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鳥取(電機会社)脅迫等控訴事件

事件の分類
その他
事件名
鳥取(電機会社)脅迫等控訴事件
事件番号
広島高裁松江支部 − 平成20年(ネ)第66号、広島高裁松江支部 − 平成20年(ネ)第109号(附帯控訴)
当事者
控訴人控訴人兼附帯被控訴人 個人2名 A、B

控訴人控訴人兼附帯被控訴人 鳥取(S電機)株式会社

被控訴人被控訴人兼附帯控訴人 個人1名
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年05月22日
判決決定区分
原判決一部変更 控訴:一部認容・一部棄却(上告)附帯控訴:棄却
事件の概要
 被控訴人兼附帯控訴人(被控訴人・第1審原告)は、昭和51年4月に控訴人兼附帯被控訴人(控訴人・第1審被告)会社に入社し、一旦退職した後、昭和59年6月、契約期間が1年の「準社員」(その後の制度改正で「新準社員」)として再就職した。

 被控訴人の所属部署は、平成16年頃から業績が悪化し余剰人員が発生したことから、被控訴人は平成17年10月から18年6月までの予定で、控訴人会社のマルチメディアビジネスユニットでの生産応援として、携帯電話の製造作業に従事した。

 控訴人会社の従業員C、Dは、平成18年5月10日、被控訴人から、Pは以前の会社で何億も使い込んで、今の職場に飛ばされた旨の発言を聞いたところ、Pは被害状況を課長Mにメールを送り、同課長は同月16日、C及びDから被控訴人の発言について確認したが、被控訴人はPの悪口を言ったことを否定した。

 被控訴人は、被告会社のE取締役に会い、サンプルの不正出荷や県外出向の強要がなされているなどと訴えたところ、人事課長である控訴人Aは、被控訴人がPへの中傷行為を2度にわたって否定するなど反省の態度が認められないことなど従業員として不相当であるとして、被控訴人を呼び出し、課長Mとともに面談した。本件面談の際、被控訴人は終始ふて腐れたような態度を示したことから、控訴人Aがその態度に腹を立て、感情的に大きな声を出して叱責する場面もあった。

 被控訴人と控訴人会社は、平成18年6月21日、契約期間を同日から平成19年6月20日までとする労働契約書を取り交わしたが、その際控訴人会社は被控訴人に対し、新準社員就業規則の懲戒事由に該当する行為があれば、譴責以上の処分を下し、懲戒解雇もあり得る旨の「覚書」への押印を求め、被控訴人はこれに署名押印した。

 同月、控訴人会社では携帯電話製造業務が終了することに伴い、被控訴人の新たな異動先を検討する必要が生じたことから、控訴人会社は被控訴人の希望勤務時間に沿う新たな就労場所として、清掃業務を主たる事業とするK社に同年7月11日付けで出向させることとした。なお、K社には36名の正社員が出向しており、被控訴人の労働条件に変化はなかった。出向直前の同月3日、担当部長である控訴人Bは、出向までの待機期間に原告に行わせる通常業務がなかったため、被控訴人に対して社内規程を精読するように指示し、被控訴人はこれに従事した。

 被控訴人は、控訴人A及び同Bの上記行為は、被控訴人に対する不法行為を構成するとして、控訴人A及び同B並びにその使用者である控訴人会社に対し、連帯して慰謝料800万円等を支払うよう請求した。
 第1審では、控訴人Aの不法行為を認め、その使用者である控訴人会社と連帯して慰謝料300万円を支払うよう命じたことから、控訴人A及び控訴人会社はこれを不服として控訴するとともに、被控訴人は不当な評価による賃金の減額分の支払いを求めて附帯控訴に及んだ。
主文
1 本件控訴につき原判決を次のとおり変更する。

2 控訴人会社及び控訴人Aは、被控訴人に対し、連帯して、10万円及びこれに対する平成19年6月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被控訴人のその余の控訴を棄却する。

4 本件附帯控訴を棄却する。

5 訴訟費用は、第1、第2審を通じ、被控訴人に生じた費用の60分の58と控訴人会社に生じた費用の30分の29と控訴人Bに生じた費用を被控訴人の負担とし、控訴人会社に生じたその余の費用と被控訴人に生じた費用の60分の1を控訴人会社の負担とし、控訴人Aに生じたその余の費用と被控訴人に生じた費用の60分の1を控訴人Aの負担とする。
6 この判決は、主文第2項、第5項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 面談の際の発言は不法行為を構成するか

 控訴人Aが被控訴人を呼び、本件面談に及んだのは、直接的には、E取締役から「被控訴人の話は不適切な内容なのでよく話を聞いて注意しておくように」との指示を受けたためであるが、具体的には、被控訴人がロッカールームで、「Pさんは以前会社のお金何億も使い込んで、それで今の職場に飛ばされたんだで、それで課長も迷惑しとるんだよ」とPを中傷する発言をしたことについて、その発言を直接聞いた女子従業員2名から確認しているにもかかわらず、被控訴人が2度にわたる面談で上記発言を否定した上、E取締役に「サンプルの不正出荷をしている人がいる」と述べるなど、依然として反省の態度が見られないこと、従業員の県外出向については労使間の協議を経て、従業員の雇用確保のために執った措置であるにもかかわらず、労使間のルールを無視して役員に直接電話を架け、かつ脅迫的な言辞を用いて妨害・中止させようとしたことについては従業員として不相当なことであるから注意・指導する必要があると考えたことによるものであり、本件面談の目的は正当であったといえる。

