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社会福祉法人障害者暴行、死亡事件

事件の分類
その他
事件名
社会福祉法人障害者暴行、死亡事件
事件番号
青森地裁 - 平成19年(ワ) 第136号
当事者
原告個人名 A、B

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年12月25日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 K(昭和62年生)は、自閉症、てんかん、行動障害及び重度の知的障害を負っている者であり、平成15年4月に、被告社会福祉法人(Y会)の関連法人である学校法人U学園が開設する養護学校の高等部に入学し、被告Y会が設置運営する知的障害施設F学園にある寮に入所した。Kが入所した当時、同寮には、行動障害を伴う知的障害を有する成人男性Z(33歳)も入所していたところ、KはZから5回にわたり、(1)夕食後突然殴りかかられ、職員が一旦制止したものの、再び殴る、蹴る、髪の毛を引っ張られて引きずり回され(平成15年10月1日・負傷せず。第1行為)、(2)夕食中に殴りかかられ(同年11月16日・負傷せず。第2行為)、(3)夕食後洗面所で突然暴力を振るわれ(平成16年2月21日・負傷せず。第3行為)、(4)朝食後居室で叩かれ(同年4月20日・負傷せず。第4行為)、(5)夕食中に攻撃されそうになった(同年5月30日・負傷せず。第5行為)。

 平成16年7月21日午後3時頃、被告Y会の担当女性職員であった被告は、男性職員にKを入浴させるよう指示し、同職員は午後3時25分頃Kを1人で入浴させた。被告らは浴室に赴き、Kが入浴中であることを確認はしたが、入浴中のKを常時見守ることはせず、当直後であった被告は、その担当職務を引き継ぐべき他の職員にKが入浴中であることを告げずに退勤した。ところが、午後3時50分頃、別の職員が浴室内を確認したところ、Kが浴槽内に沈んでいたため、直ちに病院に搬送したが、同日午後5時5分にKの死亡が確認された。

 本件事故発生後、被告Y会はKの両親である原告らに謝罪し、今後の事故対策に言及するとともに、本件に関する賠償として、保険会社認定の死亡慰謝料1700万円ほか合計2500万円を提示(その後300万円を加算)した。しかし原告らは、被告Y会がKへの暴行を防止しなかった安全配慮義務違反、暴行によるKへの被害等を原告らに報告すべき信義則上の義務を怠ったとして、被告Y会に対し慰謝料100万円を請求すると共に、被告Y会及び被告に対し、逸失利益を原告Aについて3562万8137円、原告Bについて3576万9527円を請求した。
主文
1 被告らは、原告ら各自に対し、連帯して、それぞれ金1616万5049円及びこれに対する平成16年7月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告社会福祉法人Y会は、原告ら各自に対し、それぞれ金7万円及びこれに対する平成19年4月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用はこれを2分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件各行為に係る被告Y会のKに対する安全配慮義務違反の有無

 被告Y会は、知的障害児施設であるF学園を設置運営し、知的障害児の生活支援等を行っていたものであるから、このような施設の管理者として、施設利用者が安全に施設を利用し得る環境を確保すべく、施設利用者の行動を注視し、その身体的安全が確保されるように適切に配慮すべき義務を負うものというべきである。とりわけG寮のように、知的障害者が入所する施設の場合、(1)施設利用者が自己の生命・身体に危険を及ぼすような行動に出ることや、(2)行動障害を伴う者が、他の施設利用者に対し、暴力的行動に出ることを十分に予測し得るものであるから、施設の管理者である被告Y会において、より一層、施設利用者の行動に意を払うべきものといわざるを得ない。そしてKは、第1行為、第3行為及び第4行為において、加害者から身体的攻撃を受けているから、被告Y会は上記安全配慮義務に違反したというほかない。

 第1行為について、被告Y会は加害者の暴行について予見可能性がなかったと主張するところ、被告Y会は知的障害者の支援施設を設置する社会福祉法人であり、知的障害者の行動への対処については知識や経験を有するはずであり、施設利用者が、常時、突発的に他の施設利用者への加害行為に出るおそれがあること、特に加害者のような行動障害を伴う知的障害者が加害行為に及ぶ可能性があることを当然に予測し得るというべきであるから、被告Y会の上記主張を採用することはできない。他方、第2行為及び第5行為については、加害者がKに対する身体的攻撃に出ようとしたものの、被告Y会職員がこれを制止したため、Kは何ら身体的攻撃を受けていないのであるから、被告Y会に安全配慮義務違反があったということはできない。

2 被告Y会の報告義務違反の有無

 本件各行為は、知的障害を有する施設利用者同士のトラブルというべきものであって、このようなトラブルを完全に防止することは現実的に極めて困難というほかなく、その発生したトラブルの全てについてその保護者に報告することも現実的とはいい難い。そうすると、知的障害者施設の設置者が、同施設において発生する多くのトラブルの全てについて、当事者の保護者に対し報告義務を負っているものとはおよそいうことができないし、仮にそのトラブルのうちに設置者の安全配慮義務違反が問われざるを得ないものがあったとしても、そのことから直ちに原告ら主張のような報告義務が生ずるものということもできない。そして、施設利用者が医師の治療を要する負傷を受けるほどの被害に遭った場合や、負傷するまでには至らないとしても、頻繁に暴行を受けるような状況が生じたのであれば格別、Kは本件各行為によって負傷したものではなく、加害者による暴行も頻繁で継続的なものとまではいえないところであるから、被告Y会が、原告らに対し、報告義務を負っていたものと解することはできない。

