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大阪中央労基署長(電話配管工)くも膜下出血死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 大阪中央労基署長(電話配管工)くも膜下出血死事件
- 事件番号
- 大阪地裁 - 昭和61年(行ウ) 第60号
- 当事者
- 原告個人1名
被告大阪中央労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1990年01月29日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- M(昭和12年生)は、プレハブ住宅の組立、鉄道工事、ガス管の埋設作業等の作業に従事し、昭和53年10月以降、I電設から当初は仕事を請負い、その後I電設に雇用されて電話線の地中配管埋設工事に従事していた。Mの勤務時間は午前8時から午後5時までで、残業は皆無であり、休日は毎月第1、第3、第5日曜日及び雨天日であった。 Mは、約2年間にわたり現場の宿舎での泊込み生活をし、月に1ないし3回程度休日の前日に長浜市の自宅に戻り、出勤日の午前2時半ないし4時頃自宅を出発して仕事に行っており、その往復には自家用車を用いていた。Mは昭和55年2月22日(金)午後8時過ぎ自宅に戻り、2日間休日を取ったが、そのうち1日は仕事先を見つけるために工事現場を回った。Mは同月25日(月)午前2時30分頃乗用車で自宅を出発し、6時頃宿舎に到着して7時半頃まで仮眠し朝食を取った後、同僚と2人でダンプカー2台をそれぞれ運転して本件現場に出掛けた。Mらは午前9時頃本件現場に着いたが、Mはすぐに身体の不調を訴え、ダンプカーの運転席に横になった。同僚は運んできた砂を降ろして整地するなどしたが、Mは横になったまま作業はしなかった。午後1時頃、Mは同僚に頭や首の痛みを訴え、首を暫くさすってもらっていたところ、口から泡を吹いて後方へ倒れかかり、意識不明となり、病院に搬送された。Mはその後大病院に移送され、「脳動脈瘤破裂、脳蜘蛛膜下出血」と診断され、療養を継続した。 Mは、本件疾病は業務に起因するものであるとして、被告に対し労災保険法に基づく休業補償給付の支給を請求したところ、被告は本件疾病は業務上の事由によるとは認められないとして、これを支給しない旨の処分(本件処分)をした。Mは本件処分を不服として審査請求をしたが、その途中で死亡したため、その妻である原告が審査請求の手続きを承継したところ棄却され、更に再審査請求でも棄却の裁決を受けたため、原告は本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
- 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 労災保険法に基づく保険給付を受けるための要件である「業務上疾病にかかったこと」とは、当該疾病が単に就労中発生したとか、当該疾病と業務との間に条件的因果関係があるというだけでは足りず、当該疾病と業務との間にいわゆる相当因果関係が存在することを要すると解される。本件のように、その破裂により蜘蛛膜下出血を引き起こす蓋然性の高い脳動脈瘤の基礎疾病を有する者において、その破裂により蜘蛛膜下出血が生じた場合、脳動脈瘤の破裂について業務起因性を認めるためには、業務の遂行がその者の有する基礎疾病を急速に増悪させ、その結果右発症を著しく早めたものであることなど、業務の遂行が右発症の諸原因のうち相対的に有力なものと認められる場合でなければならないというべきである。
Mの就労状況は、本件発症日前及び発症当日においても、特に過激な業務に就労した事実はなく、過労の蓄積をもたらす勤務状況でもない。Mは本件発症日において、午前2時30分頃から同6時頃まで乗用車を運転しているが、Mはしばしば休日に自宅に戻り、勤務日の早朝自家用車で自宅を出発していたのであり、同人にとって自宅から本件宿舎までの運転は日常的であり、本件発症日前2日間自宅で休養しており、本件宿舎到着後に仮眠していることからしても、右運転が同人にとって特段過激な精神的、肉体的負担を伴うものとはいえない。
原告は、脳動脈瘤の警告兆候があった後Mが作業に従事したため、脳動脈瘤が破裂したものであるので、業務起因性を認めるべきであると主張する。脳動脈瘤が破裂する前に、(1)脳動脈瘤の増大及びその付近の動脈の拡張、(2)脳動脈瘤からの小出血、(3)脳動脈瘤付近の動脈の収縮又は閉塞による脳組織の乏血又は貧血などが生じ、それにより頭痛、吐き気、嘔吐、四肢の麻痺、めまいなどの症状(警告徴候)が見られることがあり、Mが本件現場において身体の不調を訴えダンプカーの運転席で横になっていたことは、その後同人の脳動脈瘤が破裂したことからして、警告徴候と推認し得ること、警告徴候を示した脳動脈瘤は非常に破裂しやすい状態になっており、右徴候が見られた後は絶対安静が望ましく、何らかの動作をすることにより血圧が上昇すると脳動脈瘤の破裂による大出血が起こる可能性が高いこと、警告徴候後は単に日常生活において生じる軽度の血圧上昇でも脳動脈瘤は破裂し得ることが認められる。
原告の右立論に立脚すると、警告徴候後ごく軽度の作業に従事し脳動脈瘤が破裂したときでも、業務起因性を肯定すべきことになるが、警告徴候後は日常生活の起居動作において生じる程度の血圧上昇でも脳動脈瘤は破裂し得るものであることからして、右場合には業務の遂行が脳動脈瘤破裂の諸原因のうち相対的に有力なものであるとは到底認められないから、原告の緒論は採用できない。
以上のとおり、Mの業務が相対的に有力な原因となって脳動脈瘤が形成又は破裂し、本件疾病が生じたと認めるに足りない。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法14条
- 収録文献(出典)
- 労働判例556号26頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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