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佐伯労基署長(レッカー車運転手)心筋梗塞死事件(過労死・疾病)
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 佐伯労基署長(レッカー車運転手)心筋梗塞死事件(過労死・疾病)
- 事件番号
- 大分地裁 − 平成5年(行ウ)第9号
- 当事者
- 原告個人1名
被告佐伯労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1998年04月20日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- T(昭和12年生)は、中学卒業後から材木の運搬作業員として稼働し、昭和48年5月に他の同僚らと共に港湾荷役を業とするK社を設立して監査役に就任したが、昭和49年に監査役を辞任し、K社の従業員として勤務していた。K社の各種業務のうち、Tは主に本船内の玉掛け作業、鉄板仕分作業の際のレッカー車(大型35トン)の運転を担当していた。本船内の玉掛け作業は、作業場所が船倉で通気性が悪く、夏場には温度が上がり、K社の業務の中でも重労働の一つであったが、レッカーの運転は肉体的には比較的楽な作業であり、各種労作の運動強度表による職業労作の運動強度としてはトラック、タクシー運転等程度のものと位置付けられ、軽作業の部類に含まれていた。
Tは、昭和52年6月頃から、胸部、前胸部絞扼感、息苦しさを訴えるようになり、医師から虚血性心臓病、本態性高血圧症と診断され、抗狭心症薬、降圧剤を投与された。Tは、同年11月に狭心症発作を起こして通院治療を受け、概ね改善傾向を辿っていたところ、昭和54年2月以降通院を中断した。また、Tは昭和55年11月、前胸部痛、呼吸困難を訴え、狭心症と診断され、昭和56年4月、再び前胸部痛、呼吸困難からなる狭心症の発作を起こし、著しい虚血性変化が認められた。Tは更に他の病院でも受診したところ、高血圧症、高脂血症、高尿酸血症、心肥大の基礎疾患を有し、肥満度は20%を上回り、1日20本以上の喫煙習慣があった。
Tは、昭和56年8月期(前月26日から当月25日まで)以降、1ヶ月当たり20時間前後の時間外労働及び2、3回の休日出勤をしていた。Tは、昭和57年7月30日、午前8時に出勤して午後5時まで勤務して帰宅し、約9時間の睡眠を取り、翌31日も午前8時に出勤して午前中レッカーの運転を行った。同日午後、Tは鉄板仕分作業、玉切り作業を行って午後5時に勤務を終了したが、体調が悪く、車で帰宅すると、胸を押さえてうつ伏せになり、胸痛を訴えたため、病院に搬送されて治療を受けたが、同日午後10時35分に死亡した。
Tの妻である原告は、Tの死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告はTの死亡は業務上の事由によるものではないとして、これらを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労災保険法に基づく遺族補償給付、葬祭料は、「労働者が業務上死亡した場合」に支給されるものであり、労働者が疾病により死亡した場合に、労災保険法により遺族補償年金及び葬祭料が給付されるには、その疾病が労働基準法施行規則別表第1の2に掲げる疾病に該当することを要するところ、Tの死亡は心筋梗塞によるものであるが、原告の主張するような過重労働に基づく肉体的、精神的負担による心筋梗塞については、同表第1号から第7号までに掲げるところにはなく、同表8号の定めによる疾病にも該当しないものであるから、本件が業務上死亡に当たるか否かは、その死亡が同表第9号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」によるものか否かによることとなる。この業務起因性が認められるためには、右傷病と業務との間に相当因果関係のあることが必要である。
