の診療を受けたこと、その時はJの意識もはっきりし、特に異常所見は認められず、血圧も正常値であったこと、医師も大丈夫といったので宿舎に帰ることになったこと、この間何度か吐き気を催したが、宿舎に着いた時もJは意識がハッキリしていて「寝ていれば直る」と言っていたこと、その後Kが徹夜で看病し、Kは翌日午前9時頃Lに事後を頼んで出勤したこと、午前10時頃Lは病院に電話して病状を確認し、心配ないとの返答を受けたのでそのままJを寝かせていたこと、午前11時10分頃Jがトタン屋根の上に倒れた状態でいたこと等の異常が認められたため、同宿の者や宿舎の従業員が午前11時20分頃救急車を手配して大学病院で受診させ、午前11時50分頃脳検査を受けた事実が認められる。したがって、Jは常にM電器の社員や同宿者らの介護、看病を受け、比較的早期に最初の医師の診断を受けることもできたというべきであり、また症状の進行が緩慢であり、J自身が「寝ていれば直る」と言っていたことや、「疲労によるもので心配ない」との医師の説明があったため、しばらく経過観察が続けられていたものであるが、その後のJの異常について同宿の者や宿舎の従業員が早い段階でこれに気付き、直ちに大学病院で受診させているから、これらの事実関係に照らせば、Jが出張中であったため迅速な診断・治療を受ける機会を奪われたということはできない。以上によれば、Jの死亡について業務起因性を認めるに足りないものというべきである。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法16条の2
99:その他 労災保険法17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例696号64頁
- その他特記事項
- (注)本件は、「静岡地裁昭和61年(行ウ)7号、1991年11月15日判決」の控訴審である。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
静岡地裁 − 昭和61年(行ウ)第7号 | 認容 | 1991年11月15日 |
東京地裁−平成3年(行コ)第139号 | 原判決取消(控訴認容) | 1996年03月21日 |