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福岡海上保安部脳卒中事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
福岡海上保安部脳卒中事件
事件番号
福岡地裁 − 昭和52年(ワ)第1025号
当事者
原告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1986年12月09日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告(昭和3年生)は、昭和21年3月舞鶴地方復員局雇員に採用され、海上保安庁発足と同時に昭和23年5月1日門司海上保安本部勤務となった。その後原告は、主に各地の巡視船、巡視艇への乗組員勤務を経て、昭和45年4月、巡視船「よしの」の首席航空士に配置換えされた。

 昭和45年10月4日、原告は「よしの」船内で階段を駆け上った際通風用鉄パイプで頭部を打撲したが、そのまま勤務を続け、入港後も医師の診察を受けなかったが、同月9日午前中、係留中の「よしの」の船内で、整備作業、船内各部点検、計器調整等に従事し、午後報告書を完成させて福岡海上保安部に提出した後、午後5時から臨時乗組員の送別会に出席してビール3,4本を飲んで午後9時頃帰宅した。翌10日は休日であったところ、午前11時頃呂律が回らなくなり、医師の往診を求めたところ、脳卒中と診断され救急入院した。原告は入院後もしばらく重い病状が続いたが、同年11月中旬頃から快方に向かい、一応杖なしで独歩可能なまで治癒した。

 原告は、同年12月10日に退院した後、リハビリのための通院や半日の軽業勤務をしたりしたが、昭和46年7月28日、道路から転落する交通事故に遭遇し、頭頂部裂傷、頭骨線状骨折等の傷害を受けたため、その治療と脳卒中後遺症の療養を兼ねて、昭和47年3月2日まで入院した。そして、原告は同月10日に復職したが、同年5月頃から発言障害の症状を示し、更に同年7月にはうつ病を発症して、心療内科でも治療を受けるようになった。
 原告は、脳卒中の原因が「よしの」の船内での頭部打撲と、勤務による過労からきたものと考え、公務災害認定の請求をしたところ、昭和49年12月27日、海上保安本部長から公務外の認定がなされた。原告はこれを不服として人事院に審査の申立をしたが、この申立が棄却されたことから、人事院の判定の取消しを求めて東京地裁に提訴したが、右判定が行政事件訴訟法にいう処分、裁判等に該当しないとの理由で却下された。そこで原告は、発症した公務に起因する脳卒中に伴う権利を有する者であることの確認と、福岡海上保安部は原告の公務災害認定申請に協力すべき義務を負うにかかわらず、この義務に違反したとして債務不履行に基づく損害賠償1億1563万5015円の支払いを請求した。
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする
判決要旨
1 原告の脳卒中は頭部打撲に起因するか

 原告の脳卒中が「公務上の負傷に起因する疾病」であるかどうかの点についてみるに、原告主張の昭和45年10月4日巡視間「よしの」の船内での頭部打撲の事実は、原告が当時その打撲のことを勤務中の事故として届出ていないのは勿論のこと、上司や同僚、部下等にも一切話しておらず、発症の前、勤務先にも全く知られていなかった事柄である。そして、その後2年半以上の昭和48年6月頃からの原告の申し出に基づき、巡視鑑「よしの」の該当乗組員らについて調査した範囲では、右原告主張の事実を目撃したり、聞き知ったりしている者がなく、結局右原告の頭部打撲の事実は、原告と原告の妻が述べる以外に直接的な裏付け資料がないこととなる。従って、原告の脳卒中が原告主張の頭部打撲を原因として発症したとするには、合理的な疑問があるといわなければならず、原告の脳卒中は人事院規則の「公務上の負傷に起因する疾病」に該当しないというほかない。

2 原告の脳卒中は「公務に起因する疾病」に該当するか

 原告の主張は、脳卒中が過重勤務による過労、或いは前記頭部打撲と過労とが共通の原因となって発症したものであり、原告の場合、業務に関する突然の出来事、若しくは特定の時間内に特に過激な業務に就労したことによる精神的又は肉体的負担が当該労働者の発病に認められること等、各認定基準を充足しているというのである。

 右原告の主張のうち、脳卒中発症前の勤務状況については、原告は本件脳卒中の発症前、或いは頭部打撲の以前、「よしの」の首席航海士として勤務していたものであって、その不規則な船上勤務の特殊性、船舶運航のための船務以外に海上保安業務を担当する巡視船乗組員としての特徴、首席航海士の立場から来る職務上のストレス、業務班制度による仕事の偏り、「よしの」の設備・構造、その他の職場環境等も右認定のとおりである。そして、当時、「よしの」が船舶衝突事故である「土安丸」海難事故の捜査、廃油流出船の調査、フェリー船上から逮捕された重要破綻者の護送、大型漂流船の曳航その他幾つかの特記すべき業務を行っており、これに限らず、むしろその通常の業務過程において数多くの相当難しい業務に従事しており、原告に勤務からくる疲労の蓄積があったことも容易に推認できるところである。それに加え、原告は、脳卒中発症前日、行動中の「よしの」の船内で、寝つかれないまま、沿岸海難救助訓練報告書の作成に当たり、午前8時基地福岡港に入港後、午前中整備作業、午後再び右報告書作成に従事し、結局、前夜から徹夜をした上、午後5時頃からの送別会にも出席しているものである。

 しかし、「よしの」における勤務は、その内容が厳しかったとしても、特に通常と異なった勤務状態であったわけではなく、団体行動であって、いずれにしても、従来の業務に比し特に過激な精神的、肉体的負担を要するような特殊な状態なり、特別な事情があったというところまでは認められない。しかも、勤務上の疲労の蓄積と脳卒中との因果関係についても、その認定判断は著しく困難であり、通常の疲労の蓄積だけで脳卒中発症の原因となり得るかは疑義のあるところである。そして、公務災害制度における公務上の疾病かどうかの判定は、見解の分かれる事項について、一方の可能性があるという程度では足りず、当該疾病の原因と考えられる業務の状態等が医学上その疾病の原因とするに足りるものである等、積極的な根拠を必要とすると解するのが相当である。

 右のとおり、原告の場合、原告主張の請求原因は、各要件を充足しているとはいえないと考えなければならず、このことは、原告が偶々脳卒中発症の前日徹夜の作業をした上、夕方から送別会に出席したという事実を考慮に入れても、その程度では、結局原告の脳卒中は「公務に起因する疾病」には該当しないことになる。
 以上により、原告の本訴請求は、公務に起因する脳卒中に伴う権利を有する者であることの確認請求、被告の安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求共に、右脳卒中が公務起因して発症したとの点でその証明がないことに帰し、いずれも失当として排斥を免れない。
適用法規・条文
国家公務員災害補償法
収録文献(出典)
労働判例490号36頁
その他特記事項