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帯広労基署長(運輸会社)脳出血死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 帯広労基署長(運輸会社)脳出血死事件
- 事件番号
- 釧路地裁 - 平成4年(行ウ)第2号
- 当事者
- 原告個人1名
被告帯広労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1996年12月10日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- T(昭和27年生)は、昭和61年4月、U運輸の帯広営業所に雇用され、トレーラー運転手として、肥料、砂糖、豆類、鋼材、スクラップ等の運搬業務に従事していた。
Tの昭和61年5月から昭和62年3月までの間の総就労日数は270日(週平均5.6日)、1日平均走行距離は約358kmであり、発症前1週間における就労日数は6日、1日の平均走行距離は約367kmであった。一方同じトレーラー運転手Hの昭和61年5月から昭和62年3月までの総就労日数は293日、1日平均走行距離は約349kmであった。また、Tの昭和62年1月以降2週間平均の1勤務日拘束時間は最大15時間22分、最少11時間08分であるが、同年3月10日から4月16日までの任意の2週間についての1勤務日平均拘束時間は、いずれも常に改善基準で定められた13時間を超過していた。
Tは、昭和62年4月18日午後9時頃から翌19日午前9時過ぎまで睡眠を取り、同日は非番で、午前中に外出した後家で休息を取った。翌20日は午前7時過ぎに自宅を出て、スクラップ運送業務に従事した後、午後7時10分頃会社に帰り、トレーラーを運転して午後9時頃帰宅した。そして、翌21日午前6時半頃トレーラーを運転して自宅を出発し荷積み先に向かったところ、午前6時55分頃国道側溝に脱輪して停止しているところを発見された。Tは病院に搬送され手当を受けたが、翌22日午前10時23分、脳出血を直接の原因として死亡した。なお、Tが発症した当時の気温は3.3度であった。
Tの妻である原告は、Tの脳出血の発症は業務に起因するものであり、同人の死亡は業務上災害に当たるとして、昭和63年11月22日、被告に対し労災保険法に基づく遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求した。しかし、被告は平成3年4月15日、Tの発症は「業務に起因することの明らかな疾病」とは認められないとして、不支給決定(本件処分)をしたことから、原告は審査請求手続きを経た上、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が原告に対し平成3年4月15日付けでした、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金及び葬祭料の各不支給処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準について
労災保険法が労働基準法所定の災害補償責任を担保するための保険制度と認められることからすれば、業務起因性の判断基準として、労災保険の給付対象となる傷病等と業務との間に、当該傷病等が当該業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化により発生したと認められる関係(相当因果関係)が存在することを要すると解すべきである。
高血圧性脳出血等の脳血管疾患が、特定の業務に従事していなくても、加齢や日常生活上の諸々の活動等によって生体が受ける負荷によって、血管病変等が増悪して発症に至るものであり、特定の業務が固有の有害因子を有しているとは認められていないことに鑑みれば、その発症においては、血管病変等が増悪した間に従事した業務の多くが日常生活上一般に存する他の諸々の原因とともに、当然に血管病変等の増悪の一因となっていると考えられる反面、当該業務に従事していなかったとしても、その他の原因によって同様の増悪の経過を辿ることが十分に考えられることになる。したがって、高血圧性脳出血等の脳血管疾患に関して、災害補償責任を根拠とする相当因果関係を認めるためには、当該業務による生体に対する負荷が、諸々の原因のうち相対的に有力な原因となって、発症の基礎となる血管病変等を自然経過を超えて急激に著しく増悪させた結果、発症したと認められることが必要と解すべきである。
2 本件脳出血の業務起因性について
