判例データベース
地公災基金埼玉県支部長(養護学校教諭)急性心不全死事件(過労死・疾病)
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 地公災基金埼玉県支部長(養護学校教諭)急性心不全死事件(過労死・疾病)
- 事件番号
- 浦和地裁 − 平成3年(行ウ)第20号
- 当事者
- 原告個人1名
被告地方公務員災害補償基金埼玉県支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1996年03月18日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- M(昭和23年生)は、埼玉県立養護学校(本件学校)の女性教諭であるところ、大学新卒のY講師とともに、本件学校高等部指導学級4組の担任になった。4組の生徒は全員3年生で、男子5名、女子4名であった。
Mが担当していた組の生徒の障害の程度は重度ではなく、ある程度言葉による指示を理解することができ、学校生活における身の回りのことは自分でできた。昭和61年度の本件養護学校における夏季休業日は7月25日から8月31日までで、Mはこの間8日出勤し、その他に生徒の実習先等に5日出張した。
Mは、同年9月10日から13日まで修学旅行に参加した。修学旅行の引率教員は、女性3名、男性2名で、生徒は男子6名、女子7名であって、女子生徒のうち1名が重度障害であったため、女性教員1人が付きっきりで介護に当たり、Mともう1名の女性教諭が6名の女子生徒を担当し、最後まで順調に日程通り実施できた。修学旅行後、Mは生徒の就職のための実習先を探し、会社に出張したりしていた。また、同月21日頃から運動会の練習が始まり、Mは高等部のリレー、男子組体操、女子創作ダンス、障害物競走を指導した。
Mは、同年10月3日、通常どおり出勤して、午前8時30分頃から職員朝会等に出席した後教室で生徒の掌握に当たり、その日の教材準備をしていた。午前9時20分頃からY講師が生徒全員を準備体操させていたことから、Mも途中でこれに加わり、下肢障害のある生徒Aとともにほとんど歩くような速度でマラソンに出発した。その後、後から出発したY講師のグループがMのグループを追い越し、両グループの差が広がり始めたことから、Mはスピードを上げたところ、Y講師がMらを追い越した地点から約440m進行した場所で、午前9時35分頃急性心不全を発症して倒れて意識不明となり、同月13日死亡した。
Mの夫である原告は、Mの死亡は公務に起因するものであるとして、被告に対し公務災害の認定を求めたところ、これを公務外災害と認定(本件処分)された。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 地方公務員災害補償法にいう公務上の死亡とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と公務との間に相当因果関係が存すること、すなわち、死亡が公務に起因することが必要である。そして、当該職員に基礎的疾病があり、これが勤務に基づいて増悪して死亡した場合において、公務と死亡との間に相当因果関係が存在するといい得るためには、勤務に起因する過度の肉体的、精神的負担が基礎的疾患の自然的経過を超えてこれを急激に増悪させ、その結果発症に至るなど、勤務が右増悪につき最も有力な原因である必要はないが、相対的に有力な原因であることが必要である。
Mは冠攣縮性狭心症であり、その原因である冠状動脈スパズムは昭和61年8月19日頃には重い状態であったが、スパズムは必ずしも労作によって発症するとは限らず、また心室性期外収縮は、日常生活において仕事の制限を要する程のものではなかった。他方、同年のMの夏休みから本件災害前日までの勤務内容は過重なものとはいえず、なおその間修学旅行中に疲労が生じたけれども、その後休日があり、休日後の勤務も通常の勤務であって、修学旅行による疲労もその後回復したものと認められるから、本件災害前日までに公務のためMに過度の負担があったということはできない。そして、Mが同月に山登り及び尾瀬に旅行をしても動悸や本人が自覚するようなスパズムは発生しておらず、修学旅行中及びその直後の疲労状態によってもこれらの発生をみていないところ、本件災害当日の本件マラソン中にMが後行グループを追いかけて走り出した時も小走りであり、本件災害が発生するまでに走った距離も約440mで、その間ほぼ平坦地であるから、このような運動が山登りに比較すると肉体的負荷が極めて少ないことは明らかであって、スパズムが右のような駆け出し及び走行に起因するとは認められないのであり、すなわち、右駆け出し及び走行とスパズムの発生との間に相当因果関係を認めることはできない。
また、本件災害当日以前のMの勤務が、本件養護学校における教員の勤務として、勤務そのものに基づき過度の精神的ストレスを発生するようなものであったといえないばかりでなく、医学的に本件災害当日以前の精神的ストレスと本件災害当日におけるスパズムの発生との因果関係を肯定することはできない。もっとも、本件災害時におけるスパズムの発生のきっかけとして、Mに精神的ストレスが生じたことが推定されるところ、Mは後行グループを追いかけて駆け出したが、生徒らに追いつけず、そのため次第に不安感や焦燥感が生じたと推定される。しかしながら、Mは本件マラソンに参加していた生徒らを1年生の時から担任しており、右生徒らの障害の程度は重度ではなく、本件マラソン時において後行グループの生徒らは早歩き程度にしか走れず、Mが右生徒らを追いかけだした時の距離も100m位であり、A以外の生徒は独力で帰校しており、またMが後行グループの生徒らを追いかけだしてから本件災害の発生までは約440mを走る程度の短時間であったのであるから、これらの事実に照らすと、Mの不安感や焦燥感の原因となった出来事は生徒らに具体的危険が急迫した異常な事件であるとまでいうことはできない。Mには冠攣縮性狭心症が存在しており、その原因である冠状動脈スパズムは昭和61年8月19日頃には既に重い状態であって、本件災害が発生した時刻頃はスパズムの閾値を下げ、いわばスパズムの好発時間帯に属し、またβ遮断薬服用による易スパズム性が潜在していたのであるから、Mのこのような基礎的疾患が本件災害時におけるスパズム発生の主たる原因であったというべきであって、Mの右のような不安感や焦燥感の原因が究極的にスパズム発生の相対的に有力な原因であったと認めることはできない。
したがって、本件災害は公務に起因するものとは認められないから、これを公務外であるとした被告の本件処分に違法はない。 - 適用法規・条文
- 99:その他地方公務員災害補償法31条、45条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ931号220頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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