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S児童相談所調査員頸肩腕症候群事件
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- S児童相談所調査員頸肩腕症候群事件
- 事件番号
- 神戸地裁 − 昭和54年(行ウ)第20号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金兵庫県支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1984年07月19日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 原告(昭和21年生)は、短大卒業後、昭和43年4月兵庫県職員として採用され、児童相談所に相談調査員として配属され、児童相談業務に従事してきた女性である。
原告の基本的な業務は、児童の保護者等から児童に関する種々の相談を受け、必要な調査を行い、その調査、心理的判定員等による判定に基づいて助言指導を行うほか、所長の補助者として事務処理等を行うことであった。原告らケースワーカーは、来所者に面接をした後カルテの整理を行い、判定措置会議を経て措置関係の文書の作成及びカルテの整理を行うが、関係書類はいずれもカーボン紙による複写をしながら作成するため、ボールペンにより相当の筆圧をかけて記入することが求められた。また、ケースワーカーは付随業務として、巡回相談、訪問調査、児童移送、児童実態調査、在宅重症心身障害児訪問指導その他の業務があり、原告は以上のほか、研修への出張、統計、カーボン紙による旅費請求書の作成、超勤命令簿への記載等の業務を行い、また、昭和47年9月頃には廃棄カルテの整理業務に従事し、更に他の職員へのお茶汲みや来客への対応、会議の接待、資料のコピー、文書の浄書、ガリ版、印刷等を行った。
原告は、昭和47年5月以降心身障害相談係に配置されたが、その直後一時的に業務が集中し、残業時間を増やしてこれを処理したところ、頭重感や肩凝り、身体のだるさを覚え、歩くのも不自由になったが、検査の結果は異常が見られなかった。また、同係5名のうちケースワーカー2名が昭和47年11月ないし12月から翌年1月ないし2月まで病気で欠勤したため、原告の業務量が増加した。その後昭和48年に入ると、原告は疲労がひどくなり、同年2月頃から頭重感や肩凝りが増し、首も回りにくくなり、背中も重い感じがして押さえると痛く、右手に力が入らず、目にも充血感があり、全身に倦怠感を覚えるに至り、同年3月7日に整形外科を受診したところ、頸肩腕症候群との診断のもとに投薬治療を受けたが、仕事は継続した。しかし、原告の症状は右治療によっても改善されず、むしろ悪化したため同月15日に他の整形外科を受診したところ、頸肩腕症候群により2週間の休業加療を要する旨診断されたため、同月26日から休業に入った。ところが、原告の症状は休業前よりもむしろ重くなり、右手で箸を持つこともできない状態になり、更に別の病院において極超短波治療や牽引、マッサージ、投薬鍼灸、体操等の治療を受けた結果、若干症状が軽減したため、同年7月23日から職場復帰した。しかし、なお治療の必要があったため、原告は昭和50年頃までは午前中通院して午後半日の勤務を続け、現在に至っている。
原告は、昭和49年5月11日、本件頸肩腕障害は公務上の災害であるとして、被告に対し、地方公務員災害補償法に基づく公務災害認定請求をしたところ、被告は原告の障害は公務に起因するものではないとして、昭和51年6月24日付けで公務外災害と認定する処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が昭和51年6月24日付けで原告に対してした地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 原告の本件疾病は、いわゆる頸肩腕症候群であることが明らかであるところ、これについては、理事長通達及び補償課長通達によって公務上災害の認定基準が定められており、この認定基準は、現在においても適切妥当と解するのが相当である。