 しかしながら、被控訴人の中傷発言があったことを前提としても、本件面談の際の控訴人Aの発言態度や発言内容は、感情的になって大きな声を出し、被控訴人を叱責する場面が見られ、従業員に対する注意・指導としてはいささか行き過ぎであったことは否定し難い。すなわち、控訴人Aが大きな声を出し、被控訴人の人間性を否定するかのような不相当な表現を用いて被控訴人を叱責した点については、従業員に対する注意・指導として社会通念上許容される範囲を超えているものであり、被控訴人に対する不法行為を構成するというべきである。もっとも、本件面談の際、控訴人Aが感情的になって大きな声を出したのは、被控訴人が、横を向くなどの不遜な態度を取り続けたことが多分に起因していると考えられるところ、被控訴人はこの場での控訴人Aとの会話を同人に秘して録音していたのであり、被控訴人は録音を意識して会話に臨んでいるのに対し、控訴人Aは録音されていることに気付かず、被控訴人の対応に発言内容をエスカレートさせていったと見られるのであるが、被控訴人の言動に誘発された面があるとはいっても、やはり人事担当者が面談に際して取る行動としては不適切であって、控訴人A及び控訴人会社は慰謝料支払義務を免れない。もっとも、控訴人Aの上記発言に至るまでの経緯などからすれば、その額は相当低額で足りるというべきである。

2「覚書」に署名押印を求めたことが不法行為を構成するか

 覚書の記載内容は新準社員就業規則に照らして必ずしも不当であるとはいえず、裁量の範囲内の措置というべきものであって、控訴人会社が被控訴人と「労働契約書」を取り交わすに際して、「覚書」に署名押印を求めたことが被控訴人に対する不法行為を構成するとはいえない。同様に、控訴人会社が、被控訴人のK社への異動命令発令日付けで、前記「覚書」と同趣旨の「覚書」に再度署名押印を求めたことも、被控訴人に対する不法行為を構成するとはいえない。

3 社内規程の精読を指示したことは不法行為を構成するか

 控訴人Bが被控訴人に対して社内規程の精読を指示したのは、被控訴人に職場の規律を乱す問題行動が見られたことから、次の職場でも問題を起こさないためにも社内規程の理解を促す必要があると考え、出向直前の待機期間の指導の一環として行ったものであり、懲罰の意図あるいは退職を促す意図に基づくものとまでは認め難く、社会通念に照らして相当な措置であって、被控訴人に対する不法行為を構成するものであるとはいえない。

4 K社への出向指示が不法行為を構成するか

 控訴人会社は、携帯電話製造業務が終了することに伴い、被控訴人の新たな異動先を検討する必要が生じたところ、被控訴人が希望する勤務時間に沿う新しい就労場所として、清掃業務を主たる目的とするK社に出向させ、独身寮の業務を選定したこと、同年6月末の時点でK社には36名の正社員が出向しており、独身寮にも3名の女性従業員が清掃業務に就いていたこと、K社に出向しても被控訴人の労働条件に変化はなく、被控訴人のみを格別不利益に扱ったものではないこと等の事情が認められ、これらの事実によれば、控訴人会社が被控訴人に対してK社への出向を命じたことは、被控訴人を退職させようとの意図に基づくものではなく、被控訴人の就労先確保のための異動であり、企業における人事施策の裁量の範囲内の措置であって、被控訴人に対する不法行為を構成するものとはいえない。

5 人事評価に基づいて不当に給与を減額したか

 被控訴人に対する人事評価は、控訴人会社における人事評価制度及び労働組合との間で締結した協定書に定める基準に従ったものであるところ、被控訴人への「C」評価が不当であることを窺わせる事情は見当たらないことからすれば、企業における人事評価の裁量権を逸脱したものとはいえず、被控訴人に対する不法行為を構成するとはいえない。したがって、K社の一次評価に対する控訴人会社の介入が不法行為であることを前提とする給料減額分の損害金を求める部分にも理由がない。

6 損害額
 控訴人Aが、本件面談の際、大きな声を出し、被控訴人の人間性を否定するかのような不相当な表現を用いて被控訴人を叱責した点については、被控訴人に対する不法行為を構成するというべきである。もっとも、本件面談の際、控訴人Aが感情的になって大きな声を出したのは、被控訴人が、人事担当者である控訴人Aに対して、ふて腐れ、横を向くなどの不遜な態度を取り続けたことが多分に起因していると考えられるのであり、原判決が認容する慰謝料額は相当な額とはいえない。以上の事情及び本件に顕れた全事情を総合勘案すると、上記行為に対する慰謝料は10万円とするのが相当である。
適用法規・条文
02:民法709条,715条
収録文献(出典)
労働判例987号29頁
その他特記事項