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姫路労基署長(運輸会社)脳出血控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
姫路労基署長(運輸会社)脳出血控訴事件
事件番号
大阪高裁 - 昭和62年(行コ)第54号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 姫路労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1990年03月23日
判決決定区分
控訴棄却(上告)
事件の概要
 控訴人(第1審原告)は、運送業を営むG運輸に作業長として、主として配車業務に従事したほか、車両、設備及び預かった荷物の管理を担当し、また稀に短時間の運転業務、営業関係業務及び欠員補充要員として夜間当直にも従事していた。
 控訴人の勤務時間は、土曜日を含め、平均して午前6時30分頃出勤し、午後6時20分頃退社しており、夜間の当直のときはこれに引き続いて午後6時から午前7時まで勤務した。また、原告は、日曜日、祝日のほか月1回の指定休日を取っていた。
 昭和55年8月6日、控訴人は午前6時29分頃出勤し、長期預かり荷物の数量等の確認をした後、同7時20分上司の2人を自宅まで迎えに行き、同8時から配車業務に就いた。原告は午後6時に当日の配車業務及び車両、預かり荷物の点検を済ませて臨時の夜間当直業務に入り、夕食後盆期間の配車計画を立て、コンピューター用プログラム原紙の点検などをするうち、午後6時40分頃、高血圧性脳出血により左片麻痺、顔面神経麻痺(本件発病)を発症して倒れ、入院して治療を受けたが、その後も左不全麻痺、左半身知覚障害の症状が存続し、通院治療を受けるようになった。
 控訴人は、本件発病が業務に起因するとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づく療養補償給付の請求をしたところ、被控訴人は本件発病は業務外の事由によるものとして不支給処分(本件処分)をした。控訴人は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
 第1審では、本件発病は素因としての高血圧が自然的経過により増悪して発症したもので、業務との間に相当因果関係はないとして、請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
 昭和62年10月26日付けで労働省労働基準局長から出された新認定基準は、業務に起因することの明らかな疾病及び虚血性心疾患等の認定要件につき次のとおり示している。
(1)次に掲げるイ又はロの業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことが認められること。
イ 発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関連する出来事に限る)に遭遇したこと。
ロ 日常業務に比較して、特に過重な業務に就労したこと。
(2)過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が、医学上妥当なものであること。
 そして、右の「過重負荷」とは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の基礎となる病態(血管病変等)を、その自然経過を超えて急激に著しく増悪させ得ることが医学経験則上認められる負荷をいい、「異常な出来事」とは、極度の緊張、興奮、恐怖、驚愕等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態及び緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態並びに急激で著しい作業環境の変化をいい、「日常業務と比較して、特に過重な業務」とは、通常の所定の業務内容等に比較して、特に過重な精神的、身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうとされており、発症と業務との関連については、医学経験則上、以下の点が指摘されている。
(1)発症に最も密接な関連を有する精神的、身体的負荷は、発症前約24時間以内のものであると考えられる。したがって、この間の業務が特に過重な業務か否かが最も重要である。
(2)次に重要な負荷は、発症前1週間以内の精神的、身体的負荷である。この期間、日常業務に比較して特に過重な業務には至らないまでも、過重な業務が継続すると血管病変等の著しい増悪が引き起こされることとなる。
(3)発症前発症前1週間より前の負荷は、その発症についてみれば、直接関与したものとは判断し難い。つまり、発症から遡れば遡るほど、その間の負荷と発症との関連は希薄となる。
(4)過重性の評価に当たっては、業務量、業務内容、作業環境等を詳細に把握し、判断する必要がある。
 脳血管疾患及び虚血性心疾患等に関する専門家会議作成の報告書、専門医等の見解によれば、ストレスないし心理的負荷と脳出血との間における因果関係は医学的には現在においても十分には解明されていない。
 控訴人は本件発症までの間に約5年間も歯医者業務を経験し、これに習熟していたと考えられるのであり、本件発病前に特段新しい不慣れな仕事あるいは困難な仕事をさせられ緊張等していたということは全くない。また、昭和55年6月1日から同年8月6日までの間に日曜日が10回あり、このうち運行業務が実施されているのは5回のみであって、休日における運行業務は平日と比較してその量が少ないから、休日における控訴人の負担はさほど大きいものとはいえない。
 本件発病当日の控訴人の勤務状況をみるのに、従前と同様の業務についていたものであり、また当直業務も初めて従事するものではなく過去にも経験があるところ、本件発病前に異常な出来事は何ら発生していない。次に発症1週間前の業務内容について検討するのに、控訴人は平均して午前6時27分頃出勤して通常業務に従事し、午後6時10分頃には退社しており、また就業日には1日約3時間の残業をしているが、その間の8月3日は公休日で休業している。右1週間の間に特段控訴人が過重な業務に従事したということはなく、異常な出来事も発生していない。
 以上、控訴人の担当していた業務の内容・程度・量、控訴人の業務に対する経験・習熟度、作業環境、休日における状況、疾病の素因等を総合勘案すれば、控訴人の従事していた業務が決して楽なものとはいえず相当の重労働であることは認められるものの、未だ日常業務と比較して特に過重な業務に従事していたとはいえず、新認定基準に照らしても控訴人の本件発病が業務に起因するものと認めることはできない。
適用法規・条文
99:その他 労災保険法13条
収録文献(出典)
労働判例583号12頁
その他特記事項
本件は上告されたが、原判決に違法はないとして棄却された。