3 本件各行為に関する損害額

 第1行為は、Kは直接身体に及ぶ攻撃を受けており、その態様も比較的激しいものといい得るが、他方、第1行為によってもKは負傷にまで至らなかったのであり、これらの点を総合考慮すると、Kが第1行為により受けた精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、8万円とするのが相当である。第3行為は、その暴行の態様は明らかではないが、Kは何ら負傷していなかったのであるから、その暴行の程度は軽微なものというほかないのであって、これらの点を総合考慮すれば、Kが第3行為により受けた精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、2万円とするのが相当である。第4行為は、身体的攻撃を受けているものではあるが、他方、第4行為によってもKは何ら負傷していないのであって、これらの点を総合考慮すれば、Kが第4行為により受けた精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は4万円とするのが相当である。

4 本件死亡事故に関する損害額

 本件死亡事故に関し、被告がKの入浴時の見守りを怠り、かつ、他の職員に対する適切な引継ぎを怠ったことについては被告らも認めているから、本件死亡事故につき被告は不法行為に基づく損害賠償義務を、被告Y会は使用者責任に基づく損害賠償義務を、それぞれ負うものというべきである。

 本件死亡当時、Kは16歳であり、このような若年で死亡したKの無念さは察するに余りあるものというほかない。そして、Kは本件死亡事故以前にも寮の浴室内でてんかんの発作を起こしたことがあり、Kが入浴中にてんかんの発作を起こす危険性があることを被告Y会職員は認識していたにもかかわらず、被告において入浴中のKに対する見守りを怠るなどした結果、Kを浴槽内において溺死するに至らしめたものである。これらの点や本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、Kの死亡慰謝料については1800万円とするのが相当であり、各原告が請求できる金額は、各900万円となる。

 Kの重度の知的障害を有している状況に鑑みれば、直ちに一般的な就労可能性があったとするのは困難というほかないが、Kは死亡当時16歳であり、教育・生活指導を受けることで、更に成長することが期待され得るというべきである。そうすると、Kは、他人の支援や介助を得ながらであれば、簡易単純な作業には十分に従事し得るまでに至っていたものと考えられるところである。更に今後の医学、心理学、教育学等の進歩、発展等を考慮すれば、知的障害者に対する指導、支援の方法についても、徐々にではあってもより効果的な手法をもたらす知見が得られる蓋然性はあるというべきであって、このような見地に立つと、Kが将来、その能力を高め、より高度な労働に従事し得る能力を獲得する一方、就労に際して障害となる行動的特徴をより抑制することが可能となる蓋然性もあるというべきである。以上の点を総合考慮すれば、Kは健常者と同程度の就労可能性があったとまではいうことができないものの、一定程度の就労可能性はあったというべきである。

 仮にKが一般企業に就労することができたとしても、現在において予測可能な範囲においては、重度の知的障害を抱える者が健常者と同程度、同内容の行動を行うことは、その将来にわたる発達可能性を考慮しても不可能であるといわざるを得ず、労働の対価として健常者と同程度の賃金を得ることも極めて困難であるというほかないのであって、上記のような現実は直ちには動かし難いというほかない。以上の点に鑑みれば、原告らが主張するように、Kの逸失利益の算定において、賃金センサスの産業計全労働者の平均賃金額を基礎収入とすることはできないといわざるを得ない。

 もっとも、健常者の賃金水準には劣るとしても、今後も将来にわたって知的障害者がその能力を十分に活用できる職場が徐々に増加することを期待し得るものというべきであり、死亡当時16歳にすぎなかったKも、今後の長い社会生活の中で、徐々にではあってもその就労能力を高めることができた蓋然性があるから、知的障害者雇用に関する社会条件の変化をも併せて考慮すれば、知的障害を抱えながらも、その就労可能な全期間を通して相当の賃金を得ることができた蓋然性を否定することはできない。以上、Kはその就労可能な全期間を通して、一定の生活支援及び就労支援を受けることを前提として、少なくとも最低賃金額に相当する額の収入を得ることができたと推認するのが相当というべきである。したがって、Kについては、最低賃金額を基礎収入として逸失利益を算定すべきである。

 1ヶ月当たりの稼働日数は20日とするのが相当というべきであり、平成16年当時の青森県の最低賃金額は605円と認められるところ、Kの基礎収入は年額116万1600円となる。また、Kの逸失利益を算定するに当たっては、その生活費控除率は7割とするのが相当である。

 Kの就労可能期間については、18歳から67歳までとするのが相当であり、中間利息控除においてはライプニッツ係数を採用して計算すると、17.304となるから、Kの逸失利益の額は603万0098円と算出され、各原告が請求できる金額は、301万5049円となる。

 葬儀費用としては各原告につき75万円、原告ら固有の慰謝料は各200万円、弁護士費用は各原告につき140万円ずつと認めるのが相当である。
適用法規・条文
02:民法415条、709条、715条
収録文献(出典)
労働判例998号22頁
その他特記事項