原告の業務は、認定基準に例示されている穿孔、タイプ、電話交換、電信等には該当しないこと、原告の昭和43年4月から同48年3月までの業務内容は、全体として種々の作業が混合されたものであること、そのうち動的筋労作に該当すると考えられる書字作業についてみても、個々の文書等の書字数は多くない上、他の作業によって中断されることが多く、長時間にわたって書字作業のみを継続することが少ないこと、書字作業の中でも分析、判断等の思考を行いながら書くため所要時間の割には書字数が少ないもの(面接後のカルテ整理)も相当部分を占めていること、書字作業を頸部の前屈位保持を伴うという観点から静的筋労作と考えても、同様に長時間にわたり前屈位保持を継続することが少ないこと、書字作業のほかにも押印作業その他動的筋労作に該当する作業もあるが、これを毎日集中継続するものではないこと、また原告の業務の中で主要な位置を占める面接作業の際やその他会議、研修等の際にある程度の時間ほぼ同一の姿勢を保持することがあるとしても、頸部の前屈位保持といった特別の姿勢を取り続けなければならないものではないこと、巡回相談の場合等に1日中面接を行うことがあるが、その頻度は少ない上、面接作業中に必要最小限のカルテ記入やメモ取りのほかは特別な姿勢をとらなければならないものではないこと、時として不自然な姿勢で作業を行うことがあるとしても、その頻度は非常に少ないこと、電話の際ある程度の時間左上肢を宙に浮かせた姿勢になることがあるが、その作業が1日のうちかなりの時間を占めるというようなものではないこと、児童移送の場合等ある程度の重量の物を持ち運んだりすることがあるとしても、その頻度は非常に少ないこと、以上が明らかであり、これらを考え合わせると、原告の従事した業務は、上肢の動的筋労作又は静的筋労作には該当しないと認めるのが相当である。したがって、原告の本件疾病は、右条項にいう職業病としての公務災害と認めることはできない。
公務と疾病との間に相当因果関係があるというためには、公務が疾病の唯一の原因であることを要するものではなく、他に競合する原因があっても公務が相対的に有力な原因であれば足りると解すべきであるが、頸肩腕症候群のような疾病の場合には、結局、本人の業務内容(作業態様)、業務従事期間、業務量、作業環境、これらと症状の部位、程度との相関関係、本人の生活状況、既往病歴、身体的状況、発病後の状況等を総合的に検討して、公務とこれ以外とのいずれが大きな原因となっているかを判断することにより相当因果関係の有無を決するのが相当である。これを本件についてみると、原告の業務には上肢(特に指及び手)を使用する書字作業が比較的大きな位置を占めていた上、相当の筆圧を要するカーボン紙による複写をしながら行うものも多く、特定の時期にある程度集中して書字作業を行うことがしばしばあったこと、また、面接作業は神経を遣うことが多い上、注意力、集中力を必要とし、相当な神経疲労を伴うものであったこと、その他不自然な姿勢での作業や特に上肢に負担がかかることのある作業もあったこと等から、全体として頸肩腕症候群を発症しても不自然ではない業務内容ということができる。また症状の部位も、業務内容との関連性が見られ、業務量と症状の程度及び両者の推移の間に相関関係が見られる。少なくとも昭和46年以降の原告の業務量は平均的水準を超えていたものと考えられ、その他所内及び所外における作業環境が症状の発現に関与していることも考えられないではない。また原告には頸肩腕症候群の基礎となるような疾患又は特別な身体的異常は見当たらず、業務を離れた生活において通常の労働者の一般的生活におけるよりも特に上肢その他身体に過度の負担のかかる生活を送っていたことを窺わせる資料はない。発病後は、休業した4ヶ月間に症状がやや改善されたが、その後昭和48年7月に職場復帰してからは、相当に軽減された業務に従事し、かつ治療を継続したため症状が徐々に軽快し、同54年頃からは日常生活もほぼ支障なく送れるようになったものの、現在にいたるまで完治していない。
以上を総合的に検討判断すると、原告の本件疾病の発症には、原告の体質的弱さその他の要因が関与していることを疑う余地がないではないが、業務に従事しなかったとしても本件疾病に罹患したとまでは認めることができず、むしろ業務に従事しなければ発症しなかった可能性の方が強く、ほぼ5年間にわたる業務従事中に徐々に発症の基礎となるものが蓄積形成されていったものと考えられ、その意味において、本件疾病の原因としては業務が相対的に有力な原因となっているものと認めるのが相当であり、したがって、原告の本件疾病は公務に起因して発症したものというべきである。
原告の本件疾病は、いわゆる頸肩腕症候群であることが明らかであるところ、これについては、理事長通達及び補償課長通達によって公務上災害の認定基準が定められており、この認定基準は、現在においても適切妥当と解するのが相当である。