そして、労災補償制度が、業務に内在又は随伴する危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた場合に、これによる労働者の損失については使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであることに鑑みると、業務と傷病との相当因果関係の有無は、経験則、科学的知識に照らし、その傷病が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものかどうかによって決すべきである。そして、右労災補償制度の趣旨に鑑みれば、本件のように労働者が有していた基礎疾病が原因となって死亡した場合には、通常の勤務に就くことが期待されている労働者にとって、精神的、肉体的に過重負荷となり得る業務を遂行した結果、これが日常生活の要因よりも有力に作用して、右基礎疾病をその自然的経過を超えて増悪させ、死亡の結果を招いたと認められるとき、又は右基礎疾病に起因して安静を必要とする病状にあったにもかかわらず、引き続き業務に従事せざるを得ないような客観的状況の下で業務に従事した結果、病状が悪化して死亡したと認められるときなどに限って、当該業務に内在又は随伴する危険が現実化したものというべきである。
2 Tの死亡の業務起因性
Tは、昭和52年頃から、本態性高血圧症、虚血性心臓病に罹患し、昭和52年6月から昭和56年4月まで、5回にわたる狭心症発作を起こし、そのうちの一部は心筋梗塞に移行しており、ほぼ一貫して虚血性心疾患、冠動脈肢の病変の存在を示す異常所見が現れていた。更に、Tの死亡当時、同人に存在した高血圧症、高コレステロール血症、心電図異常、高尿酸血症等はいずれも著明な改善傾向を示すことなく推移していたものであって、そのため、同人には心筋梗塞の発症、急死に至る高度の危険性が存在していた。
一方、Tは、主に本船内での玉掛け作業、レッカーの運転等の業務に従事しており、玉掛け作業は高温下での重労働であったが、レッカーの運転は職業労作の運動強度においてはトラック、タクシー運転等と同程度であった。そして、死亡から約1ヶ月前の同人の作業内容をみると、本船内での玉掛け作業は6日間だけで、それ以外はレッカーの運転を中心とした肉体的には比較的負担の重くない業務に従事しており、特に死亡の約1週間前からは本船内での玉掛け作業には従事しておらず、著しい高温下で稼働する状況にはなかった。
また、Tの死亡前1ヶ月の時間外労働時間は、昭和57年7月期で合計23時間、7月26日から31日までの間が合計8時間、休日出勤の回数が3回に及び、同僚と比較してもやや多い方であり、特に7月12日から28日まで17日間の連続勤務に従事しているものの、法定休日2日間のほか、7月29日には有給休暇を取得していること、レッカー回送のための早出の場合は30分程度で作業が終了していたことなどを考慮すると、著しく長時間にわたる時間外労働、多数回にわたる休日出勤をしていたとまでは認められない。そして、Tの死亡前日から当日に至る勤務状況、業務内容等を見ても、死亡前日は正規の勤務時間内でレッカーの運転等に従事し、死亡当日も、正規の勤務時間内でレッカーの運転に従事しており、作業環境の点でも、気温は特に高温ではなく、レッカー運転席の状態も、地上従業員ほど鉄板やアスファルトの輻射熱の影響はなく、通気性もあり、特に暑熱に曝露されるという環境にはなかった。
したがって、Tが従事していた業務は、いずれの期間においても、通常の勤務に就くことが期待されている労働者にとって、精神的、身体的に過重負荷であったとまでいうことはできず、同人に存した虚血性心疾患、冠状動脈の病変等の基礎疾病を、その自然的経過を超えて増悪させる危険性を有するものであったと認めることはできない。
ところで、原告は、Tの高血圧症、狭心症等の既往症について、K社等が知り得る立場にあったのに、Tの作業環境の改善や作業負担の軽減等の措置をせず、そのことが右既往症の増悪による死亡の結果をもたらしたと主張する。しかし、労災補償の本質は、企業の危険責任に求められ、相当因果関係の有無は、企業に内在ないし随伴する危険が現実化したものかどうかという観点から決せられるべきものであり、使用者の知、不知ないし予見可能性といった主観的事情によって左右されるべきではなく、右事情は使用者の安全配慮義務違反の有無の問題として考慮すべきであり、労災保険制度における業務起因性の判断において考慮すべきではないから、原告の右主張は採用することができない。
したがって、Tの心筋梗塞の発症と同人の業務との間に、相当因果関係は認められず、同人は「業務上死亡した」ものとは認められない。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法79条、80条,
99:その他労災保険法7条1項、12条の8第1項、16条の2、17条 - 収録文献(出典)
- 判例タイムズ987号198頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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