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堺労基署長(タクシー会社)急性心筋梗塞死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 堺労基署長(タクシー会社)急性心筋梗塞死事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成6年(行ウ)第10号
- 当事者
- 原告個人1名
被告堺労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1995年10月23日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- Cは、昭和53年9月、N交通に雇用され、同社のタクシー乗務員として勤務していた。
N交通におけるタクシー乗務員の勤務形態は、主に1車2人制で、午前9時始業と午前11時始業のグループがあり、Cが属していた後者のグループは、午前11時30分に出庫して翌日午前5時30分に入庫し、午前6時に終業する(終業の日を「明番」)勤務形態であり、拘束時間は19時間で、適宜合計3時間の休憩時間が認められていたが、Cら多くの乗務員は、翌日8時ないし9時頃入庫することが常態となっていた。
各乗務員の1週間の勤務体系は、原則として出番、明番を3回繰り返した後、7日目は全日公休というものであったが、明番当日に再び出番となり、実質的に1勤務が3暦日にわたる連続勤務と呼ばれる変則的な勤務方法もあった。Cは、昭和60年9月に1回、10月に2回、11月に3回、12月に1回、昭和61年1月に4回、2月に1回、3、4月に1回、5月に1回の連続勤務をしていた。
Cの発症直前から前日までの勤務状況は、昭和61年5月18日は公休、19日は午前11時20分出庫、翌20日午前9時20分入庫の拘束3時間、21日から22日にかけては欠勤・自宅療養、23日は、午前10時10分頃出庫、翌24日午前8時30分入庫の拘束時間23時間20分、24日は連続勤務となり、午前10時出庫、翌25日午前8時30分入庫の拘束時間23時間30分であり、Cは同日午後1時ないし2時頃帰宅後自宅にいた。Cは翌26日朝胃及び背中に鈍痛があったが出勤し、午後零時10分頃出庫し、運転業務に従事していたが、午後5時25分頃急性心筋梗塞を発症し、同僚に乗客を引き継いだ後、自ら病院に赴き入院治療を受けたが、翌27日午前1時55分死亡するに至った。
Cの妻である原告は、被告に対し、昭和63年2月18日、Cの死亡が業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は同年10月7日付けで、Cの死亡は業務に起因するものではないとして不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたことから、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の給付を求めることができるのは、労働者が業務上死亡した場合であるところ、右業務上死亡した場合とは、労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と業務との間に条件的因果関係があるだけでは足りず、これらの間にいわゆる相当因果関係が存在することが認められなければならないと解すべきである。
Cの発症前1週間の勤務状況は発症前3ヶ月の勤務状況と比較してもほぼ同一程度の日常的なものであり、N交通の他のタクシー乗務員と比較しても特に過重なものとは認められない。そして、Cはタクシー乗務員として約7年間の経験を有し、昭和60年9月以降、月1ないし4回の連続勤務をしていること、本件連続勤務は、昭和61年3月31日、4月1日以来の連続勤務であること、Cは本件連続勤務中、各日3時間程度の休憩時間を取っており、24日には途中で帰宅して食事を摂っていることからすれば、本件連続勤務が、Cにとって特に過重な業務とは認められない。また原告は、N交通の労働環境は他のタクシー会社に比べて劣悪であり、かかる労働環境のもとでCが過重な業務を強いられていた旨主張するが、Cの勤務状況は、大阪府の法人・個人ハイヤー・タクシーの運輸実績としても特に過重なものとは認められないこと、Cは昭和58年2月以降、N労組の書記長として毎月70ないし80時間を組合活動に費やすことが可能であったこと、昭和52年以降N交通の従業員からの脳血管疾患及び虚血性心疾患に係る労災請求事案は、本件も含めて遺族請求が2件(うち業務上認定は1件)であることからすれば、右主張は採用できない。更に原告は、Cの高血圧症はさほど重篤なものではなく、Cのタクシー運転業務は、右基礎疾患を自然的経過を超えて著しく増悪させる程度に過重なものであった旨主張するが、Cの高血圧症等を基礎疾患とする冠状動脈の粥状硬化がかなり重篤なものであったこと、2人の医師の聴取書によれば、タクシー運転業務の特殊性を考慮しながらも、Cのタクシー乗務員としての熟練性、本件急性心筋梗塞発症当時の勤務状況、基礎疾患等を勘案して、タクシー運転業務が本件急性心筋梗塞発症の原因とは認められないとの結論を導いているのに対し、他の医師は、タクシー運転業務は他業種に比してストレスの極めて強い業務であり、これが心筋梗塞の基礎的な要因である高血圧や動脈硬化の形成を促進したとするが、具体的な論拠が十分に示されているとは認められないことからすれば、原告の右主張等は採用できない。
以上を総合的に考慮すれば、Cのタクシー運転業務が、Cの素因等を自然的経過を超えて増悪させ、本件急性心筋梗塞を発症させたとはいえず、右タクシー運転業務が本件急性心筋梗塞発症の相対的に有力な原因若しくは共働原因となったものと認めることはできない。よって、右タクシー運転業務と本件急性心筋梗塞との間に相当因果関係があるということはできない。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法16条の2,17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例687号61頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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