原告の業務は、認定基準に例示されている穿孔、タイプ、電話交換、電信等には該当しないこと、原告の昭和43年4月から同48年3月までの業務内容は、全体として種々の作業が混合されたものであること、そのうち動的筋労作に該当すると考えられる書字作業についてみても、個々の文書等の書字数は多くない上、他の作業によって中断されることが多く、長時間にわたって書字作業のみを継続することが少ないこと、書字作業の中でも分析、判断等の思考を行いながら書くため所要時間の割には書字数が少ないもの(面接後のカルテ整理)も相当部分を占めていること、書字作業を頸部の前屈位保持を伴うという観点から静的筋労作と考えても、同様に長時間にわたり前屈位保持を継続することが少ないこと、書字作業のほかにも押印作業その他動的筋労作に該当する作業もあるが、これを毎日集中継続するものではないこと、また原告の業務の中で主要な位置を占める面接作業の際やその他会議、研修等の際にある程度の時間ほぼ同一の姿勢を保持することがあるとしても、頸部の前屈位保持といった特別の姿勢を取り続けなければならないものではないこと、巡回相談の場合等に1日中面接を行うことがあるが、その頻度は少ない上、面接作業中に必要最小限のカルテ記入やメモ取りのほかは特別な姿勢をとらなければならないものではないこと、時として不自然な姿勢で作業を行うことがあるとしても、その頻度は非常に少ないこと、電話の際ある程度の時間左上肢を宙に浮かせた姿勢になることがあるが、その作業が1日のうちかなりの時間を占めるというようなものではないこと、児童移送の場合等ある程度の重量の物を持ち運んだりすることがあるとしても、その頻度は非常に少ないこと、以上が明らかであり、これらを考え合わせると、原告の従事した業務は、上肢の動的筋労作又は静的筋労作には該当しないと認めるのが相当である。したがって、原告の本件疾病は、右条項にいう職業病としての公務災害と認めることはできない。
公務と疾病との間に相当因果関係があるというためには、公務が疾病の唯一の原因であることを要するものではなく、他に競合する原因があっても公務が相対的に有力な原因であれば足りると解すべきであるが、頸肩腕症候群のような疾病の場合には、結局、本人の業務内容(作業態様)、業務従事期間、業務量、作業環境、これらと症状の部位、程度との相関関係、本人の生活状況、既往病歴、身体的状況、発病後の状況等を総合的に検討して、公務とこれ以外とのいずれが大きな原因となっているかを判断することにより相当因果関係の有無を決するのが相当である。これを本件についてみると、原告の業務には上肢(特に指及び手)を使用する書字作業が比較的大きな位置を占めていた上、相当の筆圧を要するカーボン紙による複写をしながら行うものも多く、特定の時期にある程度集中して書字作業を行うことがしばしばあったこと、また、面接作業は神経を遣うことが多い上、注意力、集中力を必要とし、相当な神経疲労を伴うものであったこと、その他不自然な姿勢での作業や特に上肢に負担がかかることのある作業もあったこと等から、全体として頸肩腕症候群を発症しても不自然ではない業務内容ということができる。また症状の部位も、業務内容との関連性が見られ、業務量と症状の程度及び両者の推移の間に相関関係が見られる。少なくとも昭和46年以降の原告の業務量は平均的水準を超えていたものと考えられ、その他所内及び所外における作業環境が症状の発現に関与していることも考えられないではない。また原告には頸肩腕症候群の基礎となるような疾患又は特別な身体的異常は見当たらず、業務を離れた生活において通常の労働者の一般的生活におけるよりも特に上肢その他身体に過度の負担のかかる生活を送っていたことを窺わせる資料はない。発病後は、休業した4ヶ月間に症状がやや改善されたが、その後昭和48年7月に職場復帰してからは、相当に軽減された業務に従事し、かつ治療を継続したため症状が徐々に軽快し、同54年頃からは日常生活もほぼ支障なく送れるようになったものの、現在にいたるまで完治していない。
以上を総合的に検討判断すると、原告の本件疾病の発症には、原告の体質的弱さその他の要因が関与していることを疑う余地がないではないが、業務に従事しなかったとしても本件疾病に罹患したとまでは認めることができず、むしろ業務に従事しなければ発症しなかった可能性の方が強く、ほぼ5年間にわたる業務従事中に徐々に発症の基礎となるものが蓄積形成されていったものと考えられ、その意味において、本件疾病の原因としては業務が相対的に有力な原因となっているものと認めるのが相当であり、したがって、原告の本件疾病は公務に起因して発症したものというべきである。 - 適用法規・条文
- 99:その他 地方公務員災害補償法26条、28条、45条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ540号256頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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