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自動車販売等会社セクハラ退職勧奨事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
自動車販売等会社セクハラ退職勧奨事件
事件番号
大阪地裁 - 平成20年(ワ)第5307号
当事者
原告個人1名

被告自動車販売等N社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年02月26日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告は、昭和53年9月に、各種自動車の販売、修理等を業とする被告会社に入社した者であって、被告組合の組合員である。平成19年6月9日頃、被告会社Y店のマネージャーHが、女性従業員Zの様子がおかしかったので声を掛けたところ、Zは原告と肉体関係を持ってしまったので会社を辞めたいと訴えた。

 同年7月11日、被告組合委員長と副委員長はHと面会したところ、Hは委員長らに対し、女性従業員Zが原告にホテルに連れ込まれたこと、ZはHにしか相談していないので内密に話して欲しいこと、原告はZをホテルに連れ込むに際し、「言われるままにしいや」と強制的に迫ったこと、Zは「もう会社に来たくない。原告と顔を合わせるのが恐い」とも言っていること等を説明した。同月18日、同委員長は重役Fに対し、原告のセクハラ行為を説明するとともに、仮に会社として原告のセクハラ行為を認定し、解雇が相当との判断をしたとしても、自主退職できるよう配慮して欲しい旨要望した。その後重役Fは、Hを通じて、Zの意向を確認したところ、Zは原告の行為を許さないと思っており、対応は会社に任せるとの意向であることを確認した。

 同月25日、顧問弁護士との相談を踏まえて、E次長は本件セクハラ行為の事実を確認するために、店長立会の下、原告との面談(本件面談)を行った。そこで原告は、6月11日にZの自宅マンションに泊まったこと及びZとホテルに行ったことを認めたが、自宅マンションでの宿泊については、他の男性従業員と3人で深夜まで飲食し、その男性が泥酔し宿泊を頼んでZが了解したことから、付添の意味で宿泊したと主張したため、主としてZ宅に宿泊することがセクハラ行為に該当するかどうかの点が話題となった。E次長は、原告が事実関係を認めたことから、賞罰委員会の開催の見通しを述べた上、自主退職、賞罰委員会のどちらを選択するかを原告に問うたところ、結局原告は自主退職を決め、E次長に対し退職届の文言について相談した上、退職届を作成し、E次長に提出した。

その後原告は、本件セクハラ行為と言われる行為は、お互い合意によるものであり、被告会社はZの「非任意性」の有無について十分な確認を怠ったものであり、本件退職勧奨行為は正当な実体的要件・根拠を欠いたものであるから違法であること、E次長の強引な退職強要行為は、本来必要な解雇要件・手続きを潜脱する違法な手段であることなどから、原告が行った退職の意思表示は、被告会社ないしE次長らの欺罔ないし強迫行為による退職勧奨によるものであって瑕疵があると主張した。

また原告は、被告組合に対し、労働組合は、組合員の解雇が問題となった場合に、当該組合員の利益を守ることが義務であって、組合員を擁護する立場から被告会社側と交渉し、適切な解決を得られるよう尽力すべき義務(協議調整義務)を負っているところ、被告組合はこの義務を怠り、原告の被告組合に対する期待権を侵害したと主張した。

原告は、上記の主張に基づいて、被告会社に対しては、定年(60歳)までの43ヶ月間の逸失利益1892万円、本来支給されるべき退職金との差額328万8700円、慰謝料500万円、弁護士費用270万円を請求するとともに、被告組合に対しては、慰謝料100万円、弁護士費用10万円を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。
判決要旨
1 被告ないしE次長の原告に対する退職勧奨行為の違法性の有無

 そもそも原告の女性従業員Zに対するセクハラ行為の疑いが生じたのは、マネージャーHが直接Zから事情を聞いたことがきっかけであり、その際ZはHに対し、涙を流して原告の言動について具体的な話をしたこと、重役Fは顧問弁護士からのアドバイスを踏まえて、Hを通じて改めてZに対して事情確認を行ったこと、原告は本件面談において、Zの自宅マンションに泊まった事実及びZとホテルに行った事実についてそれぞれ認めたことが認められ、これらの点からすると、被告ないしE次長が本件セクハラ行為の事実があったのではないかと疑うには十分な合理的理由があったと認められる。確かに原告としては、Zとの合意に基づくものであり、セクハラ行為ではないとの思いがあり、E次長からの退職勧奨に承伏していなかった面が窺われるが、だからといって、被告としてZに対する事実確認を怠ったとまでは言い難い。そうすると、E次長の原告に対する本件退職勧奨行為は、違法性があるとはいえない。

