判例データベース

O海上保安部海上保安官心臓死控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
O海上保安部海上保安官心臓死控訴事件
事件番号
名古屋高裁 − 昭和58年(ネ)第303号
当事者
控訴人個人4名 A、B、C、D

被控訴人国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1986年02月17日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 T海上保安部及びO海上保安部に所属する巡視船の甲板員、操舵員、操舵長、甲板次長、砲員長として海上勤務に従事するN(昭和8年生)は、昭和48年3月16日、射撃訓練の打上げ会の席で飲酒中、突然胸痛を発し、心筋梗塞の疑いとの診断を受けて3週間入院したところ、「病名心筋梗塞、右症により向後3週間の安静加療が必要」との診断書を受けた。

 O海上保安部は、診断書を踏まえ、NをO海上保安部予備員に配置換えし、軽勤務に従事させたが、同年10月23日、診断書に海上勤務可能になった旨の記載があり、Nからも乗船希望の強い申し出があったことから、Nを8日間に1回の割合で当直員の補助員としての当直勤務に従事させることとした。

 昭和49年2月15日、Nは朝オートバイで登庁し、通常勤務に従事した後、午後5時30分から同僚とともに当直勤務に入り、午後8時30分頃、小雨の中をオートバイを移動させ、その後電話対応などを行っていたところ、突然胸内苦悶等の発作を起こした。Nは病院に運ばれ、診察を受けて帰宅し、午後11時頃就寝したが、翌16日午前3時50分頃再び心臓発作を起こし、病院に搬送されたが、午前4時35分死亡した。

 Nの妻である控訴人(第1審原告)A、Nの子である控訴人B、同C及び同Dは、Nの死亡は公務に起因し、国は安全配慮義務を怠ったとして、Nの逸失利益2320万2559円、Nの慰謝料1000万円、原告Aの慰謝料1000万円、原告B、C、Dの慰謝料各500万円、弁護士費用100万円を請求した。

 第1審では、国の安全配慮義務違反は認められないとして、控訴人らの請求を棄却したことから、控訴人らはこれを不服として控訴に及んだ。控訴人は、Nの死亡当時同人の収入によって生計を維持していた控訴人Aには、国家公務員災害補償法17条所定の遺族補償年金及び同法22条に基づく遺族特別支度金、遺族特別給付金、奨学援護金等の受給権があるところ、被控訴人は右権利を否定してその支払いをしないとして、控訴人Aは被控訴人との関係で右権利を有することの確認を求める請求を追加した。
主文
本件控訴をいずれも棄却する。

 当審における控訴人Aの新請求を棄却する。

 当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。
判決要旨
 死亡等公務員に生じた災害が国家公務員災害補償法の補償ないし福祉施設の対象となり得るためには、それが「公務上の災害」であること、即ち公務遂行性と公務起因性とを要するところ、本件災害が公務遂行中に生じたものであることは明らかであるが、本件の如き心臓死の場合にあっては、その業務起因性に関し、公務(業務)上外の判断が極めて困難な問題となる。これを労働基準法、労働者災害補償保険法等を含む現行の労働者災害補償制度の趣旨・目的その他労働基準法施行規則35条の規定の仕方などと考え合わせると、右起因性ありというためには当該災害と業務との間に相当因果関係の認められることが必要であるが、この種疾病の通常の発現形態に鑑み、労働者に特定の疾病に罹患しやすい病的素因や既存疾病があるなど他に原因がある場合であっても、直ちに右因果関係を否定するのではなく、労働者が通常の労働環境に比して著しく劣悪な状態下で業務に従事したり、普通以上に過激な労働に従事したため、過度の精神的肉体的緊張を来たし、それが前記素因を刺激して発病又は急激に増悪したと認められる場合には、なおこれを業務に起因するものとしてその因果関係を肯定すべきである。しかし、本件はかかる見地よりするも右相当因果関係を肯認し得ないものである。

 Nが昭和45年8月頃肥大心の診断を受けたが、Nの基礎疾患は既に昭和40年代前半期にその兆候を表していたということが出来る。

 海上保安官は、孤立した海上で平常の生活リズムと異なった生活を余儀なくされるという点で陸上勤務者と異なり、また商船船員とも異なる特殊な労働条件下に置かれていること、必然的に伴う騒音、動揺、狭隘な私生活空間、温度差、生活リズムの不規則性、運動不足、過労等その生活条件の中には循環器系疾患の予防上好ましくない点が多々存在していることが認められる。しかし、それだからといって、海上勤務の海上保安官に生じた心臓疾患が全て海上保安業務に従事したことに起因するものと直ちに推定することはできないものである。

 Nには一種の病的素因があり、また昭和48年3月までの海上勤務は一般の陸上勤務に比し厳しい面のあることは認められるけれども、右の病的素因も特発性心筋症である可能性もあり、また勤務及び職場の状況からみると、劣悪・苛酷な環境が素因を刺激して本件発病を惹起したとまでは未だ断ずることができず、いずれにしてもNの死の公務起因性はこれを消極に解さざるを得ないのである。よって、控訴人Aの当審における新請求は理由がないものとして棄却を免れない。

 

 当裁判所もまた、被控訴人にはそもそも安全配慮義務の違背がないと認めるものである。海上勤務の海上保安官の職務環境や生活条件には特異性があるから、これに対する安全配慮義務充足の有無を判断するに当たっても、右の点を十分に斟酌しなければならないことはいうまでもない。この点、海上保安庁も巡視船艇の設備改善に努力し、或いは一般定期健康診断、特別定期健康診断を実施し、食事面に配慮するなどそれ相応の配慮を示してきたことが認められる。尤も、右定期健康診断の検査項目は、循環器系統の検査としては血圧、尿、血液等だけで、心筋症等の疾患の発見、診断に最も有効な心電図、心エコー図等には及んでいなかった。しかし、使用者たる国の、公務員の安全と健康に配慮すべき義務も一般的かつ無制限の庇護義務的なものではないから、Nが勤務中身体の不調を上司に訴えるとか肉体的精神的疲労を理由に休暇を申し出る等の行為を形跡がなく、昭和48年3月の入院まで上司や同僚もNの身体の不調に気付いたことの認められない本件においては、国が右検査を含む、より周到な内容の健康診断を強制的にNに対してすべきであったとまではいえない。従って、被控訴人につき安全配慮義務の違背は認められないから、控訴人らの本件請求もまた、右義務違背と損害との間の因果関係の存否等その余の争点を判断するまでもなく失当というべきである。
適用法規・条文
04:国家賠償法1条,
収録文献(出典)
労働判例484号133頁
その他特記事項