判例データベース
京都南労基署長(運輸会社)くも膜下出血死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 京都南労基署長(運輸会社)くも膜下出血死事件
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成5年(行コ)第31号
- 当事者
- 控訴人個人1名
被控訴人京都南労働基準監督署長 - 業種
- 分類不能の産業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1995年04月27日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)
- 事件の概要
- Yは、昭和57年6月からK運輸の従業員として、11トントラックにより、京都・東京間の長距離運転に1人で従事していた。このトラック輸送業務は、ほぼ2日間を1単位として行われており(隔日勤務)、往復の間に日曜・祝日が入るような場合や、復路の積荷の荷卸しの日時が指定されている場合には、京都到着後K運輸構内に荷積みしたままトラックを駐車させて帰宅し、翌日或いは翌々日等に荷物を搬送していた。
Yは、昭和58年4月10日午後10時頃、京都を出発し東京に7時間かけて運行し、トラック内で仮眠した後、荷卸し作業に従事したところ、翌11日午前7時頃くも膜下出血を発症して倒れ、同月14日死亡するに至った。
Yの妻である控訴人(第1審原告)は、Yの死亡は過重な労働に起因するものであるとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づく遺族補償給付等の支給を請求したが、被控訴人はこれを不支給処分(本件処分)としたため、その取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、Yの死亡を業務外として、本件処分を適法と認めたため、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が昭和59年2月28日付で控訴人に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付をしない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 死亡した労働者の遺族が労災保険法に定める遺族補償給付を受給するためには、当該労働者が「業務上死亡した」ことが必要であり、右の{業務上死亡した}とは、労働者が業務により負傷し、または疾病にかかり、右負傷または疾病により死亡した場合をいい、業務により疾病にかかったというためには、疾病と業務との間に相当因果関係がある場合でなければならない。そして、右の相当因果関係があるというためには、必ずしも業務の遂行が疾病発症の唯一の原因であることを要するものではなく、当該被災労働者の有していた病的素因や既存の疾病等が条件又は原因となっている場合であっても、業務の遂行による過重な負荷(業務の過重性)が右素因等を自然的経過を超えて増悪させ、疾病を発症させる等発症の共働原因となった認められる場合には、相当因果関係は肯定されると解するのが相当である。
自動車運転者の業務の過重性をいかなる目安によって量るかは、さまざまな議論があり得るところであるが、改善基準は、自動車運転者の労働条件について最低基準を定めることによって、労働条件の改善を図り、併せて過労等に基づく交通事故の防止に寄与することを目的としたものと解されるから、改善基準が業務の過重性判断の一つの指標となり得るものというべきである。
昭和58年3月16日から4月8日までの2日運行の各拘束時間は、3月20日、21日を除くと、3月26日、27日を除き最大限の21時間を超え、特に3月18・19日、22・23日、30・31日、4月1・2日は30時間を超えており、改善基準に大幅に反している。また休息期間は、3月16日から4月10日までの間につき、全てが最大限20時間を下回っており、隔日勤務の場合の休日(連続した労働義務のない44時間)は3月22日から4月11日までの間1回もなく、本件発症直前の総拘束時間は160時間に及び、改善基準の範囲内では到底認められないものであった。更に運転時間については、3月27日から4月2日までの1週間は51時間、翌3日から10日までの1週間は54時間30分であって、いずれも改善基準を大幅に違反している。
右認定に、Yの仮眠状況その他運転業務内容を併せ考えると、Yの3月16日から4月10日までの間の長距離トラック運転業務は、運転行為自体が長時間しかも夜間のため連続した緊張の持続を要求されていただけでなく、改善基準に違反する長時間の拘束、長時間運転が多く、休息は十分与えられておらず、仮眠すら十分取れず、本件発症前21日間は改善基準の定める休日もないという状況のもとに行われてきたものであり、このような業務の遂行により、Yは本件発症当時、慢性的・恒常的な睡眠不足・過労状態に陥っていたことが推認される。そして、右のような勤務状況は脳動脈瘤に対し、血管壁損傷とこれに対する修復機構という観点から明らかに不利に作用していることが認められるから、Yの右勤務状況に業務の過重性があるというべきである。
前記過重性が認められる業務の遂行によって、血管壁の修復過程に不可欠な睡眠による血圧の低下を十分に得ることができず、しかも夜間、長時間にわたる長距離トラック運転という過度の緊張状態副交感神経優位の状態に伴い種々の血管壁に対する攻撃因子が増大し血管壁の損傷を加速し、障害過程が修復過程を上回った状態を進行させたため、Yの基礎疾病である脳動脈瘤は自然的経過を超えて急激に脆弱化され、本件発症当時には破裂準備状態に至っていたところ、東京に到着後の短い仮眠後荷卸し作業に従事したことにより血圧が急激に上昇し、これが直接の誘因となって右破裂準備状態にあった脳動脈瘤を破裂させたくも膜下出血を発症させ、同人を死亡に至らしめたと認めるのが相当である。そうすると、本件発症は、Yの基礎疾病と過重な業務の遂行が共働原因となって生じたものということができるから、Yの死亡と業務との間に相当因果関係が存することを認めることができる。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法16条の2
99:その他 労災保険法17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例679号46頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|