 原告は、本件退職勧奨行為が被告による実質的な解雇であることを前提として、手続き的に違法であると主張する。しかし、被告は顧問弁護士のアドバイスに基づいて、事実関係の確認を優先し、Z及び原告に対する事情聴取を行ったと認められるのであって、被告が当初から原告を退職させようとする意図を有していたとはいえない。以上からすると、本件退職勧奨行為が、被告による実質的な解雇であることを認めるに足りる証拠は見出し難い。

 原告は、E次長が被告の意向を踏まえず、独断で、長時間かつ延長困難な状況において退職勧奨を行ったこと自体が違法であると主張する。確かにE次長は、個人的な意見として自主退職の選択肢があることを提案したと証言しているが、被告は原告が自主退職すること自体を認めない方針まで有していたとは認められないこと、賞罰委員会の開催日は流動的であったこと、E次長は飽くまでも個人的な考えに基づいて自主退職の選択肢があると告げたものであることが認められる。そして、組合が重役Fに対し、解雇が相当となりそうな時でも自主退職への配慮を要請していたことも併せ鑑みると、E次長が個人的な考えに基づいて自主退職の選択肢を告げたこと自体、何ら違法不当であるとはいえない。

(1)本件面談は午後7時頃から午後10時過ぎまで行われたこと、(2)本件面談の大半の時間は、原告がZ宅に宿泊したことがセクハラ行為に該当するかどうかという点について費やされたこと、(3)本件面談の途中で休憩時間が設けられ、原告は元組合員から、被告からサインを求められても拒否するようアドバイスを受けたこと、(4)同休憩後、E次長は原告に対し、自主退職の選択肢があると告げたこと、(5)原告は退職届の文言等についてE次長に質問し、E次長と一緒に同届を作成したことが認められる。そうすると、本件面談の時間は3時間を超えているものの、E次長が原告に対して激しく詰問したり、退職届を強制的に書かせたというような事実を認めるに足りる証拠はないから、E次長の原告に対する本件退職勧奨行為に違法不当な点があったとは認められない。

2 労働組合の原告・被告間の協議調整義務について

 原告は、被告組合に会社との協議調整義務があることを前提に、本件において被告組合は当該義務に違反していると主張する。確かに、労働組合が、組合員のために労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを目的として組織されていることからすると、組合員の労働条件、特に身分に関する処分がなされた際には、団体交渉等を通じて、会社との間において、組合員の利益を最大限擁護し、これを実現すべく活動する立場にあると解するのが相当である。しかし会社との協議調整義務を定めた法令上の規定は存在しないこと、仮にこれらを法的義務であるとすると、労働組合活動の自主性や独立性が阻害される可能性が否定できないことからすると、労働組合が組合員に対して会社との協議調整を図る法的義務を負っているとは解し難い。原告は、組合費を納入している点を挙げるが、組合費納入の事実から直ちに原告が主張するような法的義務が発生するとは解されない。また、団体交渉等に当たって労働組合が組合員から事情聴取を行うことは望ましく、かつ必要であるとはいえるが、事情聴取をすべき法的義務があるとまでは解し難い。

 以上のとおり、被告組合には原告が主張するような会社との協議調整義務があるとは認められず、その限りにおいて、原告の被告組合に対する主張は失当といわざるを得ない。

 なお、本件は被告組合員同士のセクハラ行為に関する問題であり、Zは本件について内密に話を進めて欲しいと要望していたこともあって、被告組合としてどちらか一方の組合員(原告かZか)の利益を擁護することは困難な状況にあったこと、原告は正式に被告組合に対して本件退職勧奨行為等について相談したとは認められないことの点が認められ、これらの点からすると、本件に関し、被告組合の原告に対する対応に違法不当な点があったとは認められない。したがって、この点からしても、原告の被告組合に対する請求は理由がない。
適用法規・条文
12:労働組合法2条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2072号26頁
その他特記事項