諸々の負荷等により脳小動脈の血管病変等が徐々に進行し、やがて動脈瘤を形成し、それが破綻して出血に至るという高血圧性脳出血の発生機序及び医学的知見を総合すれば、業務の負荷が高血圧性脳出血における血管病変等を増悪させて発症に至るまでに、以下のような経過を辿ることも当然にあり得ることになる。
(1)1週間以上の期間にわたる業務上の負荷により、1週間以上の期間をかけて血管病変等が自然経過を超えて増悪し、発症に至る場合。
(2)発症から1週間以前の業務により発症から1週間以前に自然的経過を超えて血管病変等が自然経過を超えて増悪し、1週間自然経過を辿ってさらに増悪し、発症に至る場合。
そして、これらの経過を辿り発症した場合においても、血管病変等が自然経過を超えて増悪したことについて、業務上の負荷が相対的に有力であると評価される事例においては、新認定基準の過重負荷の時期的要件を満たさない事例であっても、労災保険の制度趣旨に照らせば、当然に、労災保険の給付の対象となると解すべきである。
Tの従事していた業務の内容及び拘束時間等を総合して判断すれば、Tの従事していた業務は、早朝業務、深夜業務を伴い、就労時間が不規則なことを特徴とする長距離トレーラーの運転業務であって、相応に肉体的精神的負荷のある業務であったところに、昭和61年11月頃から昭和62年4月にかけて冬期の峠越えに特有の相当な負荷が加わり、更に1勤務日当たりの平均拘束時間が同種業務に従事する運転手より明らかに長い状態が同年3月10日以降4月6日までの間継続し、疲労を十分に回復する機会が失われる状況のもとで、1勤務日16時間を超えるような拘束時間の勤務に週に2、3回従事していたものであり、全体として同種業務に従事する労働者の業務に比較して明らかに過重なものであったと認めることができる。
業務の過重性の程度と、その負荷により血管病変等の増悪が促進される程度との客観的関係を確定し得る医学的知見が存在していると認めるに足りる証拠はないから、過重な業務が存在する場合に、当該業務と脳出血が自然経過を超えて発症した結果との条件関係及び相当因果関係を認定するについては、医学的知見に基づき当該関係の存否自体を直接的に立証することは一般的には不可能と解される。一方で、血管病変等の増悪には、血圧病変等の増悪には、血液変動や血管収縮を引き起こす諸々の行為や事実が複合的に原因となり得るのであるから、ある程度の負荷を伴う業務であれば、血管病変等を増悪させる一因となり得ることまでは推認することができる。そこで、右事情を考慮すれば、右条件関係及び相当因果関係の認定は、医学的知見についてはこれに矛盾しないという範囲で考慮しつつ、脳出血の発症経過や臨床所見等の当該労働者に関する医学的事実、業務の質的、量的な過重性と当該過重な業務に従事した期間、その期間から発症に至るまでの経過及び他の有力な原因の存在の反証の有無等を総合的に考慮して行うことが相当である。
本件においては、高血圧の作用により血管病変等が増悪して発症する高血圧性脳出血であると認めることについて、医学的知見を前提としても矛盾がないこと、昭和62年3月10日以降4月6日までの4週間にわたり前記内容の同種労働者と比較して明らかに過重な業務に従事していたと認められること、発症年齢が30代であり、しかも本件脳出血の発症経過からしてU運輸に就職後1年以内に増悪して発症に至ったと推認されることなど典型的な高血圧性脳出血に比較して明らかに発症までの期間が短いこと、業務以外の有力な原因の存在の反証がないことを総合的に考慮すると、本件脳出血は、新認定基準が念頭に置いている典型的な発症機序と符合するものではないが、右4週間の業務を中心とするU運輸における過重な業務が相対的に有力な原因となって、脳小動脈の血管病変等が自然経過を超えて増悪して脳小動脈瘤の形成に至り、発症当日の通常の労働等による血圧上昇を直接の原因としてこれが破綻し、発症するに至ったものと認めることが相当である。よって、TのU運輸における業務と本件脳出血との間には条件関係及び相当因果関係(業務起因性)の存在を認めることができる。
以上によれば、本件脳出血は、TのU運輸における業務に起因するものと認めることができるから、業務起因性を否定した本件各不支給決定は違法である。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法 75条、79条、
99:その他 労災保険法16条の2、17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例709号20頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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